森内 剛指揮 読響 福間洸太朗(ピアノ)都民芸術フェスティバル(3月5日・東京芸術劇場) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

 森内 剛
 ©Barbara Aumüller 

 福間洸太朗      ©Shuga Chiba

今日初めて聴いた森内 剛は素晴らしい指揮者だ。1979年生まれ、今年45歳。

経歴を読むと「2003年から渡欧。ザルツブルク・モーツァルテウムでデニス・ラッセル・デイヴィスに指揮を学び、09年リンツ歌劇場のコレペティトゥーアからカペルマイスター、オペラスタジオ音楽主任を歴任、250に及ぶ公演を指揮。18/19シーズンからは名門フランクフルト歌劇場の総監督セバスティアン・ヴァイグレに招かれ、同歌劇場のヘッド・コーチを務めている」とある。

経歴から言っても、またこの夜の指揮から見ても、間違いなく「本物の音楽家」だと言える。

 

森内のどこが素晴らしいのか。2006年母校国立音楽大学のインタビューにヨーロッパで学んだことについて語った言葉にヒントがあった。
森内剛(ソリスト/ピアニスト)[国立音楽大学 - くにたちおんがくだいがく] (kunitachi.ac.jp)

『やはり自分から動かないと本当のコミュニケーションは取れません。つねに“アクション”でないと。でも日本はいわば“リアクション”の文化。自ら動くのではなく、何かワンクッションあってようやく行動を起こす感じです。音楽を表現するときに、楽譜に対してアクションでなくリアクションしていては進歩はありません。音楽をめざすプロとして“アクション”が重要であることを学べた経験は大きいです』

 

ブラームス:交響曲第1番ハ短調 作品68は森内が言う「アクション」、すなわち音楽が内から湧き上がり、聴き手に働きかける力がみなぎっていた。同時に、森内の指揮からは、ヨーロッパの正統を感じさせる奥行きのある響き、自然なフレーズとイントネーション、借り物ではない本場の音楽が聞こえてくる。のど越しがスムーズで心の底から共感できる。

 

第1楽章は2つ振りでテンポ良く進めていく。読響から実に瑞々しい音を引き出す。14型だがコントラバスが重厚で、土台が盤石。

第2楽章は金子亜未のヴィブラートを抑えた端正なオーボエが主題を歌い上げる。

第3楽章は金子平のクラリネットのソロが自由自在に羽ばたく。
アタッカで入った第4楽章の推進力も素晴らしく、どんどん森内の音楽に惹き込まれていく。圧巻はコーダのピウ・アレグロ、407小節から金管が吹奏するコラールを雄大に堂々と演奏させたこと。この高揚感は凄かった。武藤厚志のティンパニの一撃がものの見事に決まった。終結部のティンパニも強烈。
ブラヴォが多数飛んだ。

 

前半のベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37は、小井土文哉が体調不良により急遽出演できなくなり、代わりに、福間洸太朗が出演した。

福間は昨年11月藤岡幸夫指揮都響と第3番を演奏しているとは言え、急遽の出演にもかかわらず全曲暗譜で、しかも完璧に弾いたことに驚いた。

 

森内 剛はソロ・ピアニストとしても活動しており、ピアノと指揮の両方を極めることを目標にしていると2006年のインタビューで答えている。リハーサルが順調だったことを示すように、2人の息は完璧に合っていた。

第1楽章の前奏から、森内は読響から常に歌うような流麗な流れを引き出す。福間も代役と言う緊張を強いられる中にあって、むしろ集中力を高めたようで、気迫のこもった演奏を展開した。

第1楽章提示部最後のヴィルトゥオーゾ的な連符やベートーヴェン自身のカデンツァの素晴らしかったこと。第2楽章も抒情性豊かで深みのある演奏、第3楽章も活力に溢れた。

福間洸太朗のアンコールは、メンデルスゾーン《無言歌集》第5巻より「春の歌」。


森内の指揮した公演のレヴューを読むと批評家から称賛の声が多く、海外での活躍ぶりがうかがえる。

Takeshi Moriuchi, Conductor, Repetiteur | レビュー | Operabase

 

森内は読響とは初顔合わせだが、堂々とした指揮ぶりは何度も共演をしているような安定感があった。ヴァイグレの推薦もあって森内の招聘につながったと思うが、それにしても読響の指揮者起用の目利きぶりには毎回驚嘆する。
2021年に三大協奏曲、三大交響曲で読響にデビューした小林資典(もとのり)もライン・ドイツ・オペラのコレペティトゥーアからスタートした逸材で、その後読響と共演を重ね、来年1月の定期にも登場する。森内 剛にもこの先ぜひ読響の定期演奏会を指揮してほしい。