高関健 東京シティ・フィル 常任指揮者就任披露演奏会 スメタナ「わが祖国」 | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。



411日 東京オペラシティ・コンサートホール

 大変な名演だった。常任指揮者就任披露演奏会としては大成功で、高関健と東京シティ・フィルにとって素晴らしい船出となった。

スコアの徹底した読み込みから生まれるスメタナの本質に迫る深い表現。音楽にいのちを吹き込むことでほとばしるような勢いのある演奏。そして指揮者としてのオーケストラコントロールの見事さ。これほど充実した「わが祖国」が日本のオーケストラによって成し遂げられたことに感動を覚えた。
 高関健のバランスのコントロールは見事。総奏の中でも木管群がくっきりと浮かび上がる。対抗配置のヴァイオリン群やそのほかの弦の対位法的な場面での重層的な響きが正確で精妙に保たれ、しかも表情が細やか。弦の音色もかつての東京シティ・フィルのざらざらとした粗さがとれ、絹のように細やかな響きをまとい、生まれ変わったように洗練された音に変身していた。

最強音の強さと深さ、そこから最弱音への切り替え、場面転換の早さと鋭さは尋常ではなく、またディミヌエンドの細やかな表情づけも驚異的だ。

第1曲「高い城」はまだ硬さがあったが、2曲「ヴァルタヴァ(モルダウ)」から見違えるように良くなり、休憩をはさんでそのまま最後までその集中力が切れることはなかった。フルートの二重奏の冒頭から音にみずみずしさが宿り、モルダウの主題を奏でる弦は滑らかで絹の感触を持つ。こうした響きはこれまで東京シティ・フィルから聴くことはなかった。狩猟のホルンの響きも悠然として奥行きがあり、農民たちの婚礼の踊りの部分の生き生きとしたリズムと表情は踊り出したくなるような乗りの良さ。チェコのオーケストラに負けない民族的な響きがある。「月の光と妖精の踊り」の弦の響きも素晴らしい。さらにモルダウが急流となって流れる場面の総奏の迫力も唖然とするばかり。

3曲「シャルカ」。この女性戦士を表すクラリネットのソロが素晴らしい。敵の騎士、スティラートを表現するチェロのソロも良い。両者の対話から弦の対位法となり民族的な舞曲になって行く過程も見事に描かれる。このあたりの響きが日本のオーケストラではないように思われる。眠り込んだ兵士を表すファゴットの低音の強調も面白い。そして女性戦士たちが急襲し騎士たちを全滅させる戦闘場面のクライマックスとコーダの和音の決然とした響き。思わず199111月サントリーホールで聴いたクーベリック指揮のチェコ・フィルの演奏を思い出した。あの日も聴きながら「今ここで聴いている音楽は普通では聴けない特別なものだ」ということをひしひしと感じたが、この日の高関健東京シティ・フィルの演奏もまさに一期一会的な感慨を持つものだった。

前半で早くもブラヴォが飛ぶ。

4番「ボヘミアの森と草原から」。弱音器をつけたヴァイオリンの主題から始まる牧場の風景の対位法的な部分は対抗配置にしたヴァイオリンの効果が大きい。収穫祭の農民のポルカの素朴な表情も目の前に農民たちの姿が浮かんでくるほど民族的な味わい、匂い、空気が感じられる。

対をなす第5曲「ターボル」と第6曲「ブラニーク」は圧倒的だった。

フス国の讃美歌「汝ら、神の戦士たち」の主題の力強さと鋭さ。ティンパニの打音と金管の輝かしさ。戦闘場面で断ち切るように響く総奏の切れ味と緊張感は鋭い。

5曲から間髪を置かず入る第6番「ブラニーク」冒頭のティンパニの強打とオーケストラの強奏のインパクトの大きさには震撼させられる。

スタッカートの弦の主題はその重々しさが良く出ている。羊飼いのオーボエとそれにからむ他の木管、そしてホルンのやりとりも全く混濁がなく、明快に聞こえる。惜しかったのはそのあとの戦闘場面のあとのもうひとつの讃美歌を吹くホルンが完璧ではなかったこと。しかしこれは演奏の中では本当に些細な部分であり、全体にホルンの健闘ぶりを讃えたい。

コーダに向かって第1曲「高い城」のテーマが感動的に奏でられ、讃美歌の高唱とともに高らかに終わる。高関健のタクトが止まってから降りるまで保たれた静寂は素晴らしい。そのあとのブラヴォの嵐と拍手は高関健と東京シティ・フィルの出発を祝福する最高の贈り物となった。

高関健がプログラムの挨拶で書いた言葉どおりの見事な演奏だった。
「理由のない脚色をせずにスコアの細部を確かめ、作品自体に語らせるような演奏こそが、音楽を愛する聴衆の皆様の心に届くものと考えています。」
(c)V.Baranovsky


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