馬超の気ままウォーキング・趣味の記録

馬超の気ままウォーキング・趣味の記録

歩いて歴史上の史跡や雰囲気の良い風情を楽しみながら歩くのが好きです。その土地の小さな史跡も大切で、ゆっくり時間が流れる場所が大好きです。日記のつもりで記録していますので文字が多くて読み辛いと思いますが、興味のある方は観て頂けたら幸いです。

2巡目1回目区切り打ち遍路が終わって、2ヶ月が経過しました。

実は2回目区切り打ちの大まかな予定も立て終わり、9月中旬からスタートする予定にしています。

そこで、次回の参考のために1回目区切り打ちの事を振り返ってみた雑感をダラダラと書いてみました。


遍路みちについて


🔵歩き始める前には、出来るだけ1巡目の時とは違う遍路みちを歩こうと思っていましたが、結局、半分以上は1巡目と同じみちを歩きました。

理由はいくつかあって、1つには出来るだけ旧遍路みちを歩きたいので、違う道を選ぶと国道や県道を歩く事になってしまいますが、それは味気ないですよね。

2つ目、旧遍路みちが枝分かれしている時もあるのですが、1巡目に歩いたパターンでスケジュールを決めているので、違う旧遍路みちを歩くと距離や道順が変わってくるんですよね。

これを回避するためには、スケジュール設定の際に歩く遍路みちも設定する必要があります。

そう言う意味で一番良いのは、1日に歩く距離をグッと抑え目に設定し、余裕を持ってゆっくり歩く事です。

しかし、これがなかなか出来ないんです。

結構は歩く距離、札所の数に囚われてるんですよね。要は修行が足らないんです。

🔴皆さんは、旧遍路みち派ですか?

それとも県道(国道)派ですか?

私は圧倒的に旧遍路みち派になります。

旧遍路みちが好きな理由なんですが、

・古からの先人達が歩いたみちを時間を超えて共有出来るタイムスリップ感にワクワクしてしまいます。

・有名では無いけれど、その地だけに伝わる伝説や史跡を観るのが好きなんです。

例えば、お大師様の色々な伝記や○○遭難の地等です。

そんな歴史からしたら小さな出来事を見つけた時もワクワクしてしまいます。

・旧街道などの歴史的にも価値のある道が多くて、歩いて居ても心地よいですよね。

・そして何と言っても、地元の方々との触れ合いが多いのが旧遍路みちなんです。

地元の方との会話にも地域の史跡や出来事を知っていると話も弾む事が多いですし、案内板や遍路シールが無い時には積極的に地元の方に尋ねるとスムーズに会話する事にもなりますよね。


【人々との関わり】


🟡歩き遍路をしていると、色々な人々と出会い、話をさせて頂くことが多々あります。

その際に『急いでいるから話せません』と言う事だけは無い様に心掛けてます。

時には小1時間話し込む事もありますが、袖振れ合うも多少の縁。 

ご縁の無い方とはそもそも会う事もありません。

道ですれ違ったりする方とは一期一会のご縁で、それもお大師様の導きなんでしょうね。

なんて書いてますが、実はあんまり実践出来てません。。

だから、これは自分に言い聞かせる為に書いてます。

🟢(くどいですが)だから、歩き遍路のスケジュールを決める際には、余裕を持った距離設定にした方が良いです。

でないと、人と出会い、話が長くなり、話を切れずに、その後の歩きを急ぐ事も多々あります。

そんな時に、「あの人の話が長いから、時間が無くなった」と、グチりながら急ぎ足で歩く。

なんて事が私には良くあるんです。

人とのご縁より、先に進む事の方が優先になってしまっている。ほんと情け無いです。。

⭕️ブログ中にも書きましたが、今回の区切り打ちでは色々な方々との出会いがありました。

勿論、GW期間中や1番札所から歩いたので、一番人と出会い易い条件が揃っていたのは間違いありません。

基本、単独行の私にしては、こんなにも他人と同行したのも初めてだったんです。

思い返してみたら、1巡目からの区切り打ちの度にテーマが設定されている様な気がしています。

そう思うと、毎回、どんなテーマが設定されてくるか?楽しみでもありますよね♪

🟠歩き遍路をしていると、たまに手を合わせて拝んでくる方がいらっしゃいます。

歩き遍路者と言うのは、それ位に有り難がられているみたいです。

やはり、お大師様が歩いて周られたし、右衛門三郎伝説が根付いているからなんでしょうね。

それに、歩き遍路者は良く見られています。

だから、そんな想いに応えれる態度や心根で歩きたいものです。

外見だけでなく、心根はどうなのか?

