市橋容疑者が大阪で身柄を拘束されたようですね。
ここ1週間ずっと興味深くウォッチしてきたので、思わず快哉を叫びました。
それにしても、警察の職務質問を振り切り、裸足で逃亡してから2年半。
よくもまあ生きていたものです。
しかも、100万円近くも貯めていたというのですから驚嘆です。
身柄拘束のニュースは、TBS「THE・NEWS」で知りました。
速報とはいえ、あのグダグダはすごかった。
リンゼイさんの父親と電話がつながったのはいいのですが、同時通訳は一切ないまま延々とスタジオのキャスターと話を続けたのです。
いったん打ち切って、女性の同時通訳が加わりましたが、終始、市橋容疑者のことを「イチハチ、イチハチ」と呼んでいました。
その後に、「お電話下さい」か何か言うのかと思っちゃった。
リンゼイさんの父親は、「妻と連絡を取りたいので切りたい」と申し出て、通話は終了。
CM前には
「先ほどからお伝えしている通り、森繁久彌さんが亡くなりました」
と口頭で伝えているのに、写真は市橋容疑者という失態も。
せっかく大往生を遂げたのに、これでは浮かばれないでしょう。
さて、市橋容疑者の続報を待つとしますか。
妻の熊子と3つ上の姉が先日、長電話をしたそうです。
姉には小学3年の長女と、4歳の長男がいます。
その姉が、経験も踏まえて、言い放ちました。
「最近思うんだけど、小学2年生って全然かわいくないのよぉ」
熊子も、たぶんに印象論ではありますが
「そうかも」
と請け合い、大いに盛り上がったそうです。
姉は身近な小学2年生の子供がいかにかわいくないか、近接する他学年の子と比較しながら議論を展開しました。
小学2年生にすれば、失敬なことこの上ありません。
ただ、小学2年生がかわいくないとすれば、その理由が奈辺にあるのかについては、ほとんど言及はなかったらしい。
そこで、その理由を自分なりに考えてみました。
面白いテーマであると思ったからです。
結論からいうと、小学2年は学年(あるいは年齢)的にとても中途半端だということでしょう。
1年生は、ついこの間まで園児だったことから、かわいいのは分かります。
ランドセルを背負って少し背伸びをしたような様子は、想像するだに微笑ましい。
入学式という人生を画す一大イベントがあり、最も華のある学年だといえましょう。
2年生は、そういう華やいだ学年の次の年次に当たる上に、括りとしては1年生とともに「低学年」に分けられますから、日陰感が一層強くなります。
こういう日陰感は、心身の発達に如実に影響し、かわいさの低減をもたらすことは大いにあるでしょう。
1つ上級の3年生と比較しても、中途半端のような気がします。
男女とも性的に目覚め始めるのは3年生ではないでしょうか。
同級生のM上君が性的な発言を好んでするようになったのも、3年生の頃からでした。
つまり、3年生から大人の階段を上り始めるわけですね。
そこから親や周囲の大人は、かわいさとは別種の、ある種の期待に根ざした感情を子供に抱くようになるのではないでしょうか。
2年生は、かわいさの階段と大人への階段の踊り場にあって佇んでいる存在なのかもしれません。
かこさんはどう思いますか?
日本シリーズは第6戦で終わってしまいました。
僕は普段めったにプロ野球を観ませんが、日本シリーズは時間の許す限りテレビで観戦しました。
一道民として、日本ハムが敗れてしまったのは残念です。
僕でさえそうですから、熱烈なファンにとっては眠れないくらい口惜しかったことでしょう。
本拠地ですから何とかタイに持ち込んで、第7戦で決着というシナリオで週末の予定を立てていました。
それで夕べは日本酒を控え、焼酎をちびちびやりながら応援していました。
つまり、今日の決戦で豪快に日本酒をやりつつ応援しようと思っていたわけですね。
それが崩れてしまったのが一番残念です。
こんなことなら昨日、浴びるくらい日本酒を飲んでいれば良かった。
最終決戦の経済効果を当て込んでいた札幌の飲食店街も拍子抜けしたのでは。
巨人ももう少し空気を読んでほしい。
北海道はそれじゃなくても内地に比べて景気が悪いのだし……。
まあ、でも、巨人も2点で“抑え”て日ハムの反撃を待っていたフシがないこともない。
それだけ肝心なところで1本の出ない日ハム打線ではありました。
来年はペナントから少し熱心に観戦しようかなぁ。
岩田産婦人科皮膚科へ行ってきた。
口の周りに吹き出物が出たのと、アトピー性皮膚炎が悪化したためである。
いやはや相変わらずすごい混みようだった。
8時半に行って、会計を済ませたのが正午。
実に3時間半も病院にいた。
診察時間はわずか5分くらいなのに……。
そういえば、会計で呼ばれるのを待っている間、一人の男の人が終了間際に受付に現れた。
作業服姿で、イケてない眼鏡にイケてないストレートの中分けの髪型。
ちょっと鈍臭い風貌で、実際かなり挙動不審であった。
「あ、あの……まだ受け付け大丈夫ですか?」
「いいですよ。診察券は?」
「今、も、持ち歩いてな、ないんですよ……」
「自宅にはあるのですね?」
「あ、あ、あると思います……」
「今年は1回かいらっしゃってますか?」
