奥さんは最近ますます、言葉が少なくなった。何か問いかけても声を出さない。イエスなら微かにうなづくかノーなら反応しない。

今日面会に行くと、奥さんはいびきをかいて寝ていた。ベッドを起こして、「お母さん!」と話しかけた。目はさましてくれたものの斜め上を見つめて、僕の顔はみてくれない。「果物持ってきたから食べようね」と言って口元にフォークでマンゴウの切片を持って行くと、口は開けてくれる。メロン、キューイ、スイカと少しづつ口元に運ぶとそれぞれ食べてくれる。少しの量食べたら「もういい」という表情がくみ取れるからそこでストップする。でも食べているときも目を合わしてくれないな。

 

食べ追わったら、また眠そうなのでベッドを元に戻してやる。するとほどなくいびきをかいて眠ってしまった。今日は全く発語しなかった。いつも帰りがけに「時間が来たから、帰るよ」というと大きな声で「いやだ」といっていたのだが。その元気もなくなったのかな。でも食べてはくれるからそこはうれしい。奥さんの中では、僕が夫であることはわかっているが、夢まぼろしのように見えているのかもしれない。平安な気持ちが維持できるよう祈るばかりだ。

 

最近ヒコロヒーさんの「黙って喋って」を読んだ。彼女はただものではないな。あれだけの恋愛パターンを描いて見せる彼女の筆力は本物だ。本人のあとがきによると全く架空の登場人物に架空のシチュエーションということだが、なぜこんなにリアリテイがあるのだろうか。デイテールを描写する力がすごいからではなかろうか。登場人物の嗜好やしぐさを細かく書くことで人物像を浮かび上がらせる。そしてそれが内面の描写につながっていく。そして僕はいつのまにか、キャラクターに感情移入している自分に気づく。彼女がNHK短歌の司会に抜擢されたとき、「はて?」と思ったが、言葉のセンスを買われてのことだったんだな。彼女に限らず、芸人さんはクリエイテイブな人が多いが、彼女は文筆の面でも才能を発揮していくに違いない。