今朝、アパートの駐車場を見たら、1台を除いて全部埋まっていた。
ということは、5連休にも関わらず、みんな出かけていないということ。
妻の熊子によると、昨日の朝から昼にかけてほとんどの車が出払ったので
「みんな、連休だからお出かけするのだな」
と思っていたところ、夕方にはみんな帰ってきたという。
どゆこと?
さて、我が家はこれから僕の実家へ帰省。
僕の父親に初めて孫の顔を見せてくる。
もう4ヶ月だものね。
幸い天気も最高。
赤ん坊を連れて6時間の道程は長いけど、安全運転で行って参ります。
高速道路の無料化ですが、昨日の前原国交相の会見を見ると、ETC搭載車限定になりそうですね。
今春から始まった休日の地方高速料金を「上限1千円」とする割引制度を当面続ける考えを表明。
その上で、「当面はETCを使った社会実験は続く」と発言しました。
北海道と九州からとされる、無料化の社会実験でも、ETC搭載車を対象とするということでしょう。
無料化ならETCは不要になるのでは―。
そんな推測から、ETCの買い控えが始まっていましたが、そうはならないということでしょう。
無料化になると、料金収受の職員も不要になり、その分失業者が増えるという報道もありました。
同僚とは
「いや、レーンのバーを上げる仕事に従事するんだ」
という冗談も交わしましたが、無料化の対象はETC車となれば、未搭載車の料金収受業務は引き続き必要ですから首切りはありませんね。
というか、高速道路の無料化ってそんなに優先順位の高い政策なのでしょうか。
少なくとも交通体系全体を総合的に見た上で、改めて考えた方がいいと思います。
現行の「上限1千円」でもフェリー会社や鉄道会社などが受けた打撃は深刻なものがあります。
先日会った港湾関係の人は怒り心頭でした。
まあ、無料化なら、僕もいよいよETCを買わなきゃと思っていますが…。
のりピーが保釈されたんですね。
インターネットニュースで
「芸能活動をしていた当時の華やかさはなかった」
みたいなオール主観の記事が載っていたけど、まあ、こんなもんなんじゃないですか。
保釈されて、あまり華やかでも困るし。
僕は、それでも、「やっぱ可愛いわ」と正直思いましたけどね。
でも、たとえそう感じても、記事では
「芸能活動をしていた当時ほどではないが、やはり可愛かった」
とは書けないんでしょうね。
犯罪者だし。
というか、これも常套句の類でしょう。
それより旦那の帽子の「PUNK」はマズイのでは。
完全に挑発しています。
鳩山政権が発足しました。
昨日の亀井防衛大臣報道は何だったのでしょうかねぇ。
一説には、記者が
「市ヶ谷(防衛省の所在地)に引っ越さなければいけませんね」
と水を向けたことが誤報の決定的な原因とか。
亀井さんは
「そうか、ハハハ」
と答えたそうです。
これで裏が取れたと判断したのでしょうね。
恐らく各紙の担当記者間で擦り合わせをし、
「亀井防衛相で間違いないよな。いいよな。いくよな」
ってことで、各紙夕刊に掲載したんだと推測しています。
正式決定前ですから、誤報は誤報です。
さて、これから政治はどうなるのでしょうか。
個人的には政権がどうなっても生きていけるのが理想ですが、私も含め時の政権の政策で、生活に甚大な影響が及んでしまう人たちも大勢いるのも事実です。
政党が方便であることを知れば、マニフェストも方便に過ぎません。
現実を直視して、柔軟に政権を運営してほしいものです。
小沢ガールズでは、福田衣里子が好きです。
あと、コラーゲン入りの製品は全く意味がないそうですよ。
あ、福岡先生の「動的平衡」に書いていたんですけどね。
たとえば、コラーゲン入りの納豆とか、コラーゲン入りスープとか、コラーゲン入りドレッシングオイルとか、いろいろ出ていますよね。
ただ、残念ながら胃で極小のアミノ酸レベルまで分解されて体内に吸収されるので、コラーゲンとして体内に入ることはない。
たとえば、分かりやすく言うと、コラーゲンが「コ」と「ラ」と「ー」と「ゲ」と「ン」というアミノ酸で出来ているとします。
これが体内に吸収されて再び「コラーゲン」になるというのは、ほぼあり得ない。
コラーゲンの化粧水なんかも、ほぼ同様の理屈です。
それより、コラーゲンは僕たちの体内でも自然に形成されるそう。
騙されないようにしないと、ですね。
福岡先生は、生命の本質はその不可逆性にあるとも。
時間に従って一方通行なのですね。
そういう意味からも、若返りは幻想。
しわを取って若返ったということは本質的にはないですし、それは生命の原則に反しているということでもあります。
福岡先生はこれを
「アンチ・アンチ・エイジング」
という分かりやすい言葉で説明しています。
まったく同感ですが、若返りに対する婦女子の執念は生命の原則を壊しかねないほど強いものがあることもまた事実です。
年をとるとなぜ1年が経つのが早く感じられるのか。
よく、年をとるとその分相対的に1年が短くなるからなどという説を耳にする。
僕は35歳だが、35分の1と5分の1では、なるほど相対的に1年の長さは短く感じるように思う。
でも、これは間違いなのだそうだ。
福岡伸一先生の「動的平衡」を読んだ。
人間の記憶というのは、時間、つまり年齢を実感として把握してはいないのだそうだ。
そういえば、僕らは何かを思い出そうとするとき、年代別に整然と並んだCDでも取り出すようには記憶を辿ることは出来ない。
では、どういうことか。
年をとるということは、タンパク質の代謝速度が遅くなることだという。
タンパク質の代謝速度はいわば秒針である。
これが遅くなるということは、つまり1年の感じ方は徐々に長くなっていく。
にもかかわらず、実際の物理的な時間はいつでも一定、同じスピードである。
だから、
「えっ? もう1年も経ったの? 早いなぁ」
と愕然とするのだそうだ。
このほか、同書には目からウロコのエピソードが満載。
「生物と無生物のあいだ」も「できそこないの男たち」も、福岡先生の本は知的興奮に満ちている。








