人の命はお金で買えないが、人の命にはきっちり値段がある。
日垣隆氏の著書「秘密とウソと報道」(幻冬舎新書)を読んで、そんなことを痛感した。
〈以下、141ページからの引用〉
交通事故についても、損害賠償額は気持ちが悪いほどきっちり決まっている。
たとえば一六歳の女の子が、交通事故で亡くなったとしよう。
そうすると、その子が高校でどのくらいの成績だったかが問題になる。
四年生大学へ行けそうだったのか、短大に行けそうだったのか、高卒なのかで、賠償額は一律に決まってくる。
〈引用終わり〉
もちろん、四年生大学へ行けそうなくらい成績が良ければ賠償額は高く、高卒なら低いということだ。
何だか身も蓋もないけど、どうやらこれが現実。
ただ、「人の命は地球より重い」という観念的な言葉よりは、個人的に魅かれる。
よく親が子供から
「なぜ、勉強しなければならないの?」
と質問され、答えに窮してしまうということを聞くが、上の現実を踏まえれば、このように回答することが出来るだろう。
「あなたの命の値段を上げるためよ。たとえば、あなたが交通事故に遭うとするでしょう。そうすると、勉強しているかそうでないかで、私たちに入るお金が変わってくるの」
子供が納得すること請け合いだが、ぐれる可能性もまた大でしょう。
ところで、損害賠償額の算定要素は学力だけなのでしょうかね。
たとえば、生前娘の学力は下から数えて何番目だったけど、将来はフーゾク嬢を目指していてガンガン稼ぐ目標を持っていたとかなら賠償額も上がるのではないか……って冗談です、冗談。





