こんにちは、吉岡美千代です。
さて、私は今、マーレライを知らない人に向けてご紹介するための
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「マーレライ」という絵は、
正式名は「バウエルンマーレライ」Bauernmalereiという表記で、
ドイツ語で、日本語にすると「農民の絵」という意味があります。
この絵が農民が描いたのかな?
という点について触れたいと思います。
そのネーミングから想像すると
「農民が描いた絵」となんとなく?思ってしまいませんか?
【写真は文献より抜粋】
素朴で温かい色彩、そして心和む植物のモチーフたちの絵、
農家や季節の絵。
バウエルンマーレライ、という絵は
(ドイツ人には通じない日本風発音です。
ドイツ語風にいうと、バウアンマラライ最後の「ライ」にアクセント)
農家の方々が自分たちの手で、家具や小物に
絵を描いている風景を思い浮かべるかもしれません。
私は、最初はそう思っていました。
この点がとても気になって、、
ドイツ人専門家が執筆された文献でリサーチし、
大学で研究を行うことにし、論文提出しました。
実は…農家さんが描いたのではなく、
専門家が描いたという説が多数派を占める。
とわかりました。
この絵の元となる「Bauernmöbel」と呼ばれるドイツ語圏の家具絵専門家の間では、
これらの美しい絵の多くは、農民自身が描いたというよりも、
専門の「家具絵付師」たちが手がけたのではないか、という説が主流になっているんです。
「えっ、そうなの?」と驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。
なぜそう考えられているかというと、いくつかの理由があります。
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高度な技術と統一された様式:
マーレライには、素朴さの中にも熟練した筆致や、
特定の地域に共通するデザインパターンが見られることがあります。
これは、専門的な訓練を受けた職人が描いた可能性を示唆しています。
ニュルンベルク「ゲルマン博物館」においてもその作品例を見ることができます。
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歴史的背景としての「修道院解散」:
この専門絵付師の出現には、歴史的な出来事が影響しているという説もあります。
それは、**ヨーロッパ各地で起こった「修道院解散」**です。
かつて、修道院は文化や芸術の中心地の一つで、
多くの絵付師たちが修道院の壁画や装飾を手がけていました。
しかし、宗教改革などの影響で修道院が解散されると、
そこで働いていた絵付師たちは職を失い、
新たな活躍の場を求めて民間に散らばっていったと言われています。
彼らの中には、その高度な技術を活かして、
人々の暮らしに身近な家具などに美しい絵を描くようになった者もいたと考えられているのです。
壁画のような大きな仕事から、よりパーソナルな家具の装飾へと、
その技術が応用されたのかもしれません。
この説は、家具絵(百姓家具)に見られる質の高さや、
時に絵の中に宗教的なモチーフが見られることの説明にもなりそうです。
-
家具そのものの価値: 当時、絵付けが施されるような家具は、
決して安価なものではありませんでした。
大切な家具に装飾を施すのですから、専門の職人に依頼するのは自然な流れだったのかもしれません。
以上により、多くの場合、
マーレライは専門的な技術を持った職人たちの手によって生み出され、
農村の暮らしを彩っていったと考えられています。
マーレライ発祥の地
アルプスの美しい自然の中で
マーレライが生まれた背景についても触れておきますね!
(2013年にDB車窓より撮影)
バウエルンマーレライは、
主に南ドイツ、そしてスイス、フランス、オーストリアとの国境に近い、
アルプス山脈の麓で発展しました。
厳しい冬を室内で過ごすことの多いこの地方の人々にとって、
生活空間を明るく彩るマーレライは、心の潤いであったのではないかなと想像します。
農民が描いた説は?
農民も描いた?~暮らしに根差したアートとしての可能性~
では、「農民が描いた」という可能性は全くないのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません!
専門家の間では家具絵付師説が主流であるとはいえ、
農民自身が描いたマーレライも確実に存在したと考えられています。
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身近なものへの装飾: 高価な家具だけでなく、日常使う小さな木箱や道具などに、家族のため、
自分のために絵を描くことはあったでしょう。 -
見よう見まねで: 専門の絵付師の作品を見て、器用な農民が自分でも描いてみようと試みたかもしれません。
そこには、プロの作品とはまた違った、素朴で味わい深い魅力が生まれたはずです。 -
暮らしの記録として: 日々の出来事や願いを込めて、個人的な思いを表現するために
描かれたものもあったかもしれません。 -
農家の方々の中にも、特に絵心があり器用な人は、
冬の農閑期を利用して、家具や小物に絵を描き、副業にしていた可能性も考えられます。
(文献では、「農家の人は絵を描く時間や余裕がなかったのでは?」と書かれている書物もみましたが。)
描き手を特定できないので、推論でしかないです。
色々な見解あるのですが、
とにもかくにも、
マーレライは、「暮らしのアート」。
専門家によって描かれた洗練されたものもあれば、
農民の手による温かく素朴なものも、
どちらも
その土地の文化や人々の心根を映し出していると言えるでしょう。
ということで、深い話をしましたが、
「専門家が描いたのか、それとも農民自身が描いたのか。」
この問いは、
マーレライの奥深さを教えてくれます。
その素朴な筆致、
豊かな色彩、
そして描かれた植物、
モチーフに込められた想い…。
それらが融合して、マーレライ独特の温かい世界観を作り出しているのかなぁ、、と
思います!
ということで、
今日のこのお話が、
マーレライへの興味をさらに深めるきっかけとなれば、嬉しいです。
マーレライの作者について、どんな風に感じましたか?
私はずっと、なぜ、この絵が農民の絵なのか?が気になって仕方なかったんです。
ぜひ、皆さんのご意見や感想も聞かせてくださいね。
吉岡美千代