少なくとも、今の私には到底その資格は備わっておりません。

特に疲れて来るとイライラしてしまい顔付きや態度がギスギスしてしまってるんです。

何度も言いますが、本当にスケジュール管理が甘いんです。

勿論、歩き遍路者によって価値観は違うので、どの部分に重きを置くかは様々です。

だけど、遍路の名を借りて四国を歩くからには礼節や作法は出来るだけ気にしていたいなあ。と思っています。

🟣宿や飲食店、みちを整備して下さる方の存在。

歩き遍路を迎える為の準備。

遍路者の1〜2%と言われる程に少ない歩き遍路者を迎える為に、山道を整備し、ゴミの処理をしてくださる地元の皆様。

普通に歩くだけでも大変なのに、腰を曲げ草を刈り、重い草木を遍路みちから運び出し、雨水で流された土砂の処理等、大変な作業だと思います。

決して商売にならない遍路者を快く迎えて下さる宿の皆さんは、何時に来るか分からなない歩き遍路者の為に、お風呂のお湯はり、食事の用意。到着が遅かったら、心配しながら待ち続けなければならない。

今日の宿泊客が一人なんて事も度々あります。

たった一人の為に全てを用意しないといけません。

増して減り続ける歩き遍路者。

宿の皆さんの高齢化と後継問題。

やはり、心配と負担を掛けない配慮が必要だと思います。

🟤お接待をして下さる方々。

四国お遍路を始めて、一番最初に驚くのがこのお接待ですよね。

それは2巡目でも同じで、様々な方々から声を掛けて頂きました。

声を掛けて下さらなくても、黙って見守る方も居て下さいます。

最初は与えて頂く事の方が多いのですが、段々と当たり前になりそうで怖い。

だから、時にはお接待をさせて頂く側に回る。

お接待はして下さる方と受けさせて頂く側の両方が揃った時に絶大な効力を発揮します。

どんなに疲れていてもお接待を受けると、嘘の様に元気になります。

そんな時にモノは必要無くて、思いやりの交換をしているのだと思います。

『利他の想い』 他人を利する事が人間関係の基本なのでしょうね。

でもこの『利他』が難しい。

私はすぐに自分が。になってしまいます。


 【札所参拝】


◎2巡目からはより丁寧に参拝させて頂く様に心掛けています。

しかし、作法は丁寧でも滞在時間はそんなに長くは無いと思います。

札所では海外の方も多く見かけますが、海外の方は実にゆっくり時間を掛けていらっしゃいますよね。

これも見習うべき事だと思っていて、私なんかは納経が終わると、そそくさと次の札所に向かってしまいます。

◉歩き遍路のベテラン勢は、概して作法を省く方が多いようですが、正直、これは如何なものかと感じています。

勿論、価値観や参拝の仕方は人それぞれです。

ただ、単なるスタンプラリーになるのは避けたいなあ。って心掛けてます。

つまりは今の私の遍路がスタンプラリーだからなんですけどね。

🟡札所の僧侶にも、たまに礼節を重んじて無い方がいらっしゃいます。

納経所などで、こちらは丁寧に納経をお願いさせて頂いても、面倒くさそうに対処される方。

テレビを観ながら納経帳をやり取りする方。

逆に僧侶では無く、納経専門スタッフの方が丁寧に対応して下さる方が多いです。

勿論、僧侶も人間。コンディションなんかに左右される時もありますよね。

逆にこちらの態度が悪いから、相手の態度も悪くなっているのかも。。

でもそこは、資格や役職などの肩書きでは無く、その人の心根なんですかね。

こんな事を言ってますが、私はいつも気を抜くと偉そうになってしまっているので、人の事は言えません。。。

取り留めの無い話になってしまいましたが、記録として残している目的もあります。

たまたま観て頂いた方には無駄な内容ばかりだと思いますが、ご容赦くださいませ照れ