曼殊沙華 | バザラスからのアジアン紀行

曼殊沙華

今年の残暑は、異常に暑くて

長かったから、

 

例年なら、お彼岸前に顔を出す

曼殊沙華も、

 

今年は、お彼岸中日を過ぎてからの

遅いお出ましとなった。

 

夏の間は、茎と葉は枯れて地上

から姿を消し、

 

お彼岸が近づくと、

 

ニョキニョキと茎が一日に

10cm近くも成長し、

 

あっという間に、天から降って

来た如き炎のような花を綻ば

せている。

 

以下、Wikiによる。

 

「曼珠沙華は、サンスクリット語で

 manjusaka。

 

天界に咲く花という意味。

 

おめでたい事が起こる兆しに赤い花が

天から降ってくる、という仏教の経典

(法華経)から来ており、サンスクリット

語のmanjusakaを漢字で音写すると

曼殊沙華となったそうです。

 

因みに、彼岸とはサンスクリット語

のpāram(パーラム)の意訳であり、

仏教用語としては、「波羅蜜」

(Pāramitā パーラミター)の意

訳「至彼岸」に由来するそうです。

 

Pāramitāをpāram(彼岸に)+ita(到った)、

つまり、「彼岸」という場所に至ることと

解釈されています。

 

その為、悟りに至るために越える

べき渇愛や煩悩を川(暴流)に例え、

その向こう岸に涅槃(彼岸)がある

とする譬えに繋がってきます。

 

浄土思想でいう「極楽浄土」(阿弥陀如来が

治める浄土の一種、西方浄土:彼岸)は西方

にあり、1年の内で2度、昼と夜との長さが同じ

になる春分と秋分は、太陽が真東から昇り、

真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、

遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが

彼岸の始まりです。

 

昼夜・東西が平行になるお彼岸の時期

には、「あの世」への門が開くといわれて

きたそうです。

 

現在ではこのように仏教行事として

説明される場合が多い。

 

それがやがて、祖先供養の行事へと趣旨

が変わって定着したと言われています。

 

しかし、彼岸の行事は日本独自のもので

インドや中国の仏教にはないことから、

民俗学では、元は日本古来の土俗的

な太陽信仰や祖霊信仰が起源だろう

とも推定されています。

 

五来 重(民俗学者)は、彼岸という言葉は、

豊作を太陽に祈願する太陽信仰の言葉の

「日の願い」が、「日願(ひがん)」として、

仏教語の「彼岸」と後から結びついたも

のであるとする

 

民間習俗と彼岸の名称とその時期とが

結合して、仏教行事になり、歳時習俗と

して生活の中に大きな存在となった、と

指摘しています。」