1金融デリバティブ取引と賭博罪に関する論点整理* | OVERNIGHT SUCCESS

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1 平成11年11月29日金融法委員会




金融デリバティブ取引と賭博罪に関する論点整理*
1.問題の所在
 金利・通貨スワップ、先物、金利・通貨オプションといった、今や「基本的」な金融
デリバティブ(金融派生商品)についても、また比較的最近登場した有価証券関連デリ
バティブ取引(エクイティ・スワップ等)、FRA(金利先渡取引)、FXA(為替先
渡取引)、クレジット・デリバティブ取引等に関しても、かねて刑法上の賭博罪(刑法
第185条、第186条)に該当する可能性があるのではないかという問題が指摘され、市場
関係者をして取引への参加を躊躇させる要因となっていた1。これらの金融デリバティ
ブ取引2に関して、どのような内容の取引であれば、またどのような要件を備えれば賭
博罪の適用を免れるかについて明確な基準が存在しなかったため、金融取引の当事者か
ら見た金融市場の法的な不確実性を助長する一因ともなっていた。
 数次の省令等の改正、特に(一部の規定を除き)昨年12月1日に施行された金融シス
テム改革のための関係法律の整備等に関する法律(いわゆる金融システム改革法)の下
での法律および政省令の新設ないし改正により、これらの金融デリバティブ取引の多く
の業務が金融機関(証券会社、銀行等)の業務として規定され、これによりその限度で
「合法化」されたと一般に考えられているようである3が、現在実際に行われている多
様な金融デリバティブ取引はその参加者および取引の種類の両面で上記規定によって
はカバーされていないものも多く、かかる取引の賭博罪該当性に関して、またその他の
点においても依然として法的不確実性が存在する可能性がある4。
* 本稿の作成に当たっては、山口厚教授(東京大学法学部)および佐伯仁志教授(東京大学法
学部)からコメントを頂いた。もっとも、本稿の内容および意見は、金融法委員会に属するも
のである。
1 例えば、福島良治『デリバティブ取引の法務とリスク管理』27頁以下など。
2 なお、本論点整理においては、「金融デリバティブ取引」ないし「金融取引」という用語は、
金利・通貨に関するものだけではなく、有価証券ないし有価証券指数に関するものをも含むも
のとして用いる。
3 例えば、茶谷栄治「『金融システム改革のための関係法律の整備等に関する法律』の概要」
金融法務事情1522号19頁、日興証券法務部編「改正証券取引法の解説(1)-有価証券に関する
定義規定等」旬刊商事法務1528号33頁など。
4 一般に刑法の単純賭博罪(185条)の特別規定と理解されている証券取引法第201条、金融先
物取引法第7条、第96条、商品取引所法第145条、第157条は、取引所外における差金決済によ
る一定の行為を処罰しているが、金融システム改革法により、基本的に銀行、証券会社等に係
2
 本論点整理においては、かかる状況に照らし、金融デリバティブ取引の賭博罪該当性
の問題について妥当な基準を定立しうるかどうかについて検討する。
2.賭博罪の構成要件-金融デリバティブ取引の構成要件該当性
 刑法第185条(単純賭博罪)は、行為主体につき「賭博をした者」と規定し(但し、
「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるとき」は除外される)、「賭博」とは何か
については規定していない。しかしながら、この規定は改正前の同条の規定5の内容を
踏襲するものであると考えられ、一般に「賭博」とは「偶然の勝敗により財物や財産上
の利益の得喪を争う行為」というものとされる6。常習としてかかる行為を行った者は
常習賭博罪に該当するものとして重く処罰される(刑法第186条第1項)。
 スワップ、オプションなどの金融デリバティブ取引は、将来の一定時点における数値
(金利、為替レート、株価等)により契約上の金銭の支払義務(または物の引渡義務)
の有無ないしその額・数量が決定されるので、「偶然」の事実の発生により「財物や財
産上の利益の得喪を争う」ものであると見られる可能性があり、この結果、金融デリバ
ティブ取引が賭博罪の構成要件に該当する可能性があるとされている。仮にある取引が
賭博罪に該当して違法とされると、その行為者が処罰されることになるのみでなく、さ
らに当該行為が公序良俗(民法第90条)に反するとしてその契約上の効力が否定される
可能性がある。
3.賭博罪の処罰根拠と実質的違法性
 賭博罪の処罰根拠(保護法益)は何か、また同罪に該当する行為の実質的違法性の所
在については議論の存するところであり、個人の財産保護に重点を置いて理解する考え
