東京・春・音楽祭のワーグナー《トリスタンとイゾルデ》はヤノフスキとN響が主役だった。長年春祭でN響を聴いているが、今日はその中でも最高の出来だったのでは。メトロポリタン歌劇場管弦楽団のコンサートマスター、ベンジャミン・ボウマンのリードも良かった。N響のヴァイオリンに艶と色彩が加味され、ゴージャスな音が特にヴァイオリンから生まれていた。ボウマンの第3幕でのソロはまさにその証明だった。
第3幕では吉井瑞穂がオーボエ首席として入り、圧倒的な表現力で「憧れの動機」を吹き、N響にさらなる色彩と奥行きと勢いを注入していた。他にチェロセクションとヴィオラセクションの活躍が際立っていた。ホルンは第1幕と第3幕に今井仁志。第2幕は東響の上間善之がゲストで入り二人とも安定した演奏を繰り広げた。16型のオーケストラで聴くワーグナーはやはり迫力が違う。ワーグナーはオーケストラあってこそだと再認識させられた。
それにしてもヤノフスキの指揮に今更ながら魅了された。ワーグナーの裏の裏まで知悉(ちしつ)している奥行きと細やかな表情、ここぞという場面ではきっちりとクライマックスをつくり、細部まで全く隙がない。歌手への指示も時折後ろを振り返り、目配りを欠かさない。
その指揮にはただ感嘆するしかない。歌手陣では、マルケ王のランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ(バス)と、クルヴェナールのマルクス・アイヒェ(バリトン)が出色。トリスタンのスチュアート・スケルトン(テノール)も後半に向かって調子を上げた。水を始終飲む姿に調子が万全ではなかったかもという印象もあった。
イゾルデのビルギッテ・クリステンセン(ソプラノ)はリリック過ぎたかも。ワーグナー歌手には合っていなかった。ブランゲーネのルクサンドラ・ドノーセ(メゾ・ソプラノ)は新国立劇場で藤村実穂子の圧倒的な歌唱と表現力を聴いた直後は聴き劣りがするのは止むを得ない。
メロートの甲斐栄次郎をはじめ、日本人歌手も手堅い。
第3幕を頂点に、全体的にヤノフスキN響の奏でる音楽があまりにも素晴らしかったので、歌手への多少の不満は雲散霧消した。
イングリッシュホルンの池田昭子は第3幕で下手で長いソロを披露してこれも素晴らしかった。カーテンコールでも、第3幕でイゾルデの到着を知らせるホルツトランペットを吹いた首席の菊本和昭とともに盛んな拍手を浴びていた。
第1幕での東京オペラスンガーズの合唱も圧巻だった。
フライング拍手が何度もあったのは残念。特に第3幕の最後はヤノヤフスキが両手で抑えるという場面もあり、東京・春・音楽祭らしくない幕切れだった。
ただカーテンコールは熱狂的で、特にヤノフスキとN響とランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ、マルクス・アイヒェへは別格の喝采がおくられた。
3月29日付記
明日3月30日午後3時からも公演があります。
S席26,500円
A席22,000円
はさきほど見たらまだ残席があるようです。
公演当日のチケット購入方法のご案内 | 東京・春・音楽祭 (tokyo-harusai.com)
東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15
《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕付)
出演
指揮:マレク・ヤノフスキ
トリスタン(テノール):スチュアート・スケルトン
マルケ王(バス):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
イゾルデ(ソプラノ):ビルギッテ・クリステンセン
クルヴェナール(バリトン):マルクス・アイヒェ
メロート(バリトン):甲斐栄次郎
ブランゲーネ(メゾ・ソプラノ):ルクサンドラ・ドノーセ
牧童(テノール):大槻孝志
舵取り(バリトン):高橋洋介
若い水夫の声(テノール):金山京介
管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ベンジャミン・ボウマン)
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン