バイト先周辺散歩 その5 | バザラスからのアジアン紀行

バイト先周辺散歩 その5

ここは、神田明神。

 

正式名称は、神田神社。

 

昨日に引き続き、神田神社HPより。

 

「神田明神(神田神社)は、東京の中心ー神田、

 日本橋、秋葉原、大手丸の内、旧神田市場、

 豊洲魚市場、108町会の氏神様です。


「明神さま」の名で親しまれております。

 

ご祭神は、

 

一ノ宮 - 大己貴命(オオナムチノミコト、だいこく様)。

      縁結びの神様。

      天平2年(730年)鎮座。

 

二ノ宮 - 少彦名命(スクナヒコナノミコト、えびす様)。

      商売繁昌の神様。1874年(明治7年)に

      大洗磯前神社より奉祀。

 

三ノ宮 - 平将門命(タイラノマサカドノミコト、まさかど様)。

      除災厄除の神様。

      延慶2年(1309年)奉祀、1874年(明治7年)に

      構内の摂社である将門神社に遷座、1984年

      (昭和59年)に本殿に奉祀復帰。

 

社伝によると、当社は天平2年(730)に

出雲氏族の真神田臣(まかんだおみ)

により武蔵国豊島郡芝崎村―現在の

東京都千代田区大手町・(将門塚周辺)

に創建されました。
 

その後、将門塚周辺で天変地異が

頻発し、将門公の御神威として人々

を恐れさせたため、時宗の遊行僧・

真教上人が手厚く御霊をお慰めし

て、さらに延慶2年(1309)当社に

奉祀いたしました。

 

戦国時代になると、太田道灌や北条氏綱

といった名立たる武将によって手厚く崇敬

されました。
 

慶長5年(1600)、天下分け目の関ヶ原の

戦いが起こると、当社では徳川家康公が

合戦に臨む際、戦勝のご祈祷を行ないま

した。

 

すると、9月15日、神田祭の日に見事

に勝利し天下統一を果たされました。

 

これ以降、徳川将軍家より縁起の良い

祭礼として絶やすことなく執り行うよう

命ぜられました。

 

江戸幕府が開かれると、当社は幕府

の尊崇する神社となり、元和2年(1616)

に江戸城の表鬼門守護の場所にあたる

現在の地に遷座し、幕府により社殿が

造営されました。

 

以後、江戸時代を通じて「江戸総鎮守」と

して、幕府をはじめ江戸庶民にいたるまで

篤い崇敬をお受けになられました。

 

明治時代に入り、社名を神田明神から

神田神社に改称し、東京の守護神とし

て「准勅祭社」「東京府社」に定められ

ました。
 

明治7年(1874)には、はじめて東京に

皇居をお定めになられた明治天皇が

親しく御参拝になり御幣物を献じられ

ました。」

 

つづく。