バザラスからのアジアン紀行 -12ページ目

会員証更新 古代オリエント博物館 その2

ここは、サンシャインシティ文化会館

ビル7階にある古代オリエント博物館。

 

以下、世界史の窓サイトより、

昨日の続きです。

 

「古代オリエント世界は、地域的には

 西アジアのメソポタミア・アナトリア・

 イラン高原からエジプト・東地中海岸

 を含み、

 

東はインダス川までの範囲をいい、

時期的には前7000年紀の肥沃

な三日月地帯における農耕・牧畜

の開始に始まり、

 

紀元前4000年紀末のシュメール人

の都市国家文明の成立からバビロニア

やエジプト王国の成立、 

 

前2000年紀の民族移動と各国の

抗争期をへて、前9世紀のアッシリア

帝国によるオリエントの統一、四国

分裂時代、アケメネス朝ペルシア帝

国の世界帝国に至る。

 

最後はアケメネス朝がアレクサンドロス

大王によって滅ぼされる前330年までを

いう。

 

アレクサンドロスの帝国以降は一般的に、

ヘレニズム時代とする。」

 

我々が住む東アジアとは、

歴史の長さも、民族・国家間

の攻防も、比較にならない程

凄まじいスケールだ。

 

そのオリエンタルの心臓部にあたる

イラン(ペルシャ)に、イスラエルと

アメリカは、大義無き無法な侵略

戦争を仕掛けた。

 

イラン(ペルシャ)は、紀元前4世紀に

マケドニアのアレクサンドロス大王に

滅ぼされ、

 

7世紀に生まれたイスラム教と

イスラム国家の台頭により、

イスラム国家に支配されて

イスラム教を奉じる国家と

なる。

 

13世紀には、モンゴルに征服される。

 

これらの代表的な被征服の歴史以外にも、

小規模の征服・被征服の歴史を繰り返して

来たイラン。

 

近代に至っては、欧米露の植民地主義

と戦って来た歴史も持つ。

 

その近代の植民地主義の延長線上で、

現在のイスラエル&アメリカVSイランの

闘いは行われている。

 

つづく。

会員証更新 古代オリエント博物館 その1

ここは、サンシャインシティ文化会館

ビル7階にある古代オリエント博物館。

 

俺は、この博物館の会員だ。

 

3月末で会員証が切れる為、

 

更新の為にやって来た。

 

1年前までは、ここでペルシャ書道の

講座が開催されていたので、毎月

一回は通っていた。

 

入口を入って直ぐの物販コーナー。

 

ペルシャ書道の我が師匠、

角田ひさ子氏の作品を使った

商品も販売されています。

 

現在は、西武池袋本店内の

コミュニティカレッジにて、

毎月一回、角田ひさ子師匠の

指導を受けています。

 

出版社の内容紹介。

 

「宇宙からの眼で、古代の都市

 や遺跡、当時の環境を探ることで、

 時間を越えた世界を見ることが容易

 になってきた。

 

「宇宙考古学」と呼ばれる地球観測技術

で解き明かされた古代エジプト、古代中国

の研究成果を、第一線の研究者たちが熱

く語り明かす。」

 

ヒンドゥーの神様相関図。

 

日本にも深く関係している。

 

さて、古代オリエントとは何か?

 

世界史の窓サイトから、

以下転載致します。

 

「オリエントとは、西アジアからエジプト・

 東地中海岸を含み、インダス川流域に

 至る地域。

 

広い意味では西洋から見た東洋

を意味する。

 

一般にオリエント文明と言った場合は、

メソポタミア文明とエジプト文明を両輪

として展開し、アッシリア帝国、ペルシア

帝国で統一された世界を言う。」

 

現在、イスラエルとアメリカから

大義無き侵略戦争を仕掛けられ

イランと、その後近隣諸国を巻き

込んだ泥沼的戦闘地域は、オリエ

ントの中枢部となります。

 

つづく。

通勤路

東京ドームシティアトラクションズ。

 

こんなに飲食店がある。

 

入場料の不要な東京ど真ん中の

遊園地。

 

以前は、後楽園遊園地と

言っていた。

 

外国人の姿も多く見かける。

 

毎週火曜日と木曜日、

朝夕の俺の通勤路。

 

バイト先の高校です。

 

伝統と現代の工芸を

学ぶ高校です。

 

もうすぐ卒業式。

 

俺のバイトも入札の関係で、

今月末で終了です。

 

2年と7ヶ月間、

 

大変お世話になりました。

 

次探さなくっちゃ!(笑)

 

高校前の交差点。

 

正面の薄っぺらいビルが

東京を象徴しています。

 

出勤時より、退勤時の方が

足取りは軽いです(笑)。

 

月をお供に帰路を

急ぎます。

イランから日本へ 東京国立博物館 その4

ここは、上野にある東京国立博物館の

北側庭園です。

 

「イランの細密画―『シャー・ナーメ』

の世界―」展が目的だったが、

他の展示品も観賞して来ました。

 

本格的な日本庭園で、

 

由緒ある茶室が5棟あります。

 

日本人は、風雅を愛していました。

 

そして和歌を吟じる事に

情熱を傾けました。

 

何より古人の足跡に崇敬の

念を抱いていました。

 

それらの点で、イランと日本は

とっても良く似ています。

 

イラン人は、古(いにしえ)の詩を

こよなく愛します。

 

イランの詩は、日本の和歌と

同じように吟詠するものです

から「歌」と同じです。

 

和歌も、五七五七七の

みそひともじを吟詠する

から「歌」と言ったのです。

 

ペルシャン・ラヴ。

 

武断政治を行うアメリカ&

イスラエルの側に立つのか、

侵略され、国や軍の首脳陣

を殺され、多数の子供達や

一般市民を空爆で殺められた

イラン側に立つのか?

 

俺は、言うまでもなくイラン側だ。

 

イランから日本へ 東京国立博物館 その3

去る2月28日、

 

「イランの細密画―『シャー・ナーメ』

の世界―」展が上野の東京国立博

物館で開催されていたので来館した。 

 

北側庭園です。

 

この庭には5棟の茶室があります。

 

以下、HPより。

 

九条館

 

昭和9年(1934)九条道秀氏より

寄贈され、東京赤坂の九条公爵

邸から移築されました。

 

床張付等には狩野派による著色

山水図が描かれており、これらは、

もと京都御所内の九条邸にあった

ものです。

 

欄間には花梨の一枚板に藤花菱が

透彫されています。

 

応挙館

 

名古屋市郊外の明眼院の書院

として寛保2年(1742)に建てられ、

後に東京品川の益田孝氏(鈍翁)

邸内に移築、昭和8年(1933)当館

に寄贈されました。

 

室内に描かれている墨画(現在は作品

保護のため複製)は、円山応挙が明眼

院に眼病で滞留した折に揮毫したもの

と伝えられています。

 

以下の茶室解説は省略します。

 

入館者の7割くらいは

外国人でした。

 

現在、東京国立博物館の入館料は、

日本人、外国人を問わず大人1,000円

です。

 

どこの国立博物館・美術館も、

維持運営費に苦労してます。

 

そこで、文化庁は2031年までに、国立の

美術館・博物館において外国人観光客

の入館料を高く設定する「二重価格」の

導入を決定。

 

また、国立博物館・美術館に対し、4年後

の時点で、展示の費用に対する入場料

などの自己収入が4割未満になった場合

などに、「再編」の対象とすることを伝えた

そうです。

 

「再編」とは、ずばり閉館もありえ

るということです。

 

文化財をマネタイズする

貧困な発想と言わざるを

得ませんな。

 

つづく。