こんにちは、こんばんは。ばやんです。
今日は過去のお話をさせてください。
私は元々小学校の教員でした。
夢と希望をもって教職に就きました。
4月~6月はとても楽しく過ごせました。
右も左も分からないながら
必死に毎日子どもたちに成長させてもらって
部活があったので、休みはなくて、
それでもやる気と仕事への魅力で
毎日が楽しかったことをおぼえています。
しかし、体は言うことを聞きませんね。
7月になると不眠、過食がはじまりました。
初めはただの疲れだろうと思いましたが、
当時の流行り病で鬱病というのがあったので
念のために心療内科にかかったことを覚えています。
診断は「鬱状態」
馬鹿なと思いました。
そう思ったので薬も無視して
休むことなく通常の仕事をし、
再び休みのない毎日に戻りました。
それがいけなかったのでしょうか。
9月から上司のパワハラにあいました。
週に3回、誰もいない部屋で
上司と二人きり罵詈雑言を1時間~2時間
ご指導と言う形で受けました。
日に日に学校へ行くことが怖くなっていきます。
それでも「これは新人の勤め。
自分の能力が低いからいけないんだ。」
と言い聞かせ通勤していました。
ますます寝れなくなり、過食は続き、
体重が4月から15㎏増えた頃
可愛かった子ども達の目線が恐怖に変わりました。
給食の時間です。
子どもは用意をしています。
私は吐き気を止まらなくなりました。
目線が、無邪気な目線が私を追い詰めるのです。
「タノシイジカンガオワッタラ、コウチョウシツダヨ」
私はすぐさま逃げ出しました。
最後に帰る間際の非常勤講師の先生にクラスを託して。
私は狭いロッカールームでガタガタ震えながら
泣いていたそうです。
(この部分は後から駆けつけた先生に聞いたことです)
その日は私はタクシーで帰りました。
病院に行こうか。
迷ってやめました。
逃げているようで。
次の日から不登校が始まりました。
体が全く動かないのです。
起きようとしても涙が溢れます。
(助けて)
何度も心の中で叫びました。
一日行っては有給を使って休み、
二日行っては有給を使って休みの繰り返しです。
心の中で子どもたちの目線がどんどん怖くなっていきます。
(どうしてこの先生はこんなに休んでるんだろう?)
(サボってるのかな?)
(先生変わってほしいな。)
それでも行きました。
しかし、ある朝、私は壊れました。
雨の日、体が動かず休むしかないと思っていたとき、ついに。
「何で仕事にいけないの!!!!」
という母の悲痛な叫びを聞いてしまったのです。
「あぁ、俺は生きてちゃいけないんだ」
自殺未遂をしました。
幸い、嫌な予感を察知した妹が
飛び降りる瞬間おもいっきり
引っ張ってくれたので
体が濡れるだけで済みました。
妹は泣いて「病院いこう!」と言いました。
そのとき初めて
「あぁ、病院へ行かなきゃいけないだ」
と漠然と思いました。
意識が朦朧とするなかで病気へ行ったら
「鬱病」
と診断を受けすぐさま療養するように指導を受けました。
これで学校に行かなくてすむ。
と夢うつつに思ったことを覚えています。
ようやく校長室に行かなくて済む。
誰も僕をいじめない。
あぁ、寝よう。ここから私の三ヶ月の療養期間が始まります。
続く。