(9月16日・サントリーホール)
プログラム:
ベートーヴェン:ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲 ハ長調 Op. 56
ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 Op. 55 「英雄」
「矢部達哉・都響コンサートマスター30周年記念」公演として、都響初の生配信もされたコンサート。
矢部がコンサートマスターとしてデビューをした演奏会(1990年9月8日)で都響「指揮者」のポストに就いた現音楽監督の大野和士が共演。共に歩んだ二人に加え、小山実稚恵も大野と藝大時代からの旧知の仲。祝祭的なコンサートとなった。
ベートーヴェン《三重協奏曲》は名演!
チェロが主役とも言われるこの作品。宮田大のチェロは、スケールが大きく、風格もあり、艶やかな美音で、終始好調だった。特に第1楽章展開部冒頭のチェロによる第1主題の再現の弱音が絶妙だった。
作品では、目立たないとされるピアノの小山実稚恵が、力強く瑞々しい響きで大きな存在感を示した。
コンサートの主役、ヴァイオリンの矢部達哉は、いつもながらの美しい音だったが、第2楽章まで、もうひとつ燃えるものが感じられなかった。しかし、第3楽章に入ると宮田とのやりとりが熱気をおび、小山も加わったコーダでは、完全燃焼の演奏を行った。
結果的に、この作品におけるソリストの優劣はなくなり、全く対等の存在と思われる破格の三重奏が生まれた。大野、都響の演奏は、内声部の充実、全員の集中力が素晴らしく、見事な出来映えだった。
後半の《英雄》は、矢部がコンサートマスターとして燕尾服に着替えて再び登場すると、聴衆から大きな拍手が巻き起こった。
大野の指揮は、過去聴いた中でも、最も緊密で集中力に満ちたものの一つだった。都響も全身全霊で応え、演奏としての完成度は極限まで高められていた。
特に、第2楽章「葬送行進曲」展開部の悲劇的なフーガの悲痛さと緊迫感、引き締まった響きは、全体の中でも最大の高みに達していた。
ただ、私自身はこの部分以外に心に響いて来るものが少なかった。木管、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンの内声部も充実しており、第1ヴァイオリンの響きも磨き抜かれ、オーボエ、クラリネット、フルートのソロも美しいなど、緊張感と集中が最後まで途切れることのない名演にもかかわらず、感動に至らないのは不思議な気持ちだった。
ひとつ推測するのは、大野和士は聴き手にこう聴かせよう、こう感情移入してください、という意図があまりないのかもしれない、という点だ。ひたすら、音楽に邁進することに集中しており、その先は聴き手が聴きとってほしい、感じてほしいと、いうことなのかもしれない。
効果を狙うのではなく、音楽の深い部分に向かうということだと思うが、しかし、その結果が、私にはよくわからなかった。
大野和士との相性と言っては身も蓋もないが。
写真:©東京都交響楽団