方もあるが7、現行法の通説的な解釈としては、最高裁の判例8のいうような、社会の経
済的機構一般を危殆化する経済風俗犯として理解されているようである9。
 同罪の保護法益がこのように一般的、抽象的なものであるとすると、保護法益との関
るそれぞれの業法により当該取引を行うことが許される当事者が行う限りは構成要件上処罰の
対象外とする旨の手当がなされた。これらの条項の適用範囲が明確であるか、またその可罰的
な行為の構成要件上の切り分けは適切であるかといった問題はなお残されているが、本論点整
理ではこれらの点は扱わない。
5 「偶然ノ輸贏ニ関シ財物ヲ以テ博戯又ハ賭事ヲ為シタル者ハ...」
6 西田典之『刑法各論』376頁。
7 平野龍一『刑法概説』250頁以下。
8 最大判昭和25年11月22日刑集4巻11号2380頁。
9 長井 圓「先物取引に対する賭博罪成否の限界」神奈川大学法学研究所研究年報1989年10巻107
頁。
3
係で同罪の構成要件の外延を明確にすること、またその実質的な違法性に照らして構成
要件を限定解釈することは困難であると考えられる。このような問題は、同種の(ない
し性質の似通った)保護法益を有すると考えられる公然わいせつ罪(刑法第174条)、
わいせつ物頒布罪(同法第175条)等にも共通する問題である。
4.金融デリバティブ取引の賭博罪としての可罰性
 社会的には既に正当な経済行為であると認知されている金融デリバティブ取引がす
べて賭博罪に該当して違法とされ、その行為者が処罰される(さらに当該行為が公序良
俗(民法第90条)に反するとして契約上の効力が否定される)という結論は、かかる取
引に従事する者にとっては許容し難いところである。また、諸外国と同様、現在のわが
国経済社会において金融デリバティブ取引が実際に果たしている役割(種々のリスクヘ
ッジ、需給調整、多様な取引手段・投資機会の提供等)に照らすと、著しく妥当性を欠
くことは明らかであると思われる。さらに、金融デリバティブ取引の一方当事者が海外
の当事者である場合、日本法の適用によりこのような問題が生じうることは、海外の当
事者から見た場合の日本の金融市場の法的インフラストラクチャーに対する不安感を
醸成する一因ともなる。
 したがって、社会的に正当性を有すると考えられる金融デリバティブ取引については
賭博罪の適用を排除する理論的枠組みを模索する必要がある。以下はこの観点からの試
論である。
(1)構成要件段階での限定
 金融デリバティブ取引、または一定の金融デリバティブ取引はそもそも賭博罪の構成
要件の段階で「賭博」には該当しない、とする考え方もありうる。すなわち、犯罪の構
成要件は実質的に違法な行為の類型であることからすれば、一定の種類の取引は定型的
に違法性を欠くことからそもそも構成要件に該当しないと解することも解釈論として
可能であると考えられる。この立場によれば、金融デリバティブ取引は構成要件の段階
で賭博罪としての処罰対象から除外されることになり、実務的には最も簡明である。
 このアプローチは、構成要件の意義、機能に関して実質的な違法性を余り考慮せず形
式的に判断する伝統的な考え方にはなじみにくい面があり、また上述のように賭博罪の
処罰根拠ないし保護法益の捉え方につき従来の通説がどちらかというと抽象的な保護
法益を想定していることからは、現状では解釈論としてはやや困難があるとも思われる。
しかしながら、取引参加者の行為規範としての明確性という観点から、今後の立法の方
向としては望ましいものではないかと考えられる。
4
(2)違法性阻却-正当(業務)行為
 金融デリバティブ取引は賭博罪の構成要件に該当すること、または該当する可能性の
あること、を前提としつつ、正当行為(刑法第35条)として違法性が阻却されることに
より結局不可罰という結論を導く考え方である。
 刑法第35条に規定される正当行為は、一般に「法令行為」(同条前段)と「正当業務
行為」(同条後段)に分類されている。
 (i) 法令行為
   法令行為とは、成文の法律、命令により権利または義務として行われる行為
をいう。このような行為は形式的に構成要件に該当しても正当化される。
   法令行為は、通常さらに以下の3類型に分類されている10。すなわち、①法令
の規定上、これを行うことがある者の職務ないし権利とされている行為。例え
ば、刑事訴訟法に基づく被疑者・被告人の逮捕・勾留(同法第60条、第199条等)
や私人による現行犯逮捕(同法第213条)、親権者の懲戒行為(民法第822条)
等。②政策的な理由から違法性が解除される行為。例えば、当せん金附証票法
による当せん金附証票、競馬法による勝馬投票券等。③法令によって注意的に
適法性が明示される行為。この類型は、理論的に違法性の阻却を認めることが
