東京交響楽団第714回 定期演奏会
ベートーヴェン:交響曲 第3番 「英雄」
R.シュトラウス:交響詩 「英雄の生涯」
ロレンツォ・ヴィオッティの指揮者としてのセンスの良さが全開したコンサート。英雄つながりの2曲とも音楽の持って行き方がうまい。
ベートーヴェンの「英雄」は、第1楽章の冒頭の2つの和音から、2つの主題の提示、提示部の繰り返し、展開部まで流れ良く進んでいくが、この楽章は特にヴィオッティの個性は感じられない。
第2楽章の葬送行進曲は格調高くなかなか見事。常に歌っており、主題の歌わせ方が素晴らしい。ヴィオッティがオペラ指揮者であることを思わせる。この気高さはヴィオッティならでは。
展開部の三重フーガの高揚での3番ホルンのソロが素晴らしい。誰が吹いているのかと思ったら、なんと日本フィル首席、信末碩才(のぶすえ せきとし)。うまいわけだ。
ヴィオッティの指揮は第3楽章スケルツォから俄然良くなった。
スケルツォの活きのいい弾むリズムの愉悦感にウキウキする。ヴィオッティのセンスの良さを感じる。
トリオのホルンの三重奏も素晴らしい。上間善之(1番ホルン)、加藤智弘(2番ホルン)、信末碩才(3番ホルン)が伸びやかに奏で、ホール中に美しいハーモニーが広がって爽快だ。
スケルツォからアタッカで第4楽章へ。
ピッツィカートの主題の提示の後、変奏が始まる。
第2変奏はコンサートマスターと第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ首席による弦楽四重奏。
オーボエに主題が出て、フーガ的展開が始まる。
フルートの第4変奏はまずまず。
ト短調の行進曲的な第5変奏がテンポを微妙に速めていき颯爽としてかっこいい。
対位法的なクライマックスの盛り上げが自然。
ポーコ・アンダンテはクラリネットがうまい。
第7変奏の全合奏ではホルン隊が大活躍して盛り上げる。
長大なコーダが静かに始まり、徐々に盛り上がっていく。いったん静かになって、テンポがプレストになり、最後へ向かう。ここでもシンコペーションが効果的で、ティンパニのトレモロも鋭く、心浮き立つような高揚感をもたらして終わった。
聴き終わって満足感が残る。ヴィオッティの指揮にかかると、内から音楽の喜びが沸き上がってくる。聴き手が音楽に乗せられ、オーケストラと一体となって高揚してく感覚にとらわれる。聴かされるのではなく、演奏に自然に乗せられ運ばれていくような感覚がある。
そこに、ヴィオッティの指揮のセンスの良さ、彼の音楽の秘密があるのではないだろうか。
演奏後ブラヴォが起こる。
カーテンコールでは最初にオーボエの最上峰行を指名していた。以下楽員を次々に立たせていく。楽員の満足気な表情が印象的だ。
R.シュトラウス「交響詩《英雄の生涯》」
これは「交響曲第3番《英雄》」以上の名演。
16型の大編成とR.シュトラウスの華麗なオーケストレーショのためとはいえ、ヴィオッティのつくる音楽の色彩感と流麗さ、オペラ的な劇的で華麗な表現力が一段と引き立つ。
第1部「英雄」冒頭から、ホルンなど金管の伸びの良い音、弦のキリリとした音がすっきりと抜け良く、華やかに鳴り響く。
第2部「英雄の敵」のテューバが低くいい音。英雄の主題が暗く短調で奏でられるが、弦の音も色気がある。けたたましい批評家の嘲笑や非難などを表す木管群も色彩がある。
第3部「英雄の伴侶」のグレブ・ニキティンのソロが実に美しい。彼の長いソロを聴く機会は意外に少なかったが、こんなにうまかったのか。テクニックは万全で、艶のある音も伴侶の機微と色っぽさにぴったりだ。
英雄の主題がオーケストラで低く奏でられ両者が対話していく。
オーボエが甘く奏でられ英雄と伴侶の愛の深まりを描く。ニキティンのヴァイオリンにオーケストラが重なり官能的に盛り上がっていく。
愛の場面が静かになっていくと、フルートに批評家など敵のテーマが現れるが、愛の余韻がまだ残る。このあたりはオペラ「ばらの騎士」の一場面を思い出す。
突然バンダにまわったトランペット3本がファンファーレを鳴らし、第4部「英雄の戦場」に入る。
トランペットの力強いソロも決まる。戦闘場面の描き分けが鮮やかで明解。各楽器が混濁なく鳴り響くのはすごい。ここは下手な指揮者にかかると文字通り大混乱に陥ってしまうが、それぞれの役割がきっちり取れている。
頂点の中で、英雄の行動力のテーマが鳴り響き、伴侶の主題とともに、英雄のテーマが堂々と登場し、勝利の歌を高らかに奏でる。ホルンの斉奏、ソロも見事。
東響の集中力とヴィオッティの手腕の確かさが良く出た場面だ。
ハープが奏でられ、次の第5部「英雄の業績」へ変わる直前のフェルマータ付き全休符を長くとった。ここで雰囲気ががらりと変わる。
この間の取り方のうまさには感心した。こういうところにヴィオッティのオペラ指揮者としての場面転換のうまさが表れていた。
ハープが奏でられ、イングリッシュ・ホルンにより「英雄の業績」の開始を告げる。R.シュトラウスの過去の作品の動機が次々と登場し、英雄の業績が示されていく。
静かになり、テナーテューバが低く鳴らされ、第6部「英雄の引退と成就」に入る。
英雄の強固な意志を表す弦の急速な動きの後、イングリッシュ・ホルン(浦脇健太)が英雄の余生を表す牧童の笛を平和に奏でる。とてもうまい。
弦のおだやかな旋律と木管群が重なり、満ち足りた時を奏でていく。一瞬敵の嘲笑が聞こえ、闘いのトランペットが吹かれるが、それも収まり、ニキティンの伴侶のヴァイオリンが優しく登場し、英雄に寄り添う。
ホルンのソロが入り、ニキティンのソロと絡む。上間善之のホルンとグレブ・ニキティンのヴァイオリンが感動的だ。
トランペットとともにオーケストラはトゥッテイで上昇し、静かに消えていく。
音が消え、ヴィオッティのタクトが止まってから12秒の静寂が保たれた。余韻をヴィオッティ、東響、聴衆の全員で共有した。素晴らしいエンディングだった。
ブラヴォが飛ばない、いや飛ばせないのでは。叫ぶには胸がいっぱいで、拍手するほかないという聴衆の気持ちがよくわかる気がした。
ヴィオッティと東響の《英雄の生涯》を聴いた後の充足感を何と形容すべきだろう。
指揮者とオーケストラの幸福な時間とも言うべきか。そこに聴衆も加え、
ヴィオッティと東響、聴衆が共有した幸福な時間 としたい。
ニコニコ生放送のタイムシフトで2023/10/1(日) 23:59 まで見られます。
【R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」ほか】東京交響楽団 定期第714回 Live from Suntory Hall!≪ニコ響≫ - 2023/9/23(土) 18:00開始 - ニコニコ生放送 (nicovideo.jp)