D.GRAY-MANの趣味ブログ

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ココチよさって私らしく暮らすこと ~読書と音楽と映画と・・・Plain Living and High Thinking~

本日は、お越しくださり、ありがとうございます。

自分の得た知識・経験・体験・スキルなどを興味の趣くまま提供する趣味ブログです。

自分の好き嫌い・得手不得手・趣味に、少しでも共感頂けて、つながっていけることを楽しみに待っています、ね(^^)

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【趣味ブログの標語】
「真剣にやれよ!仕事じゃねぇんだぞ!」by タモリ

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固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。
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「写真と言葉はひとつ」と題して、お気に入りの写真に言葉を添えて、投稿しています(^^)
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<ブクログ>
大人の本棚「こどもごころ」(只今、本&映画&音楽&ゲーム等セレクト中♪)
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その道のひとつ、または複数を選択して未知の本と巡り会える、そんな自分の好きな本(に音楽と映画をプラス)を、好きなだけ置いた、理想の本棚&“素の自分”に戻れる大人のための秘密基地♪
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不安って、的中する!と思いませんか?

大事な日に仕事が入るんじゃないかしら・・・・・・なんて思っていると、ホントに入ったり。

ほかにも、いやだな・・・・・・と思っていることが現実になることってよくあります。

だから、うまくいかなかったら、何か起きたら・・・・・・、と不安に思っていると、かなり高い確率でそれが本当になって、結果的に不安を増長します。

そのサイクルを繰り返していると、人生は悲観的に見えてきたり、シニカルになったり、冷めたりしてネガティブな人になっていきます。

不安は的中して現実になり、また不安は不安を呼ぶのですね。

不安が出てきたときには、考えすぎないで動くことを意識してみてください。

じっとしていると余計なことまで考えてしまい、不安の連鎖が断ち切れなくなるから、漠然とでもいいから何か動いていれば、気持ちは紛れるし、悪循環には陥らないはず。

景気も似たようなものですね。

人の不安が不安を呼び、さらに景気にも影響を与えます。

そもそもその不安状態は私たちにとって良くない!

精神的にも影響を与えるし、仕事でも何をするにしてもパフォーマンスに影響大。

アスリートを見ればよくわかります。

何か不安に思っていれば、動きも硬くなったり、いつもの力が発揮できません。

アスリートでない人たちだって同じ。

不安に思っていれば集中力に欠いたり、言いたいことが言えなかったり、やろうと思っていることがなかなか進まなかったり。

だから、不安を持つことそのものは否定しなくてもいいけれど、自分なりのコントロールのしかた、付き合い方を身につけると楽です。

例えば、自分が納得できるレベルまで行動量を増やせば、不安は少なくなっていくはず。

何か行動を起こさなくては、じっとしていても、不安は消えはしないから、不安に感じる時こそ、行動量を増やして、前向きに進んでいくことを心がけてみてください。

そして同じメカニズムを使うなら、いいことが起こると期待していると同じように現実になりそうです。

不安の代わりに、そちらを使いたいものです。

あなたが最近感じてる不安はどんなことですか?

不安は誰でも持つものですから、私だけかな?と心配する必要はありません。

もしあなたが感じるくらいなら、世の中には同じように考えている人たちはたくさんいます。

多少の差はあっても、不安の種類はみんな似たようなもの。

誰にでも不安はあるし、いつも良いことばかりではないので、不安な時期もあるから、自ら不安な気持ちを増大しないように、過度に考えすぎないように注意してね。

不安という気持ちよりも、いま何ができるかに焦点を当てて、前を向いて進んでいきましょう!

