尾高忠明 N響 レイフ・オヴェ・アンスネス (10月26日・サントリーホール) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番《皇帝》」

アンスネスの音は、8年前東京オペラシティで聴いたマーラー・チェンバー・オーケストラとの第3番と較べて大きく変わった。第5番《皇帝》は作品とオーケストラの規模(14型)に合わせたのか、力強い響きは二回りも大きくなったように感じられた。

 

トリルや緩徐楽章での繊細な音は、8年前の印象、『ピアノの響きは薄いグラスに精巧で芸術的な彫刻を施していくようであり、硬質なダイヤのような透明感と強さを持った響きが会場の空気を一変させ、場内に一種の神聖な雰囲気さえ漂う』に近い。

 

スタインウェイのピアノも特注なのか、突き上げ棒が異様に長く、屋根を開く角度が直角に近い。その効果もあって音が大きく聞こえるのだろう。パワフルになった分、強音で音が濁る点が気になった。

 

第2楽章の主題が木管に移り、ピアノが16分音符を弾き続ける部分の透明感のある響きは美しい。

第3楽章冒頭の主題は強靱な音。主題が再帰するたびに演奏は輝きと力強さを増していった。

 

尾高忠明N響は、アンスネスとの打ち合わせ通りなのか、引き締まった響きでテンポもやや速めに進めていく。

ただ、表情が一本調子で、第2楽章はもっと精神的な深みをもってアンスネスと対話してほしかった。

 

アンスネスのアンコールベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第8番ハ短調《悲愴》」より 第2楽章。高音は美しく、良く歌うが、時にいびつな強音も混じる。不思議な響きで、この音を表す言葉が見つからない。答えのない質問を投げかけられたようだった。

 

 

後半は、ブラームス「交響曲第3番ヘ長調作品90」

N響は16型に増強。今日のコンサートマスターは9月のルイージとのワーグナー(フリーヘル編)「楽劇《ニーベルングの指環》」に続いて西村尚也が担当した。ハンブルク交響楽団第1コンサートマスターを経て、現在マインツ州立管弦楽団の第1コンサートマスターを務めている。

 

彼のリードではヴァイオリン群の音が洗練されている。この日も第2楽章展開部(練習番号D)からのヴァイオリンが小波を立てるように高い音域で動く部分が美しかった。ここでの対位法的なファゴット、ヴィオラ、チェロの響きも重厚で、ブラームスを聴く醍醐味があった。

 

尾高忠明N響は第2楽章から終楽章までアタッカで演奏した。
中低弦が充実し、ダイナミックではあるものの、全体的にもう一つ作品の内部に聴き手を導いてくれない。

 

端的な例は第4楽章のコーダ。
「管楽器によって奏されるコラール動機と、それを支える弦の刻む細やかな動きが、美しいグラデーションを描いて消えていく虹のようなはかなさと切なさ」というものがほとんど感じられず、ピアニッシモでディミヌエンドしていくだけで終わってしまった。

ブラームスの第3番の肝は終楽章のコーダにあると個人的に考えているので、そこに感銘を受けない演奏には辛口にならざるを得ない。