ホテルで勤務していると何もチンピラヤクザに脅かされる体験だけではない。時にはドラマのような劇的な体験もする。わたしのホテルは週末ともなれば当時は結婚式で賑わっていた。そんなある日わたしがクローク係りをしていた時のこと、ある花嫁さんの衣装や荷物を普通の格好の見知らぬ男性が引き取りに来た。クローク札をちゃんと持ってきたからお渡しするのは当然。そしてそろそろ式が始まる時間なのに先程までドレスを着ていた花嫁さんが普段着に着替えて先程の男性と正面玄関から荷物を抱えて出て行くではないか。“アレレッ?”と思ったが引き止めたりするのは越権行為だから見守るしかなかった。するとしばらくして花婿氏がフロントに青ざめた表情で登場。事の次第を話すとその場でへたり込んでしまった。つまりは花嫁に見事に逃げられた訳である。しかも男付きでの駆け落ちだ。何も結婚式当日に決行しなくてもと思うがそれだけ“アンタとは縁がない!”と言いたかったのだろう。あんな事したわけだから花嫁さんは実家には二度と戻れないだろう。それだけの覚悟をしての逃避行だったということになる。後日営業部からの情報であの結婚は破談になったそうである。わたしは知らない内にあのドラマチックな逃走劇の登場人物の一人になっていた訳だ。今思い出しても苦笑いしてしまう体験だった。