思い出のコンサート9 大植英次 東京フィル 小曽根 真(2011年7月5日、サントリーホール) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。


(201175日火曜日午後7時)

サントリーホール 指揮:大植英次 ピアノ:小曽根 真

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 コンサートマスター:三浦章宏

805回サントリー定期シリーズ

小倉 朗:管弦楽のための舞踏組曲/モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595

/アンコール:ビル・エヴァンス:ワルツ・フォー・デビー/ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 作品68

 

大植英次と小曽根真はボストン留学時代(大植はニューイングランド音楽院、小曽根はバークリー音楽大学)から面識があり、20082月には大阪フィルとガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」で5回共演のほか、ホルシュタイン・シュレスヴィッヒ音楽祭では同曲で北ドイツ放送響とも共演した親しい仲。

 

ふたりの奏でるモーツァルトは楽しさという点では無類で、正統クラシック派を任ずる人から見れば異端に映るかもしれないが、私はとても楽しんだ。表現はクラシックピアノとはかなり異なる。タッチは軽く平板で明るい。しかし演奏全体に乗りのよいドライブ感があり、ジャズを感じさせる。楽譜通り弾こうとしても身体からジャズのフィーリングがにじみ出てくる。それがユニークで面白い。

 

カデンツァは小曽根のオリジナル。第1楽章では不協和音とも聞こえるような和声が大胆。第3楽章でのある箇所で行きつ戻りつ繰り返されるフレーズはセロニアス・モンクのピアノを思い出させる。大植は12型の編成をたっぷりと響かせ、ふくらみを持たせた柔らかなニュアンスで小曽根とのコラボレーションを盛り上げる。

 

最初は「こんないい加減なタッチのモーツァルトでいいのかな」と思っていたが、聴きすすむにつれ「これは面白いぞ」と引き込まれていった。聴衆は正直だ。「いやぁ楽しかった。こんなモーツァルトもあっていいんだよね。」という反応を示すかのような、気持ちの込もった大きく暖かな拍手が止まらない。

 

ついに大植が小曽根を舞台にひっぱりだし、ピアノの椅子を手で払い清めるふりをして「じゃあ聴かせてもらおうか」とばかりに指揮台に腰掛ける。アンコールはビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」。エヴァンスのリリカルな曲が最新のモードにお化粧直しされて夢見るような美しさで現れた。「ビューティフル!」としか言えない極上のピアノ。サントリーホールが一瞬でマンハッタンのジャズクラブに姿を変えた。小曽根 真の使用したピアノはヤマハCFX。彼のコンサートのたびにヤマハが会場に運び調律などの協力を行っているという。

 

メインのブラームスの交響曲第1番、一昨年大阪フィルとやったマーラーの第5番で見せた超スローテンポの大植節がどういうかたちで出るのか注目していた。

1楽章から第3楽章までは、インテンポのしごくまっとうな演奏。しかし第4楽章6小節目からの弦のピチカートから思い切りテンポを落とした。そして、そのスローテンポを維持したまま最後まで押し通した。結果、ブラームスがブルックナーのように聞えてきてしまった。東フィルもよくあの遅いテンポについていったものだ。

 

最初に演奏された小倉朗(1916-90)の「管弦楽のための舞踏組曲」は大植英次のメリハリある指揮にぴったりの野性味ある作品で、名演だった。拍手に応え、楽員のパート譜を取り上げ胸に抱いた大植は、表紙を指差しながら「拍手は小倉朗先生に!」とアピールしていた。