2010年から9年にわたり読響常任指揮者として名演を聴かせてくれたシルヴァン・カンブルランが3月24日の東京芸術劇場でのベルリオーズ「幻想交響曲」を最後に退任する。
カンブルランが読響の演奏水準をそれまで以上に高め、レパートリーを拡大しながら聴衆の支持と信頼を得たことが最も大きな功績のひとつではないだろうか。やるべきことはすべてやったという充実感を感じるタイミングでの退任は爽やかだ。
最も記憶に残るカンブルランの指揮は2015年9月6日のワーグナー「トリスタンとイゾルデ」と2017年11月26日のメシアン「アッシジの聖フランチェスコ」(共に演奏会形式)。特に後者は日本の演奏史に残る記念碑的コンサートだったと思う。
その観点からも、声楽の入った大作シェーンベルク「グレの歌」の公演(3月14日サントリーホール)は非常に楽しみだ。
今日は得意のフランス音楽が並んだ。読響が色彩感を増したこともカンブルラン効果であり、特にドビュッシー「交響詩《海》」は素晴らしかった。各セクション、ソロの役割がはっきりと打ち出され、それらすべてが緊密に結びつき全体を構成して行く。クライマックスに進む道筋がとても自然であり、コーダをやたら盛り上げる指揮者が多い中、カンブルランの別格のセンスの良さ、感覚の冴えを感じさせた。
イベール「寄港地」は第2曲「チュニス-ネフタ」でのオーボエソロ(辻功)が傑出していた。第3曲「バレンシア」の極彩色の響きはむせかえるような南国の空気を感じさせた。
同じくイベールの「フルート協奏曲」のソリストは、フランス生まれで神戸国際フルート・コンクール優勝、ジュネーヴ国際コンクール第3位のサラ・ルヴオン。繊細なフルートで強さや迫力は少し不足するが、弱音器をつけた弦をバックに情感豊かに歌う第2楽章は彼女に良く合っていた。アンコールのドビュッシー「シランクス」は妖精が吹いているようだった。ゴールドに輝く使用楽器はムラマツのハンドメイド「24K-SR」だろうか。
今日のプログラムの中の注目は、ドビュッシー(ツェンダー編)「前奏曲集」の日本初演。これまで何人もの作曲家が色彩感のあるこの作品の管弦楽による編曲をしてきたが、ドイツの作曲家・編曲家ハンス・ツェンダー(1936-)の編曲は5曲のみ。
「パックの踊り」「風変わりなラヴィーヌ将軍」のようにトランペット、トロンボーンのミュートを使ったり、木魚を始め様々な打楽器を取り入れたユーモラスな編曲はとても新鮮で楽しいが、「帆」や「アナカプリの丘」「雪の上の足跡」のように木管やストリングスを使う編曲はありきたりで想像力があまり刺激されない。やはり原曲のピアノで奏者による個性や表現の違いを聴く方が奥は深いように思えた。
写真:シルヴァン・カンブルラン(c)読響