このコンクールは東京文化会館、読売新聞、花王(株)、東京都の4者が主催。新人演奏家の発掘、育成、支援を目的としている。過去の優勝者の中にはプロの演奏家として活躍している者も多い。最近では、荒井理桜(ヴァイオリン)アレッサンドロ・ベヴェラリ(クラリネット・現東京フィル首席)、ヘルバシオ・タラゴナ・ヴァリ(クラリネット・聴衆賞)以上2017年第15回、前田妃奈(ヴァイオリン)2020年第18回など。
今ひっぱりだこのチェリスト、上野通明も2012年(第10回)で2位に入賞している。
今年は金管部門第1位が2名出た。そのうちの一人がトランペットの河内桂海(こうち かつみ)。藝大器楽科4年在籍中。
トマジ「トランペット協奏曲」は、最初は緊張のためか少し疵もあったが、すぐ立ち直った。第2楽章ノクターンが歌心としっとりとした音でとても心に沁みた。
続いて、声楽部門第1位及び聴衆賞のバリトンの池内響<いけうち ひびき>が登場した。背が高く姿勢が良い。舞台に登場した時から、ステージ慣れした落ち着きがある。1988年生まれと年齢的にも他の出演者よりも10歳ほど年上で、2019年サルヴァトーレ・リチートラ声楽コンクール第1位ほか国際コンクールの入賞も多く、リサイタルも行っている。
下記の3曲を歌ったが、最初の一声で聴く者を惹きつける迫力のある声量と、スケールの大きな歌唱力を持っている。ただ、弱音など音量が落ちると平板になり、表情が少なくなるところが気になった。しかし、魅力的な声であることは確かで、プロの歌手として活動を始めていてもおかしくない実力はある。
プッチーニ:オペラ『ジャンニ・スキッキ』より 「声は瓜二つだったか」
モーツァルト:オペラ『フィガロの結婚』より 「訴訟に勝っただと」
ヴェルディ:オペラ『ドン・カルロ』より 「私の最後の日がきました」
後半は、金管部門第1位のホルン、吉田智就(よしだ ともなり)。現在東京音大大学院研究科に在籍。
R.シュトラウス「ホルン協奏曲第1番 変ホ長調 Op.11」
のびやかで滑らかな音。色彩も感じさせる。R.シュトラウスの作品を朗々と吹き、爽快だった。司会の朝岡聡が『将来の夢は?』と聞くと、『プロのオーケストラの奏者になりたい』と答えた。ホルンはどのオーケストラも人材が不足気味であり、夢がかなう可能性は極めて大きいのではないだろうか。
最後はピアノ部門第1位及び聴衆賞の中島英寿(なかじま ひでかず)。
出身高校が私と同じ(彼は音楽科、私は普通科)なので、応援したい気持ちになった。現在は桐朋学園大学ソリストディプロマコース在学中。
果たして、その演奏が実に素晴らしかった。曲はグリーグ「ピアノ協奏曲 イ短調 Op.16」。
何と、オーケストラとこの作品を弾くのは今回が初めてだと言う。信じられないくらい、曲を深く把握している。まず音色がみずみずしい。ひとつひとつの音が深い。小柄だが、強音も充分出ており、ダイナミックな部分もオーケストラに負けない。グリーグにぴったりの少しひんやりとした響きをつくりつつ、フレーズの歌わせ方も自在なアゴーギクがあり、抒情性もある。
第1楽章が終わったところで、盛大な拍手が起きたのは、楽章間は拍手をしないことを知らなかったというよりも、素晴らしい演奏に思わず拍手したような自然なものもあったように思う。
高関健指揮東京フィルも第2楽章は深みのある音となり、終楽章もおおいに盛り上げた。良いソリストに影響され、オーケストラも変わったように感じた。
演奏後の朝岡の『どういうピアニストになりたいですか?』という質問に『作曲家の魂の声を聴衆に届けられるようになりたい』と答えた。東京文化会館の冊子のインタビューでは尊敬する音楽家として、ホロヴィッツ、リヒテル、ルービンシュタインの名前を挙げており、非常に真摯な音楽家のようだ。
素朴な人柄も聴衆に好かれるのではと思う。ぜひ成功してほしいアーティストだ。
指揮:高関健
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦章宏
司会:朝岡聡