[ 内容 ]
「異性が反応するニオイ」「トイレのさわやかな排水音」「『痛いの痛いの飛んでいけ!』の合理性」等、日常の疑問や実感をテーマに、五感研究の最前線を取材。
茂木健一郎氏ら十数名に迫る。
[ 目次 ]
第1部 感覚器官のサイエンス
味覚 給食の味はなぜ懐かしいのか
嗅覚 ニオイでつながる恋人たち
触覚 「痛いの痛いの飛んでいけ!」の正体
聴覚 掃除機から「快音」が聞こえる
視覚 「脳」が見ていた
第2部 五感・クオリア・脳
[ 問題提起 ]
給食の味、と聞いて何を思うだろう。
わたしなら味を思い出すというよりも、気分がよみがえってくる。
ほんのりした気分に包まれ、懐かしいなぁ、と思う。
「懐かしさ」とは、本書の著者である山下柚実さんがいうに、かけがえのない五感体験に裏打ちされたものだ。
そこで本書は、懐かしさを創り出し支えている五感について、その不思議さを謎解きしていく。
[ 結論 ]
書名からは想像しにくいが、「五感の先端科学(サイエンス)」がテーマである。
本書は第一部と第二部で構成されている。
第一部では、感覚について研究する一線の研究者に著者がインタビューし、その内容が著者によって再構成されている。
第二部は、研究者と著者との対話だ。
こうした二部構成になっているおかげで、五感をわかりやすく理解することができる。
第一部では、味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚のそれぞれが次々と俎上にのぼる。
味覚を研究する伏木亨さん(京都大学教授)はこんな話を聞かせてくれる。
わたしたちはマヨネーズとかトロとか油っこいものをおいしいと感じる。
でも実は、脂肪には味がない。脂肪を食べると脳内で快楽物質がでる。
そのため脂肪と一緒に食べたものをおいしく感じる。
触知ボコーダという装置も興味深い。
井野秀一さん(東京大学助教授)が開発したその装置は、聴覚に障害のある人が声の情報を指先で認識するというものだ。
たとえば誰かが「ア」と言うと、その声が指先に小さなピンの振動として伝わる。
戸井武司さん(中央大学教授)は「快音化」の研究をして、心地よい音をだす掃除機を開発した。
人は無音や静音より、快音を好むからだという。
「五感」という、一見とらえどころのないものを対象に、その基礎と応用が次々説明されるおかげで、読者にも「五感」の輪郭がつかめてくる。
第二部では、まず脳科学者の茂木健一郎さんが著者と対話する。
茂木さんは、自分が受けている感覚がどのように他人に伝わっていくかについて、脳の回路を使って説明する。
たとえば人間以外の霊長類にとってアイコンタクトはさしたる意味はないが、人間にとってはとても大切なコミュニケーションである。
それは人間の共感回路がきわめて進化しているためだ。
ひとりひとりが持っている感覚は違うはずなのに、どうして共感することができるのか、ということについて著者は茂木さんとの対話により探っていく。
つづいては臨床哲学者の鷲田清一さんがたばこを例にあげ、たばこの悦楽とは匂いや味だけではなく煙からの視覚的な喜びや口に挟むことによる接触的な安心感があることを説明する。
感覚が個別ではなく融合していることを著者は鷲田さんと対話する。
この対話により「五感」の奥行きがつかめてくる。
わたしたちは毎日の生活で、五感を使わない日はない。
なのに毎日の忙しさの中では五感を意識することが少ない。
しかし本書をてがかりに改めて五感を考えてみると人間の体は無意識のうちになんと複雑な働きをしているのだろうと感心する。
著者も取材する過程で専門家からこう言われる。
「五感とはそれぞれが別々に独立して働いているのではなく、互いにネットワークし、確かめ合い、補完し合っている。」そして著者の山下さんは思う。
これこそが、五感の秘密に迫っていく上でもっとも大切なことだと。
[ コメント ]
人間社会の秩序が乱れ、子が親を殺したり、親が子を殺したりする犯罪が増えている。
昔のように物取りでも恨みでもなく、なんの動機もなく衝動的に他人を殺したりする犯罪も多いという。
でも誰だって楽しく食べた記憶、ほっとするここちよい臭い、ぎゅっと抱きしめられたぬくもり、やさしい子守唄、きれいな景色、これらを想いだして嫌だとは思わない。
五感はわたしたちに、「感情の原点」を思い出させてくれるのだ。
本書は、五感の大切さにあらためて気づかせてくれる書でもある。
[ 読了した日 ]
2009年2月13日