できる場合に、特に法令の規定を設けてその合法である旨を明らかにするとと
もに、方法・範囲について技術的な制限を置いて、その逸脱を防止しようとし
ている場合であるとされ、母体保護法による不妊手術、死体解剖保存法による
死体の解剖等が例として挙げられる。
   銀行や証券会社が金融デリバティブ取引に従事できることが法令(いわゆる
業法)に規定されている11ことから、かかる当事者が金融デリバティブ取引を当
該法令に従って行う場合には、法令行為中の上記③の類型に該当すると考える
ことは十分可能である。しかしながら、厳密にいえば必ずしもすべての金融デ
リバティブ取引について法令が当該取引の「方法・範囲について技術的な制限
を置いて、その逸脱を防止しようとしている」ともいえないことから、法令の
規定の存在に加えて当該取引の実質的な適法性が検証される必要があるとも考
えられる。
(ii)正当業務行為
10 団藤重光『刑法綱要 総論』203頁以下、『大コメンタール刑法第2巻』259頁以下など。
11 銀行法第10条2項14号、16号、銀行法施行規則第13条の2、証券取引法第2条8項3号の2、
第34条2項5号、証券会社に関する命令第24条など。
5
    国民一般の慣習および法令の精神上正当であるとされる業務、社会的に確立し
た業務行為を正当業務行為といい、違法性が阻却される。
 法令に直接の規定がなくとも、社会観念上、正当と認められる業務上の行為
は、違法性が阻却される12。この観点からは、業法に金融デリバティブ取引に関
する規定が存在しなくとも、当該取引が社会観念上正当と認められれば違法性
が阻却されるはずである13。しかしながら、法令上の根拠がない場合に当該取引
の正当性を確実に基礎付けることには実際上の困難があることから、法令上の
規定の存在をもって当該取引の第一次的な正当性の根拠とすることが考えられ、
基準の明確性という観点からはむしろそれが望ましいと思われる。ただ、正当
業務として違法性が阻却されるためには最終的には当該行為の社会観念上の正
当性が検証される必要はあると考えられる。
 
5.違法性阻却の判断の方向性
 今回の金融システム改革法およびその関連政省令において、従来に比して幅広い金融
デリバティブ取引が金融機関の業務として規定された。この結果、ある金融デリバティ
ブ取引が形式上賭博罪の構成要件に該当するとしても、上記4.(2)(i)の法令行為な
いし(ii)の正当業務行為として違法性が阻却される可能性が高くなったと考えられる
14。
 しかしながら、広義の正当行為として違法性が阻却される根拠が最終的には当該取引
の社会観念上の正当性であるとすると、法令上の規定はその有力な徴表であるにとどま
り、必ずしも決定的な要素ではないことになる。したがって、例えば、銀行が従事でき
る「金利先渡取引」の形態をとりながら、経済的な合理性・必然性の薄い、投機性の高
い取引を行った場合には、なお賭博罪としての違法性が阻却されない、ということも理
論上はありうるものと考えられる15。また逆に、法令上の規定が存しない取引(列挙さ
れた取引形態の中間に属すると考えられるもの、また新種の取引など)や、場合によっ
ては業法に規定されていない当事者間における取引16についても、社会的相当性が認め
12 『大コメンタール刑法第2巻』274頁など。
13 金融システム改革法の施行前、すなわち、金融デリバティブ取引に関する詳細な業法による
規定がなされる前においても、後述するような社会的相当性を有する金融デリバティブ取引は
違法性を欠いていたと考えるべきである。
14 但し、金融システム改革法施行前においても、社会的に相当性を有する金融デリバティブ取
引は違法性がないと考えるべきであったことにつき、前記注13参照。
15 小澤有紀子他「金融システム改革法下のデリバティブ取引(1)-銀行編」金融法務事情1539
号23頁。
16 例えば、外国の金融機関と日本の事業会社との間の取引、日本の商社と事業会社との間の取
6
られれば、違法性阻却が認められなければならない。
 この観点からは、法令上の規定の有無にかかわらず、金融デリバティブ取引が社会的
に正当性を認められ、たとえ賭博罪の構成要件に該当しても違法性が阻却されるための
実質的な要件を抽出し、整理しておくことには意味がある17。
 このような金融デリバティブ取引の実質的な正当性ないし相当性を判断する要素と
しては、従来より、(i)取引当事者の属性(金融機関その他の資力・知識を有する当事
者かどうか)、(ii)当該取引を行う目的(ヘッジ目的か、投機目的か)、(iii)レバレ
ッジ(倍率)が高いかどうか、(iv)損失の最大値がどの程度か(取引金額の多寡)、さ
らに場合によって(v)損失のリスクを負担しているのが業者の側か、顧客の側か等の要