たとえば、結果がどうなるかわからない、自分の思い通りにならないかも、とか。

嫌われるかも、否定されるかも、どう思われるかが怖い、とか。

不安の素は大体そんなところ。

なのでまずは、私だけじゃないと考えて不安に思っている自分を不安に思わないこと。

一時的なことや目の前の問題に意識が行き過ぎてしまうと、大きく長期的な視点で物事が見れず、動揺することになるから、不安があってもいいじゃない、と考えてみるのもいいでしょう。

否定せず受け入れてみるという意味で。

目指す地点があれば、迷ってしまっても、そこに向かうことに意識を集中させればよいだけなので、心の支えにもなる、目標に目を向けてみるのも良いと思います。

不安に思っていることがあるなら、お勧めなのは詳細をできるだけ詳しく文字にして、不安が何なのか、よく観察してみること。

頭の中で考えているだけだと、ぐるぐると同じことを繰り返したり、とりとめもなく感じているだけだったりしてまとまりがありません。

まとまりがないから、よくわからない、これがまた不安を呼びます。

だから、整理して見てみるのです。

整理してみえたら、それが本当に真実なのか、それとも自分が思い込んでいるだけなのかチェックします。

もしかしたら自分で勝手に不安だと思い込んでいるだけかもしれません。

不安のほとんどはまだ起きていないことに対してですから。

そして不安があっても前進するには、何が必要なのか(考え方や行動など)、書き出してそれを取り入れてみてください。

ポジティブに考えられるようになれば、そちらが的中することを念頭において。

不安のほとんどはまだ起きていないことに対してですから。

実際、人間の深層心理には自己達成的予言というのがあって、自分が期待すること(不安でもいいことでも)が手に入るようになっている、と言います。

生きていく指針として無意識のうちに方向性を決め、そうなろうと行動する習性が人間にはあるとのこと。

これはあなたの人生を大きく変える現象であり、引き寄せの法則もまさにこれですね。

つまり、自分が普段思っていること、感じていること、意識が行っていること、フォーカスしていることが現実になってやってくる、ということですよね。

感じることが不安であれば、フォーカスが不安なのでそれが現実になる。

いやなことがあって、考えるのやめよう!と思っても考えるのやめようと思っていること自体すでにそのことにフォーカスしていることになるので、いつまでもそのままです。

これって、人間が頭の中、心の中で思い描くことがいかにパワフルか、ということの証明ですね。

思うことが、どれだけのバイブレーションだとかエネルギーを放出しているか、普段は全然気がつきませんが、実際そうなのです。

ここで学ぶことは、私たちが普段、自分が考えることや言葉などについてどれだけ無意識か、ということです。

というか、もし自分の思考や思っていること言葉にしていることがこれだけ自分の未来に影響を与えるとしたら、もっといいこと考えよう!

良い言葉を使おう!と思いませんか?

思うところまでいくんだけれど・・・・・・多くの場合、そうしようと思うだけで終わってしまって、現実に行動までいかないんですよね。

起きることや周りに影響されて、それに流されたりついついネガティブに考えてしまったり、不安にコントロールされたり・・・・・・というところ。

つまり、考えることが現実化すると頭では理解しているけれど、まだ心で理解していないからというのがひとつ。

それから、自分にいいことをしよう!というような自分を大事にする思いが少々まだ足りないのがひとつ。

両方かもしれません。

あなたはどちらでしょう。

「期待と不安は分かちがたい。期待のない不安はないし、不安のない期待はない。」ラ・ロシュフコー(著述家)

マイナスの感情が悪いと決めつけるのではなく、どんな割合と頻度が望ましいのかそのバランスで考えてみることも必要ですね。

マイナスの感情は上手く利用すれば、プラスに変化することもあるから、プラスとマイナスの感情を、上手く共存させていくように心がけてみてください。

例えば、幼少期に両親から「どうせお前には無理だ」と言われ続けて育った子供は、大きくなるにつれメンタルブロックというものが生成され自分から諦めるクセがついてしまうといわれています。

そうであったとしても、自己達成的予言を正の方向に向けることは可能であり、まず、責任は自分にあると悟り、夢を妨げている原因を自覚することが重要です。

その上で自分を許し、自分を信じることで意識的に結果を変えることができるようになるはず。

自己達成的予言を上手く利用するためには自分を信じ希望に満ちた未来を思い描くことが大切です。

もちろんそうすることは簡単ではありませんが、そうしなければ自らをますます不安の方向に向かわせることになり、また、人を不安にするものは、事柄そのものではなく、むしろそれに関する人の考えであるため、困難なことに直面しているときこそ、冷静になって、プラス思考を心がけてみてください。

つまり目標を持ち、それを信じることです。

プラスの意識になるように切り替えてみることで、上手くいかないという思い込みを取り除き成功しないオプションをなくしていきましょう!

