上岡敏之とアンヌ・ケフェレックがコロナ禍で来日不可能となり、プログラムはそのままで太田 弦と田部京子が登場した。コンサートマスターは崔(チェ)文洙。
ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第1番」は、田部京子のピアノが素晴らしかった。粒立ちのよい瑞々しい音が宝石を連ねるように奏でられる。明快で軽やか、切れ味もある演奏は、ベートーヴェン初期のピアノ協奏曲にふさわしい様式感があった。
第1楽章のカデンツァは、ベートーヴェンが書いた3種類(61小節、31小節、129小節)のうち、最も長大で難易度が高い129小節を使って、圧巻の印象を与えた。実演でこのカデンツァを聴くのは初めてだ。
太田 弦の指揮は、田部に合せる無難なものだったが、主張するものは少なく、やや平板だった。直前の代役であること、まだ若いため実演の回数が少ないこともあるのだろう。
太田は飛沫防止のフェイスシールド、田部も新日本フィルの管楽器以外の楽員も、マスクをつけての演奏は大変だったろうと思う。
シューベルト「交響曲第8番《グレイト》」は、ベートーヴェンに較べると太田 弦のやりたいこと、個性が感じられた。具体的には、思い切りの良さ、快適なリズム、エネルギッシュなスケルツォの表情、などがあげられる。
序奏は旧全集では四分の四拍子だが、新全集ではアラ・プレーヴェ(二分の二拍子)になっており、太田もそれを踏襲して速めのテンポで進み、主部のアレグ・ノン・トロッポのコントラバスのリズムにスムーズにつないでいった。
序奏のリズムがそのまま全体に行き渡るように、太田は快適なテンポで進んだ。各楽章の提示部の繰り返しはなく、演奏時間は約50分だった。
太田の指揮で物足りなかったのは、シューベルトに欠かせない「歌うこと」「歌の表情」。たとえば、第2楽章の中間部、89小節目からのチェロが奏でる美しい旋律は、テンポを落としてでも、もっと歌って良かったのではないだろうか。
ベートーヴェンと同じく、準備期間の短さや実演経験から、今回多くを太田に臨むのは酷かもしれないが、思い切りの良さが太田の長所のひとつであり、さらに冒険をしていってほしいと願う。
太田 弦©Ai Ueda 田部京子©Akira Muto