8月24日はわたしにとってとても辛く悲しく徹底的に打ちのめされた忘れる事が許されない日です。
6年前のこの日、わたしの妻が変わり果てた姿で発見されました。
朝、元気で送り出してくれた妻がもう旅立った後でした。
そして妻の七回忌にあたる今年の8月24日は前日の東京の復活大聖堂(ニコライ堂)での追悼祈祷、そして当日墓前での追悼演奏と無事終える事ができました。
あれから6年間止まったままの時間が昨年妻の埋葬(納骨)を済ませて少しづつではありますが前に進まなければと思っていました。
図らずも今年とても運命的な事象が起こりました。
わたしが支援活動を始めて来月で丸3年になる横浜隼人女子卓球部。
早いものでもう3年が経ちました。すでに2世代の子達を送り出し、高1だった子達も来年卒業です。
この選手達がいつかオリンピック代表になればという夢はありますが、現実的な目標は全国制覇でした。
県大会に関東大会とメジャーな大会で勝っている彼女達。
中学生も高校生も全国レベルです。
高校生は善戦及ばず県代表を逃しました。
ところが中学生チームが勝ち進み(わたしも予選の応援に駆け付けました)ついに全国大会(全中)決勝がこの8月24日でした。
妻が心の病に侵され始めた2017年~2020年の8月24日に亡くなるまでのおよそ3年間、こちらの世界に戻ってこさせようと、わたしは毎日色々な楽曲を妻に聴かせていました。わたしは音楽の力を信じていました。
そしてその夢と希望は6年前に打ち砕かれ、わたしの音楽は何の役にも立たなかった、病の前では無力だったと打ちのめされました。そこから止まってしまった時間。
3年後に横浜隼人の監督さんと期せずして出会う事になりました。
監督さんから宿泊でのフォロー以外に演奏でも、と依頼されました。
あれから3年、色々と試行錯誤の連続でした。
恐らく部員の皆さんは「変なおじさんが来た。」と思っていたことでしょう。
そしてある卓球少女からのミセスグリーンアップルのケセラセラが聴いてみたいというリクエストをきっかけにJ-POPの世界に足を踏み入れて1年半。現在レパートリーは23曲になりました。
昨年10月から始動したドリームプロジェクト10という企画。
ミセスの楽曲を中心に15曲のオリジナル伴奏譜を作って練習とライブを繰り返しやってきました。
そして今年の8月24日、わたしが追悼演奏を終えて車に戻って来ると彼女達の全国制覇を知りました。
わたしの貢献度など微塵程にもありませんが、わたし的には報われたと実感しました。
この悲しい8月24日がとても素晴らしい記念すべき日に変わった瞬間でした。
わたしもそろそろ前に進むべきかと思っています。