亡くなったうちの奥さんのすぐ下の妹のご主人が亡くなった。うちの奥さんは3人姉妹だったので、3組の夫婦の交流は深かった。そのうち2組の夫婦がひとりになってしまった。僕はうちの奥さんを失い、ほどなく義理の弟を失った。収骨をしながら、年をとるということは、こうやって周りからだんだん人がいなくなることなんだなと考えていた。僕は今まで何人の収骨をしたかと、考えていた。両親、奥さん、そして今回。都合4回だ。もうあんまりしたくないなあ。そのたびに「また取り残された!」と思うのは辛いからね。

 

黒柳徹子さんの「トットのあした」に若き日の小沢昭一さんとのやりとりが綴られている。「私、長生きしたいな。百歳まで生きて、たくさん楽しいことをするの」と徹子さん。小沢さんはチラッと彼女の顔を見てこう言った。「周りを見回したらだれもいないんだよ。一緒に思い出話をできる相手がひとりもいないって、きっとすごくさびしいことだよ。そんなに長生きしてもね」

徹子さんはその言葉のあまりの正しさに胸をつかれ、「じゃあ、そんなに生きない・・・」と言ってわあわあ泣きはじめ、涙が止まらなくなって、小沢さんを困らせた。

 

だけど徹子さんは92歳になってもテレビで拝見する限り、そんなに寂しそうではない。いつも元気に活躍している。彼女は思い出話だけで生きていく人ではないものね。社会の真ん中で日々新しい人の話を聞き、新しい情報にふれて自分をアップデートしているからだ。昔の仲間がいなくなっても、そのぶん新しい人たちで埋め合わせている。

 

これから僕はどんどん取り残されていくだろう。徹子さんのように新しい人たちとの出会いもない。今まで、支えあっていた周りの人がいなくなる。さらに孤独は深まるだろうけど、受け入れていくしかない。それを埋めるのを見つけることができる人は人生の巧者だなとつくづく思う。