すぎやまなおき指揮 日独友好協会シンフォニッシェ・アカデミー 前田妃奈(ヴァイオリン) | ベイのコンサート日記

ベイのコンサート日記

音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

(6月10日・杉並公会堂大ホール)
「日独友好協会シンフォニッシェ・アカデミー」は、ドイツ、オーストリアなどの音大に留学し、現地でオーケストラに入団したり、現在フリーとして活動する奏者たちにより2000年に結成された。

 

年に4回ほどコンサートを開催しており、この後は9月15日と12月9日に三鷹市芸術文化センター風のホール、11月2日川口総合文化センターリリア音楽ホールでの公演が予定されている。
 

コンサートでなかなか聴けない歴史の闇に葬られてしまった名曲、たとえばアイヴス「交響曲第3番《キャンプの集い》」(9月15日)、クルト・ワイル「交響曲第1番」(11月2日)などが演奏されるのも興味深い。
 

今回の演奏会は【ファム・ファタル 恐るべき女たち】というサブタイトルで、ロマン派の作曲家が好んだ、恋する男性を破滅させる魔性の女たちを描いた作品を集めたもの。
 

指揮はすぎやまなおき(杉山直樹)。武蔵野音楽大学中退後、ウィーン国立音楽大学トロンボーン科に留学。1981年から85年トロンボーンをアロイス・バンブーラに習う。指揮はヘルベルト・ケーゲルに83年から89年、クルト・レーデルに89年から2005年に学んだ。レーデルのアシスタントを10年務めた。

 

12型のオーケストラで編成は充分な規模。

 

コンサートマスターは水村浩司。
東京藝大器楽科卒。全日本学生音楽コンクール高校の部名古屋大会第1位。東京シティ・フィル他との協奏曲演奏、多くのオーケストラの客員コンサートマスターを務める。東京ベートーヴェンクァルテット他の弦楽四重奏団のメンバーでもある。

 

プログラムは以下。

F.ヴォルフ「交響詩《ペンテジレア》」

R.シュトラウス「交響詩《マクベス》」

B.スメタナ「交響詩《シャールカ》」

P.サラサーテ「カルメン幻想曲」 

L.ヤナーチェク「シンフォニエッタ」 

 

歌曲で知られるヴォルフの「交響詩《ペンテジレア》」もR.シュトラウスの「交響詩《マクベス》」も実演では初めて聴いた。

《ペンテジレア》は23歳のヴォルフが劇作家クライストの同名戯曲に魅せられ作曲したもの。3部からなり、アマゾン族の女王ペンテジレアとギリシャの英雄アキレスの悲恋を描く。スイトナーやシュタインの録音がある。

 

2階下手と上手にバンダのトランペットが二人ずつ配置された。

 

第1部「アマゾンたちのトロヤへの出陣」は、金管が盛大に鳴らされる。第2部「ペンテジレアが見るバラの祭りの夢」はハープとともにロマンティックで美しい旋律が続く。フレーズが長いため、演奏がやや間延びしたように感じられた。

第3部「戦い、激情、狂気、破壊」はタイトル通り、激しい音楽。ホールが響くところに金管が力いっぱい吹奏するので、弦が埋もれ、音が飽和していた。ヴォルフの作品自体、勢い余って前に突き進むところがあり、そういう音楽なのかもしれない。

歌曲とは全く違うヴォルフの側面(ところどころにワーグナーの影響を感じる)に触れられたのは貴重な体験だった。

 

2曲目はR.シュトラウスの「交響詩《マクベス》」。

R.シュトラウス初の交響詩で作曲は1886年から89年。その後改訂され1892年に再演されたが、『音の透明性において《ドン・ファン》や《死と変容》に及ばない』と評価され、演奏機会はほとんどない。

 

印象としてはヴォルフよりもよほど整理されていて聴きやすい。

すぎやま&シンフォニッシェ・アカデミーの演奏は、しかし、リズムが重くて少しだれ気味。強奏するため音の混濁がある。奏者同士の音も聞こえていないのではと思う。弱音をもっと生かした方が良いのでは。

あるいは、こうした音の混濁は作品自体の問題であり、先の批評に結びつくのかもしれない。

 

演奏としては、休憩後のスメタナの「わが祖国」の第3曲《シャールカ》が一番まとまっていた(まともな作品ということかも)。オーケストラのバランスも良かった。ただシャールカの角笛を合図にツティラートたちの軍勢が襲われる場面は、勢い余って音楽が流されてしまうところもあった。

 

前田妃奈をソリストに迎えたサラサーテ「カルメン幻想曲」は素晴らしかった。

前田は第88回日本音楽コンクール第2位、第18回東京音楽コンクール第1位、いずれも聴衆賞受賞。現在東京音楽大学に特別特待奨学生として在学中の20歳。

 

これまで聴く機会がなかったが、確かな音程と艶やかな美音、緩急自在の表現が良かった。フラジョレットの音程も完璧。リスクを恐れず突き進む積極的なヴァイオリンは生演奏の醍醐味。特に第3曲レント・アッサイ以降が素晴らしく、第5曲「ジプシーの歌」は圧巻。今後も注目していきたいヴァイオリニストだ。すぎやま&シンフォニッシェ・アカデミーも丁寧なバック。

 

前田のアンコールは、マスネ「歌劇《タイス》第2幕から瞑想曲」。ハープの加わるオーケストラをバックに、とても歌心のある温かいヴァイオリン。ひとつひとつのフレーズに心がこもっていた。

 

最後はヤナーチェク「シンフォニエッタ」。

バンダも、9本のトランペット、2本のバストランペット、2本のテノールテューバが揃う。

2階正面と左右に分かれる。

第1曲「ファンファーレ」のバンダは疵もあったが、健闘していた。第2曲「城」は絶えず変わる曲想についていくオーケストラも大変そうだった。第3曲「修道院」はトロンボーン、ホルン、木管が健闘。第4曲「道」はトランペットが活躍。第5曲「市庁舎」は木管が活気ある演奏。冒頭の金管が戻り盛大に終わった。

 

アンコールはR.シュトラウス「楽劇《サロメ》から7つのヴェールの踊り」。

弦の音がここにきて一番輝きを増していた。ヴィオラのトップがうまい。

 

アンコール2曲はいずれも恐るべき女たちのコンセプトに基づくのだろう。

1人1人の奏者はなかなか頑張っていると思うが、リハーサルの時間があまりとれないのか、オーケストラでの経験が少ないのか、指揮者に課題があるのか、アンサンブルをもう少しきっちりと整えてほしいという感想を持った。

 

終演は9時20分を過ぎていた。