心で理解していないことを解決するには、信じるかどうかは別としても、やってみようかな?というオープンさがいります。

このオープンさも、結局は、自分への気持ち次第ともいえますので、やはり自分を尊重してみる、大事にする、という気持ちを育てるのがやはりいいでしょう。

自分を大事にする気持ちは、そうしてみようというほんの少しの気持ちから始めるのがベスト。

最初から全部やろうとしないで、ひとつずつ、自分に対してよいことを、昨日よりは今日、今日よりは明日、少し増やしてみよう、くらいのほうが気楽に取り組めます。

いずれにしても、不安のメカニズムはそのまま良いことへのメカニズムにつながります。

自分が考えることが現実になるとしたらあなたは今日からどんなことを考えていくようにしたいですか?

今までよりももっと意識するようにしてみてくださいね。

ウソって、ついたこと・・・・・・ありますよね。

人生で一度もウソついたことのない人なんて、いないはず。

ウソをつくかつかないかで悩んだり、またはついたあとで収拾がつかなくなって、どうしよう、と思う方も多いでしょう。

さらにウソがバレたときのバツの悪さも大変です。

ただ、ウソについては価値観が違ったり考え方が違ったり、また場合によって、といろいろあります。

ウソも方便というようなことわざもあるくらいですし。

英語でも同じように、white lie (白いウソ)と言って特別他意・悪意のない、ちょっとしたウソ、という表現もあります。

ほかにもエイプリル・フールなど、ジョークで堂々とウソをつくことも。

これはこれで楽しいものだったり。

ポイントは、ウソをつくことについて、あなた自身の意見はどんなものでしょう。

「ウソ」についてのイメージは?

また、ウソをついたときに自分がどう感じますか?

ウソはとにかく良くない。

それとも、場合によっては仕方がない、必要なものと思うか。

ウソをつくと自分が苦しくなる。

後ろめたい。

だからできるだけウソはつきたくない、など。

このあたりの考え方が分かれ目ですね。

ドストエフスキーは、「人間はどんな時でも他人にだまされるよりは自分で自分に嘘をつく場合のほうが多い。」と言っていましたが、見せかけだけのやる気を出しても、本音ではやりたくないと思っていればそれは長続きしません。

本音と行動が一致していれば、無理してやる気を出そうとしなくても、自然とやる気になってくるから、偽りのない自分の本音を語ってみることが大切だよね。

ただ、そもそもウソをつく必要性のあるときは、どんなときでしょうね?

あなたがウソをつく理由は?

たとえば、相手を傷つけないため、怒らせないためとか。

自分を守るため、とか。

確かにときにはウソが一番無難に見えるときもあるかもしれません。

傷つけないため、怒らせないため、というようなとき相手を考えているようでいて、実は自分のためだったりもします。

つまり、自分が相手を傷つけて、怒らせて嫌われたらどうしよう、とか。

そして、ウソをつくのがいいかどういかの判断はどんなものでしょう。

人それぞれ、またケースバイケースでいろいろあるでしょうが、ひとつの基準とはしては、ウソはつかないほうがいいし、まずは自分が楽なはず。

この点について、ドストエフスキーは、「人生において何よりも難しいことは、嘘をつかずに生きることだ。そして、自分自身の嘘を信じないことである。」と言っていて、何をやりたいのか、今どうしたいのか、何を手に入れたいのか、見栄や見せ掛けではない、本当の気持ちを表してみることがたいせつなんだけど、なかなか素直になれない自分がいたりします。

自分の気持ちに正直に、素直になって考えてみれれば良いのだけれど、ウソをつきだすと、それをカバーするためにまたウソをつく、というような悪循環を引き起こして収拾がつかなくなるのはよくあることです。