「い、いえ……し、7、8年ぶ、ぶりなんです……」
僕は心の中で
(診察券はないやろぉ)
とつぶやいた。
7、8年ぶりに彼の肌に何が起きたのかが気になった。
あ、患者さんで大塚愛さんと戸田奈津子さん(映画字幕翻訳家のね)がいました。
漢字は違っているかもしれません。
報告まで。
いま一番の悩みは、お肌のトラブル。
口の周りにいくつも吹き出物が出ている。
赤みを帯びて根を張っているものもあれば、白く化膿しているものもあってボロボロ。
さらに、アトピーが悪化して体中かゆくて仕方ない。
膝裏、腿裏、ひじ、首筋、足の甲。
夜中寝ているうちにかきむしって血が出てうじうじしてシャワーを浴びるとしみる。
明日、久々にかかり付けの皮膚科へ行って診察してもらおうと思う。
札幌市東区の岩田産婦人科皮膚科。
ここの診察は実に丁寧で、薬も部位や程度に合わせてきめ細かく処方してくれる。
だからいつも混雑していて、2~3時間待ちは当たり前。
明日は午前中丸つぶれだが、仕方ない。
そういえば息子もよくへその周りをかいている。
特に入浴中や入浴後にその傾向が強い。
もしかしたら遺伝したか。
気の毒に……。
今日、生まれて初めて募金をした。
いや、自らの意志ではない。
交差点が赤に変わって足止めを食った。
周りには募金箱を持った背の小さいアンちゃんしかいない。
目が合った。
さすがに無視するわけにはいかない。
渋々財布を出して、小銭を募金箱に入れる。
まあ、200円かそこら。
自ら募金をしないのは、いわゆる善行するなんて柄じゃないから。
自分のしていることは偽善だという疑念をどうしても拭えない。
他人がするのは全然構わないが。
ただ、初めて募金をしてみて特段悪い気はしなかった。
昨日、ラーメン屋「えぞっこ」へ行くと、お札に擬したクーポン券をいただいた。
色味がなかなか本物っぽく、妻の熊子は完全に騙された。
「君はよく頑張っているから小遣いをあげよう」
「やだ、なに、いらないわよ」
「遠慮するなよ」
「ありがとう……なに、これ?」
てな具合。
額面は100億円である(!)。
あんまりそっくりなので、ちょっと悪戯をすることにした。
今朝の6時。
ようやく夜が明けたので、自宅のアパートから目と鼻の先にあるゴミ収集所へ。
で、こんな具合にさりげなく置いてみた。
風に飛ばされないように石ころで重しをしてね。
ちょっと不自然だけど仕方ない。
で、笑いを噛み殺して自宅へ引き揚げる。
居間の窓からゴミ収集所を見下ろし、人が通るのを待つ。
ちなみに真ん中あたりにある木の向こうがゴミ収集所。
うひひひひうひひひひって思わず笑いがこぼれ、これって変態の亜種かなぁとちょっと心配になったが、そんなことはすぐに忘れる。
欲を言えば手前側から歩いて来ていったんごみ収集所を通り過ぎた後、後ろ歩きで戻って来てお札を拾い上げて失望したる後、きょろきょろ周囲を見回すなんてなリアクションがベスト。
ドキドキする。
49分後。
手前左側から茶色のウインドブレーカーの上下を着たおばさんが姿を現した。
うちのアパートの1階に住むおばさんであった。
ちょっと予想外で、違う意味でドキドキしてきた。
おばさんはゴミ収集所の脇を通り過ぎ、そのまま行ってしまった。
ホッとしたようながっかりしたような複雑な心境であった。
それから自転車のおっさんが通り過ぎて行ったが、こちらも気付かなかったようだ。
そのうち僕も飽きてきて(僕はそんなに暇じゃない!)、回収しに行くことにした。
近付くにつれ、それが本物のお札そっくりなのに改めて感心し、いや、ことによると僕が一瞬目を離した隙に誰かが本物と入れ替えたのかもしらんぞ、なんて思って思わず小走りになリ、お札を拾い上げるとやっぱりクーポン券で、失望したる後、きょろきょろ周囲を見回したところ、ちょうど1階のおばさんが角を曲がって帰ってきたところで、恥ずかしさを堪えつつおはようございます。
あ、そういえば、俺、今日、36歳の誕生日だ。
何をやっておるのか。
札幌は昨日、積雪を記録したそう。
一方、東京は25.9℃の夏日。
どうなってんでしょう。
つわけで、今日は自転車通勤はこれをよして、地下鉄で会社へ。
朝のラッシュ時なので割と混んでいた。
乗降口付近で佇んでいると、次の駅から女子大生と思しき女が乗り込んできた。
吊革を摑んで人心地つくと、鞄から徐に菓子パンを取り出し頬張り始めた。
僕は、地下鉄車内で通常の菓子類以外を食べている光景を初めて見たので、ちょっと慌てた。
女はギャル風ではなく、むしろ控えめで優等生タイプに見えた。
その女が誰憚ることなく、包装の袋に口を直接突き込むような恰好でパンにかぶりついている。
もっとも、うまそうといった感じではなく、どちらかといえば仕方なくといった風情である。
いずれにしても羞恥心のかけらも見受けられないので、当人には当たり前の習慣になっているのかもしれない。
周囲の乗客も無関心を決め込んでいる。
もちろん、僕だって注意するわけではなく、ちらちら見ているだけだから同類みたいなもんだ。
化粧を直したりする光景は何度か目撃したが、そうか、もう菓子パンは当たり前になっているのか。
そのうち排泄する若者が出てくるな、きっと。



