思い出のコンサート 上岡敏之 東京フィル シューベルト《未完成》《グレート》2011年7月21日 | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。


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東京フィルハーモニー交響楽団は、短縮する場合、楽団の希望として、「東京フィル」を使うことになっていますが、この文章を書いた当時は、一般的に「東フィル」が使われていたので、修正せずそのまま掲載します。

2011721日木曜日午後7

東京オペラシティコンサートホール 

指揮:上岡敏之 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 座席:2L144

シューベルト:交響曲第7番 ロ短調「未完成」D759/交響曲第8番 ハ長調「グレート」D944

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東フィルは最初の「未完成」から、16型(15-14-12-10-8 )の大きな編成で臨んだ。第1ヴァイオリンは15人。

 

1楽章、出だしのコントラバスのドイツの深い森の奥から聞こえてくる木霊(こだま)のようなひそやかな始まりから、すでに上岡の世界に引き込まれていく。第1主題のあとの練習番号Aからのホルンの柔らかなハーモニーは絶品。第2主題を奏でるチェロは期待通りの木の香りがする深い響き。第1楽章の冒頭に出てくるモノローグは、2回目、3回目と登場するたびに表情が濃くなっていった。 

 

2楽章全体は終始深遠な響きを保っていたが、それを支えたのが要所を締めたヴィオラ、チェロ、コントラバスのピチカートの奥深い響きだ。あのような深い音を日本のオーケストラから聴くとは思ってもみなかった。

クラリネットが第2主題を奏でる直前、プログラム解説の野本由紀夫さんが言う「糸が切れた凧(たこ)のように突然の先行き不明になる箇所」(60小節目からの4小節)でのピアニシモはこの世のものとは思えないほど繊細な、ピンと張った音で、そこには極度の緊張が凝縮されていた。 

 

全体は、第1楽章アレグロ・モデラート(ほどよく速く)、第2楽章アンダンテ コン・モート(ゆっくり 表情をつけて)を楽譜の指定通り実現したテンポで、歌わせるところは心行くまで歌わせ、また音を強調する箇所でも合奏が濁らず、各楽器の音がクリアに聞き取れたのは、上岡の力だと思う。 このように「未完成」は期待に近い出来だったが、東フィルが上岡の要求に百パーセント応えたとは言えなかったのではないだろうか。ヴァイオリンの響きはやや艶がなかったし、管楽器の表情も色彩感やふくらみが少し足りなかった。しかし、後半の「グレート」では、弦は艶を取り戻し、管もわずかなミスを除いて豊かな音を響かせ素晴らしい名演となった。

 

「グレート」第1楽章冒頭、上岡の指揮棒は宙を舞うように大きな孤を描きながら、4拍子で「ドーーレーミ ラーーシード」と朗朗とホルンを歌わせた。その響きには、かつての巨匠たち(フルトヴェングラー、ワルター、ベーム、セルなど)の重く渋い音とは異なる、爽やかさ、軽やかさ、清新さが感じられた。2拍子のアレグロ主部は速いリズムで畳み込んでいく。弾むような弦楽器と、それに対応する管楽器の三連符のスムースさは、まるでジェットコースターに乗っているようで楽しくなってくる。

 

3主題他で活躍する三本のトロンボーンの明るさ力強さはこの交響曲を象徴するものだが、東フィルの三人のハーモニーは豊かで心地よい。展開部も乗りがよく、最後のクライマックスは早めのテンポで輝かしく終わった。 

 

2楽章はやや速めのテンポでオーボエがA主題を奏で、クラリネットが後を追う。弦が奏でるB主題はこの交響曲の最も美しい部分のひとつだが、上岡の指揮はフレーズの切り方が一筆書きの最後の細やかな線のように繊細で美しい。 

 

3楽章スケルツォの躍動感はどうだろう。いま生まれたばかりのような新鮮さがあり、チェロの歌わせ方などに勢いのある上岡節が炸裂している。トリオの軽やかさは緑の絨毯に乗って飛んでいるようだ。オーストリアの初夏の香りがしてくる。 指揮に集中する上岡は楽章ごとにたっぷりとした間をとる。 

 

4楽章に入っても音楽の勢いは止まらず、ベートーヴェンの交響曲第7番のような躍動が続く。ホルンに続く第2主題(169小節目以降)は上岡も実に楽しそうに指揮していた。クラリネットが奏でるベートーヴェンの第九の「喜びの歌」に似た旋律(385小節目から)も加わって、一直線にコーダに向かって突き進んでゆく。1057小節から1060小節に見られる弦楽器とホルンとファゴットがフォルツァンドを4回ずつ都合3回繰り返すところの迫力は今回の「グレート」の頂点だったと思う。

 

そしてコーダの最後にとんでもない「大どんでん返し」が待っていた。最後の和音は当然輝かしくフォルテで終わると思っていたら、音の最後をピアノでふっと切ってしまった。これには本当にびっくり仰天した。こんなコーダはいまだかつて聴いたことがない。謎だ。
(注:今考えれば、休止後の最後の4小節の頭の > をアクセント記号と読むか、ディミヌエンドと読むかの差で、上岡敏之はたぶん自筆譜を参照して、ディミヌエンドと判断したのだろう。そのあたりを自筆譜、ブライトコプフ、オイレンブルクの楽譜と比較したブログがあった。

https://blog.goo.ne.jp/amanuma14/e/87aa2a4cddae1bc5e653e949d9dd2abe


「未完成」でも「グレート」でも、上岡と東フィルに送られた拍手とブラヴォのすごさと演奏会の成功ぶりからして、東フィルがまた上岡に声をかけることは間違いないと思う。次回の共演が本当に楽しみだ。
(この後、新国立劇場のピットでヴェルディ「椿姫」の共演はあったが、コンサートでの再共演はなかったような気がする。)

上岡敏之()大窪道治