素があるとされているが、大きく整理すると、結局のところ、①当該取引の目的の相当
性と②当該取引自体の相当性の2つの要素が重要ではないかと思われる18。
 上記①の取引の目的の相当性については、金融取引や金融資産の価値、市場の変動リ
スクの回避・軽減・分散といういわゆるヘッジ目的による金融デリバティブ取引は基本
的に相当性があると考えられる。かかる目的の存否の判断は、判断の客観性の観点から、
行為者がかかる目的を主観的に有していたかどうかというよりも、取引自体がかかる目
的を客観的に有するかどうかにより決せられることが望ましい。また、取引当事者の一
方においてかかる目的が認められれば、原則として他方当事者には必ずしもそれを要求
する必要はないのではないかと思われる19。さらに、現代の経済社会においては、取引
当事者にヘッジ目的がある場合に限らず、金融デリバティブ取引を不特定の当事者と行
うことにより収益を得るという目的も、一定の範囲で相当性を有すると考えてよい。か
かる目的に基づく行為は従来「投機的」な活動(スペキュレーション)として取引参加
者の目的としては否定的な見方をされることが多かったが、現物取引である株式投資に
よる収益追求と同様、取引が一定の合理的なルールに則って行われ、取引参加者が当該
取引を行うに相応しい能力と知識・経験を備えている限り(取引自体の相当性に関する
下記記述を参照)、原則として違法性を欠くと考えてよいのではないかと思われる。
 上記②の取引自体の相当性については、当該取引がその目的(例えば、為替リスクの
ヘッジなど)に照らして相当な効果をもたらすものであるかどうか、当該取引による最
大損失・利益の規模、いわゆるレバレッジ(倍率)の高さ等により判断されるが、経済
引など。
17 かかる考察は、本文の4.(1)で述べたように将来的に一定の金融デリバティブ取引を賭博罪
の構成要件に該当しないものとして扱う場合の適用除外の範囲を画定する際にも有用である。
18 佐久間修「デリバティブ取引(金融派生商品)に対する刑事規制」『経済と刑法-中山研一
先生古稀祝賀論文集(2)』(1997年)221頁。
19 この「ヘッジ目的」は必ずしも本文に述べたような伝統的なそれだけでなく、例えば金融機
関が自らまたは他の当事者が保有するリスクを分割・商品化して販売し、かかるリスクを分散
ないし回避する取引も、一般的に正当な目的を有するものといってよいのではないかと思われ
る。前掲佐久間論文222頁。
7
的合理性が全く見あたらない場合などのように極端に不相当でない場合には原則的に
相当性ありと考えるべきであろう。また、取引が金融機関およびその他金融取引一般な
いし金融デリバティブ取引に関する知識・経験を有し、相応の資産規模を有する当事者
(いわゆる機関投資家等)の間で一定のルールに則り行われる限りにおいては、原則と
して相当性ありと解してよいと考えられる。
6.今後の課題
 以上において検討したように、金融システム改革法の施行後も、金融デリバティブ取
引に対する賭博罪の適用可能性について依然として法的不確実性が存在するといえ、し
たがって、この点についての立法的手当が望まれる。
 そのための方向としては、(i)社会的相当性を有する金融デリバティブ取引について
は、仮に賭博罪の構成要件に該当しても違法性が阻却されるという前提に立って、現行
の業法による金融デリバティブ取引に関する規定とは別に、違法性阻却のための基準な
いし要件を示す包括的な規定(その法形式の如何については検討を要する)を策定する
方法、または(ii)英国の金融サービス法(Financial Services Act)のように20、端的
に一定の基準ないし要件を満たす金融デリバティブ取引は賭博罪の構成要件に該当し
ない旨を規定する立法を行う方法とが考えられる。上記(i)の方法が金融システム改革
法においてとられた手法との連続性という点では現在の法体系になじみやすい面があ
るが、賭博罪に関して金融デリバティブ取引の可罰性を明確に否定する点で上記(ii)
の方法がより望ましいと思われる。
以  上
20 英国の1986年金融サービス法(Financial Services Act of 1986)第63条は、同付属規程1
第12条において定義される行為(“ Dealing in Investments” )は賭博罪の適用除外である旨規
定し、同付属規程1第12条は “ Dealing in Investments” を、“ Buying, selling, subscribing
for or underwriting investments or offering or agreeing to do so, either as principal
or as an agent” と定義している。