ウソが独り歩きすることもありますよね。

人間はウソに対してどうしてもどこか後ろめたさがあります。

もちろん、平気な人もいるし、カルチャーとしてそれが普通なお国柄などもあるかもしれません。

だから、もしウソが全く平気ならまあそれはいいですが自分の中でどこかしっくりしないなら、やめておくこと。

ウソをつかずに済む別な考え方としては、罪悪感を感じずにこちらの考えを伝えるスキル、境界線を引いて、できないことはできない、という断るスキルを持つことです。

つまり、ウソうんぬんの前に、嫌われたくない、という気持ちを処理したり、断ることなどへの罪悪感をなんとかすれば、ウソをつかないですみます。

ウソをつく理由を考えると、相手がどう思うか、どう受け取るかが気になって。

そのためにウソをつきやすくなるのですから。

相手にどう思われるかへのこだわりを手放せば自然とウソの必要性も減ります。

ところで、ウソの反対は、真実や正直、というものですが、正直=すべてを話す、というわけでもないことを覚えて置いてください。

正直な人でも、すべてを言う必要はない。

ウソをつかない=すべてを話す、ということでなくてもいいのです。

単純な例で行くと、何かのお誘いを断るとき。

正直な人の場合、断る理由をすべて話そうとしたりしてとつい言い訳じみてしまいます。

でも、日本語には、非常に便利な表現があり、「都合がつかない」なんて一言で片付けることもできます。

また、「今日はちょっと・・・・・・」なんて表現で察してもらえたりもしますね。

この一言があれば、これで行きたくない、先約がある、体調が悪い、残業がある、など、すべてひっくるめることができます。

これで「えー、どうして?なんで?」といってくる人もいるかもしれませんが、他人のなぜを知りたいニーズを満たす必要もとくにありません。

最近はメールという一方通行の断り方もできて便利です。

便利なものを使わない手はありません。

つい、結果がどうなるかわからないから何もできずに動けずにいることってありますね。

実際には、何かをする前から先々を考えすぎて自分で不安を呼ぶことが多いもの。

不安がつのれば結果として動けなくなってしまいます。

こんなときには、結果がわからないことよりも、何もしないことのほうが怖い、と考えてみてはいかがでしょうか。

何もしなかったら、何も変わらないのは確実。

それはそれで今はいいかもしれませんがこの先、それでいいのかどうか。

いずれは何も変わらないのもいやになる。

よく考えてみれば、どちらが怖いことなのか自分でもよくわかっているはずなのです。

何をやっても結果がどうなるか、なんて100%はわからない。

もちろん、うまくいく確率の高いこと、そうでないことはあるでしょう。

また自分次第でその確率をどうにでもできることもあるはず。

それから、たとえば、安定を取るか自由や自分のやりたいことを取るか考えて動けないときなどもそう。

今の世の中ですから、絶対的な安定な道なんて存在していないかも。

「失敗したら、どうしよう。」とは誰でも思うものではありますが、最終的には、そこでほんのちょっとの勇気で結果も変わってきます。

そして、必要になったら(たとえばもし失敗したり、どこか間違ったなと思うときがきたら)、やり直せばいい、と考えていればいいのです。

やり直すのは、本当にその気になればいつだってできますよね。

とくに女性はこのあたり、強みです。

やり直せばいい、というのは開き直って努力しないとか、運に任せる、というのではありません。

当然ながら自分の思うとおりの結果になるようやれることはやって、その上で、です。

いずれ、やっても何かうまくいかなかったり、挫折しそうになるときは、やってくるかもしれない、と心積もりだけはしておけば、対策になります。

やってみてうまくいなかないから、何かを変えればいい。

「これはうまくいかない」というのは実は貴重な情報です。

だって、やってみないとわからないことがわかることほど、自分のエネルギーと時間をかけた分だけ、貴重なことはないのです。

それから、やってみてもしかしたら何か別な道も見えてくるかもしれません。

それはそれで素晴らしい。

