過度な円安や値上げ効果によって年収が1000万円を超えた富裕層の数は123万人だそうです。

日本国民のわずか1%。

会社名は挙げませんが大手自動車産業や大手重工業など輸出で稼ぐ大手企業です。

日経平均は今や42000円を超えて続伸中。

格差が広がるっていうのはこういう事なのです。

残りの99%の国民はもっと低い年収の人達。

その大部分は200~400万円の中小零細企業の従業員やパートや派遣やアルバイト、そして年金受給者と株高など全く関係ない人達なのです。

政府自民党が常に念頭に置いて気にかけているのは前述の1%の人達の事。

それでも彼らは税金や保険料の負担が増えていて全然満足していないどころか年収1500~1800万は欲しいと言っているらしい。

呆れてものも言えない。

格差社会とはこういうものなのです。

石油元売りに8兆円もの税金を流し込むのに、1兆円の財源が見つからないとガソリン減税にゴネまくる自民党税調。

カネのある奴はとことん儲けてわたしのような貧乏人はとことん疲弊しているのです。

実は昨日、昔の友人から10年ぶりに連絡を貰いました。

わたしよりも先輩格の聡明な人なのに、要件は金の無心でした。

「10万でも20万でもいいから・・」とドラマの世界の台詞をリアルで聞かされたのは生まれて初めて。

わたし的にはかなり大きな衝撃を受けました。

詳しい事情を聞くと関わらざる負えないから、一切聞かないで断りました。

疎遠になっていたわたしに相談してくるのだから、身内や親しい人に全て断られた末の事だったのでしょう。

余程辛い事になっているのかもしれません。

今のニッポン、どこかおかしくなり始めている。

昭和の頃ならとっくにリタイアしてのんびり悠々自適の生活を楽しんでいるはずなのに。

老体でも働かざる負えない真の貧乏国家ニッポン。

利権まみれのこの国では大部分の国民が主食を買う事も出来なくなるのです。

新米5kg8400円(税込)の見出しを見て今日お米(備蓄米)を買いに行ったら全て売り切れていて、4000円前後のコメもほぼ完売状態でした。

先週の内に買っとけばよかったのに・・。

5kg1万円のコメを買えるのはわずか1%の連中なのです。

本当に腹が立つ!!

 

 

 

 

  わたしの人生計画はタクシー(定時制月8回乗務)を2029年1月まで(あと3年4ヶ月)やって年金受給が始まったら年金+民泊収入で余生を過ごすというものです。

ただし年金は月10万円位(天引き1万円位か)民泊で月額10~15万円は夢ではないけれど更なる宣伝が必要でしょう。

再来年の園芸博と2031年開業のテーマパーク事業にうまく乗れれば・・。でも他力ではやはり不安。

実は友人から介護タクシーを一緒にならないかと誘われています。

その友人は介護資格に二種免許も取得して現在都内のタクシー会社で実績作り中です。

彼は本気なのです。

数日前に今の会社の友人から介護タクシーの現状を聞くことができました。

どうやら彼の友人が個人で介護タクシーをやっているそうで、その人は遺体搬送の資格も取っていて寝台車での営業もしているとのこと。この介護タクシー業界は利用者はこれから増える一方なのにやっている人が少ないから本当に売り手市場だそうです。

介護タクシーと遺体運搬とで(仕事を選ばなければ)月収200~300万円だそうです。

その代わりいつ何時呼び出されても仕事を受けなければならないとのこと。(これはこれで大変です)

遺体搬送など九州から東北へクラウンワゴンで搬送した、・・とか。

考えただけでも大変です。

この業界なぜそんなにやる人がいないのか。

原因は何となくわかるような気がします。

やっぱり大変だから。

わたしの前の会社の上司が介護タクシー会社で雇われドライバーをやってみたところ体がもたないと辞めたらしい。

介護資格の無いドライバーは客の体に触れてはいけないのに、現場ではエレベーターの無い団地の5階から車まで「頼む、肩を貸してくれ!」と言われて殆ど抱き抱えながら運んだそうです。こんな仕事ばかり。

利用者はできるだけ安く済ませたいから有資格者は頼まないのか?

また深夜に呼び出されて「財布忘れちゃったから、家に付いたら払うよ。」と言われて到着すると「今度の年金支給日に取りに来て。」と言って結局踏み倒される事もしばしば。

体の不自由な高齢者に懇願されるとついツケ払いをOKしてしまい、その後はいい鴨にされるみたい。

だから冒頭に紹介した方は同業者とネットワークを作って情報交換をしあって不良客を受けないようにしているんだとか。

これも難しい問題です。

という訳で、介護タクシーやろうかどうしようか検討中なれど、やっぱり二の足を踏んでしまいそう。

 

 

  こういう話は下手をすると変な自慢話になるので、人にはあまり話しません。

わたしは一般人で芸能界にいるわけではありませんが、実はCM1回、ドラマ1回、映画1回、バラエティー1回、野球中継1回、ニュース1回、ロシア国営放送に1回とそれぞれが成り行き上とは言え出た経験があります。

CMはわたしが1歳の時、テレビ番組「てなもんや三度笠」のスポンサー前田屋のクラッカーのCMに出ました。「当たり前田のクラッカー!」という昭和ギャグのあれです。

当時はCMモデルという職業すらなかった時代ですから、わたしが出た経緯はわたしの父(当時大学教員)に誰かの紹介で「先生の息子さん出てくれないか?」というものだったと母親から聞きました。ギャラはユーハイムのバームクーヘンだったそうです。

当時は映像ではなく画像、わたしと2歳上の兄とでクラッカーを掲げてパチリと撮られた1枚が商品説明のテロップと共にオンエアされたとのこと。当時の証拠写真はどこかにいってしまい現在捜索中です。

ドラマは伊豆下田のホテルに勤めていた時に十津川警部シリーズ「南伊豆高原殺人事件」の撮影でエキストラで出ました。「フロントの君、出る?」と監督さんに声を掛けられて出演。細川直美さんとフロントでのシーンで共演させて頂きました。

このドラマは人気シリーズだったからオンエアされた後で多くの友人から連絡を貰いました。

映画は「ベースメント」という邦画にエキストラで出演(一応台詞あり)、娘もウェイトレス役で出ました。

この時は監督さんやプロデューサーと友人関係だったから出してもらえました。

バラエティーはウクライナ支援が縁でTBSから取材で当横浜音楽観の紹介で出ました。

野球中継は高校野球の神奈川大会でTVKで応援団長として紹介されました。

ニュースはNHKでの取材でのインタビュー、ロシアのテレビ放映はサッカーW杯日韓大会で取材に来ていたロシア国営放送(第1放送)による取材映像がロシア人妻とわたしとでロシア全土に放映されました。この時は妻あてにロシアの友人達から多くの連絡がったようです。

という訳で特にタレントでもないわたしですが、色々なジャンルのメディアに1回づつですが出ております。

こういうのも芸能界デビューというのだろうか?

そうなると超有名な渡辺謙さんも憧れの北川恵子さんも広義ではわたしの後輩?に当たるのだろうか?

何とも恐れ多い発想で恐縮です。