ダニエル・ハーディング指揮都響 (8月10日・サントリーホール) | ベイのコンサート日記

ベイのコンサート日記

音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。


ハーディングを聴くのは5年ぶり。2019年3月11日のマーラー・チェンバー・オーケストラ以来。本来ならば2021年7月に都響と2回のコンサートが予定されていたが、直前になって主治医の指示で来日できなくなり、3年ぶりにようやく初共演が実現した。

 

前半はソプラノのニカ・ゴリッチを迎えてベルク:7つの初期の歌。細身長身の美しい歌手で、透明感のある伸びのいい声で歌う。ハーディングの音楽性と相通じるところがあり、ピンと張った一本の線のように強靭で繊細な歌だった。ドイツ語の発音はあまり子音を強調しないが、クリア。スロヴェニア出身でモーツァルトやプッチーニのヒロインを演じることが多い。レッジェーロ(leggero、軽くとか軽やかに、優美に)あるいはリリコ(lirico、叙情的な)のソプラノだと思う。

第4曲「夢を抱いて」、第6曲「愛の讃歌」、第7曲「夏の日々」が印象に残った。

ハーディング都響も細やかなバック。

 

ハーディングが指揮するマーラー:交響曲第1番 ニ長調 《巨人》は2018年のパリ管以来二度目。新日本フィルとのリハーサルは見学したことはあるが、本番はどうも聴いていないようだ。

パリ管の印象と基本は同じだが、都響との演奏はさらに緻密で細部まで神経が行き届いている。

前回のブログ↓

ダニエル・ハーディング イザベル・ファウスト(ヴァイオリン) パリ管弦楽団   | ベイのコンサート日記 (ameblo.jp)

 

繊細を極めた表情もあるが、クライマックスでは加速して激烈に都響を煽る。水谷晃山本友重がツートップで座る都響は、ハーディングの要求にほぼ完ぺきなアンサンブルで応えていく。ヴァイオリンの音は磨き抜かれ引き締まる。音も輝きと滑らかさがある。金管は大健闘だった。ホルン首席が見慣れぬ顔だったので事務局に聞いたところ、富士山静岡交響楽団の首席栁谷 信(やなぎや まこと)とのこと。

木管はクラリネットにN響の首席伊藤圭が入っており、素晴らしいソロを連発していた。都響にも2004年から2010年まで在籍しており、里帰りとも言える。

 

第1楽章序奏の弦のA音が正確で繊細、オーボエ、ファゴット、クラリネットのソロも決まる。チェロによる第1主題も細やか。提示部は繰り返した。展開部のホルンの4重奏も柔らかい。再現部のコーダは一気に加速し切れ味良く終えた。

 

第2楽章はテンポが速いが、都響の音は乱れない。トリオは優雅で洗練の極み。

 

第3楽章のコントラバスのソロは池松宏。重くなくあっさりと弾く。オーボエなど他の楽器も加わるが、繊細でまるで室内楽。「さすらう若人の歌」の旋律にもとづく中間部は夢か現(うつつ)か、幻想的な世界が現れた。後半が終わるとアタッカで第4楽章に入る。「嵐のように動的に」はテンポが速く切れ味も鋭く、尖がった表情。

 

ハーディングが新日本フィルとのリハーサルで「スローダンスのように」と指示した第2部第2主題は、テンポをぐんと落として、パートナーを優しくエスコートするように優雅で繊細に演奏していく。都響の弦の美しさ(ヴァイオリンとヴィオラ)もここに極まれりという風情だったが、ハーディングの指揮は優しさよりもどこか突き放すようなシニカルな表情が見え隠れする点が不気味だ。ホルンのソロも決まる。

 

突然始まる第2部のクライマックスは金管を強調しながら鋭く盛り上げる。ここでの都響の金管は頑張っていたが、もう少し強力でもよかったような。全体としてはスリリングな演奏で、コーダを予告する。

 

第3部はこの日最も聴きごたえがあった。第1楽章冒頭が回想され、第2主題のスローダンスがオーボエにより感動的に再現されると力を蓄え、ヴィオラの鋭い動機からコーダに向かっていく。「最高度の力で」と指示された結尾に入り、ホルンが立ち上がり(トロンボーンが1本加わる)、第2主題の断片を輝かしく吹奏、最後はさらに速度を上げ、全管弦楽の鋭い一撃で終えた。

 

《巨人》終楽章結尾でのハーディングと都響は荒武者が雄叫びを上げ敵陣めがけて斬り込んでいくような迫力があった。聴き手は真剣の刃先が迫ってくるようなスリルを味わった。

 

ハーディングの覇気に気圧されることなく、真っ向から受け止めて一体となる都響の強靭なパワーにハーディングも満足したのではないだろうか。率直に言って新日本フィル時代はこうした鋼のような演奏は聴くことができなかった。野生児ハーディングが本領を発揮した演奏だった。

 

管弦楽:東京都交響楽団

指揮/ダニエル・ハーディング

ソプラノ/ニカ・ゴリッチ

コンサートマスター:水谷晃
 

曲 目

ベルク:7つの初期の歌 

マーラー:交響曲第1番 ニ長調 《巨人》