それも、自分が何かをやってみることでわかる副産物というか、これも貴重。

どれもこれも、何かをやってみるからこそわかること。

それも実感してわかることだからどんな知識よりもパワフルです。

実感して得られる知識が積もれば、それをもとに自分のやることを調整することも可能です。

これがチリも積もれば山となり、いずれは自分の思うとおりになるまで続ければいいだけ。

こうして、必要になったらやり直せる!と思っていれば、怖いことなんてだんだん減っていきます。

そう思うためには、ちょっとの勇気があるといいし、また自分に対しての根気と、自分を信じることができていればもっとよし。

なかなか自分を信じることができない、という場合には、この際自分を信じるとかどうのこうのと深く考えず、行動から始めるのもひとつの手です。

やってみると、意外にどうにかなることのほうが多いから。

「心機一転、やり直せばよいのである。長い人生の中で、そのための一年や二年の遅れは、モノの数ではない。」本田宗一郎(本田技研創業者)

なんとかなったら、自分を信じることって大事だなあと実感してこれからに生かしてくださいね。

何かダメージになるようなことが起きたとき、周りにどう受け取ってもらえるか、どうサポートしてもらえるか、結局は普段の態度がモノをいいます。

人間の行動は、なんだかんだ言いつつも結局は好き嫌いの感情が大きく影響します。

大変な目にあって、言葉は悪いけれどいい気味だ、ざまぁ見ろ、と思われるのか、大変だったね、大丈夫?と言って理解してもらえるのか。

普段その人に対してどう思っているのか、極端に言うと、「この人好き」と思っているか「この人嫌い」と思っているか、の違いなのです。

ただ、人から好かれるために生きているわけではないし、そのために周りにこびへつらうのでは、何か違います。

でも、もっと自然に周りからも受け入れてもらえる好いてもらえる人でいたら、いざというときサポーターも増えますから、人をひきつける何か、好きでいてもらえる何かを身につけていたいですね。

では、人をひきつける何か、って一体何でしょう?

あなたが、この人いいな、と思うようなキャラクターや特徴はどんなもの?

わかりにくかったら、あなたがなんとなく、応援したくなる人はどんな人たちでしょう?

それは人によって違うかもしれませんが共通していることもたくさんあります。

たとえば、誠実であるとか。

裏表がない、言っていることとやっていることが同じであるとか。

優しさや強さを持っている人とか。

ひたむきさ、明るさ、一本筋の通っている人、自分らしさを保っている、あれこれグチを言わない人、などもあるかもしれません。

一生懸命な人を見ると、なんとなく応援したくなる、というのもありますよね。

それから、寛容な人、受容性の高い人、などもそうかも。

受け入れてくれる人なら、こちらも受け入れたいもの。

普段の姿勢というか生き方というか、そんなものが、自然と人を引きつける要素となります。

脚本家であるジェームス三木も「究極的にはその人間の魅力が、どんな時でも勝負だと思う。」と言っていたけど、どんな人にも個性はあり、その人の良さがあり、能力はあるものです。

着目する点が的外れだと、その才能に気が付かないままで終わってしまう点に注意して、良いか悪いかではなく、他の人とは違う何かがあるかに着目してみてください。

人に好かれるために何かする、というのではなく、こういう人なら、無条件でサポートしたい、というような人に、自分がなれば良いのです。

それも、無理をするとか、自分らしくないことをするのではなくて、自分のできること、やれること、自然なことで、です。

まずは、自分のできることや、一生懸命になれることにフォーカスするのもいいですね。

「明日には一つだけかけがえのない魅力がある。まだ来ていないということだ。」フォースター(作家)

明日どうなるかという結果は、いま何をするかというきっかけづくりや予防など今の行いにかかっているので、明日が楽しみになるように、いま動いておきませんか?

まだ来ていない明日は、いまの行動次第で変えていくことができるので、何かあったときに、無条件に助けてもらえる人、それでも「大丈夫だよ」と自然に言ってもらえる人になりたいものです。