ミンコフスキの「運命」「田園」オーケストラ・アンサンブル金沢 第40回東京定期公演 | ベイのコンサート日記

ベイのコンサート日記

音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

(3月18日・サントリーホール)

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は10-8-5-4-3の対向配置。コントラバスはウィーン・フィルのように正面に並ぶ。コンサートマスターアビゲイル・ヤング、トップサイドに客員コンサートマスター水谷晃が並ぶ。

 

ベートーヴェン「交響曲第6番《田園》」はほぼノンヴィブラート、息の長いフレージングで流麗に進む。OEKはミンコフスキの棒に従うのではなく、彼の意図を完全に咀嚼(そしゃく)して自主的に演奏しているように見える。

息の長い旋律線とは対照的に、リズミカルな強奏では、ミンコフスキが腕を上下に激しく動かし、強烈な響きをつくる。その対比が鮮烈な印象を与える。

 

OEKの木管がなかなか良い。ホルンも健闘。第5楽章コーダのソット・ヴォーチェ(声をひそめて)の祈りは心からの安息を覚えた。

ミンコフスキの《田園》は、ロマンティックな表情があった。

 

ベートーヴェン「交響曲第5番《運命》」は一変して、終始激しく進んでいく。ミンコフスキは指揮台に上がるや否や、まだ体がオーケストラに正対する前から最初の一振りを始めた。テンポは予想通り速い。第2主題直前のホルンが不調。奏者は前半と替わった。コーダは渾身の指揮。OEKもしっかりついていく。

 

第2楽章の金管が加わった主題は雄壮。ヴィオラとチェロの第1変奏は充実した音。練習番号Bの管楽器の強奏の最後は右腕を地面に突き刺すようにして低音を強調した。

ヴィオラとチェロが32分音符で刻む第2変奏は響きがきれい。第3変奏は雄大。

 

タクトは下ろさず、第3楽章スケルツォへそのまま入るしぐさを見せた。冒頭のチェロとコントラバスの動機に続くホルンと弦の運命動機は重厚。トリオではコントラバスが3台とは思えない厚みのある演奏を聴かせた。各楽器に引き継がれていくフーガは快速。追い込みが激しい。スケルツォの弱奏からそのまま入る第4楽章の入りは激烈。トロンボーンを雄大に鳴らす。提示部は繰り返した。

 

ミンコフスキの指揮は鮮烈な響きをOEKから引き出す。展開部の最後は強烈過ぎる。

スケルツォの再現との落差が大きい。再現部も快速で進む。コーダに入るファゴットの新しい動機に続くホルンがまたもや不安定。362小節目からのプレストの追い込みは異次元の速さ。崩壊する寸前までOEKを煽りに煽る。実演で聴いた中で間違いなく最高速。ドーパミンが全開するような興奮と陶酔感をもたらした。音楽におけるトランス状態をとことん味わった。

 

アンコールに能登半島地震の犠牲者と小澤征爾に捧げたバッハのアリアが演奏されたが、発売されたばかりのミンコフスキの自伝「マルク・ミンコフスキ ある指揮者の告解(こっかい)」(春秋社刊)にサインをもらうべく行列の先頭にいたため、ドアの隙間からとモニターの音で聴いた。

この本はミンコフスキの音楽の成り立ちを知る意味で非常に興味深い。岡本和子氏の訳文はわかりやすく、日本版監修森浩一氏によるミンコフスキへの特別インタビュー、ミンコフスキの年譜、日本公演全記録、指揮者とバソン奏者としての完全ディスコグラフィ、豊富な写真も掲載されている。

ミンコフスキの新たな魅力を発見できる資料として今楽しみながら読み進めている。