未婚での出産経験から離婚まで|私の人生波乱万丈 -3ページ目

未婚での出産経験から離婚まで|私の人生波乱万丈

今までの人生笑っちゃうくらい波乱万丈!そんな私の離婚劇を暴露します。

こんにちは。

 

今回は未婚で出産する際の準備の大変さや、周りの目についてお話ししたいと思います。

 

普通に結婚しての出産だって、手続きも準備も初めてでわからないこともあり大変ですよね?

 

ベビー用品の準備だって結構大きいものが多く、妊婦一人で用意するのは難しいでしょう。

 

私の場合、相手が逃げたりはしてないとはいえ、未婚であり非協力的な人…。

 

実家も頼れず本当に大変でした。

 

出産入院の予約には保証人が必要だった…

今は出産費用を助成する目的での一時金は、直接病院側が受け取り、こちらは差額を払えばいいですよね。
 
しかし当時はまだ、「後から申請して返ってくる」というシステムであり、一度は何十万もの費用を払う必要がありました。
 
私が出産した病院は周辺と比べ安く済むと聞いていたし、評判も決して悪くなかったので決めました。
 
100万円超も珍しくない今と比べ普通分娩が主流だったころで出産=30万円程度でしたが、20代前半の女が一人で払うには大きかったです。
 
何が辛いって、検診費用とかも今より補助が少なく毎回高額な中、切迫流産と診断され仕事はしないように言われたこと。
 
そして、分娩予約(ここは妊娠6か月までにする)の時に30万円先出しする必要があること。
 
分娩、入院、その後の万が一に対する保証人を自分たち夫婦以外の「身内」で立てなければいけないこと。
 
分娩者は私ですが、通常であれば配偶者(第一支払者的な感じで)欄を記入するわけです。
 
保証人は私か夫の親などが普通になりますよね。でも私はそれが全て不可能でした。
 
入籍の予定がないこと、頼れる親がいないことを含め病院に相談し、入籍していなくても父親とその親族を対象として良いことにしてもらいました。
 
でも、あの人は渋りましたよね。
「お前が払えなかったら俺の親にくるってことだろう?」と…。
 
私が払えなかったら…って父親は一円も出さない気なの?そこから疑問…。
 
結局、保証人にはあの人の父親がなってくれましたが、当の本人は配偶者欄にも書かないっていう…。
そして元義母には「お金出してやった」「保証人になってやった」とずっと嫌味を言われるようになります。
 
お金、出してもらってないですけどね。
 
一番最近の出産の時点でも保証人は必要とされていたのですが、保証人を「身内」指定する制度はやめてほしいと切に願います。
 

出産準備とベビー用品

元夫は出産準備を揃える際も非協力的でした。
 
小さいものは私が何度もお店に通って揃えていきましたが、布団とかチャイルドシートとか大きいものもありますよね。
 
仕事をしないように言われているお腹が大きい私が一人で揃えるのは本当に大変だったんです。
 
しかも軽自動車ですから…。あの人はミニバンに一人で乗ってたので、一緒に行ってくれたら恐らく1回で済んだのに…。
 
「お前が使うんだからお前が買った方がいいだろ?」
 
もっともなことを言いますが、選ぶのは私でも運ぶとかできるだろう?と思いませんか?
 
「腰が痛いから」
 
本当、ふざけてます…。
 
そんな相手でももう子供を産むと決めた以上、やるしかありませんでした。
 

出産直前の不安~陣痛

正直、これが一番不安でした。
 
初めての出産で陣痛だってわからないわけです。
 
健診で状態はみていても、いつ陣痛が来て開き始めるかはわかりません。
 
「ひとりの夜に来たらどうしよう」
 
そればかりです。
 
本当、出産間近なのにほっとくあの人も信じられませんよね。
 
結局私は陣痛が安定せず、早く入院することになったのでタクシーで行きましたが、普通だったら旦那が付き添ってくれたりするんだよね。
 
知らせ聞いたら飛んでくるんだよね…。
親もいるんだよね…。
 
悲しくて不安で、頼れるものがない初めての出産の不安を強く感じました。
 
実際、私を支えたのは何より、お腹の中にいた息子だったのは言うまでもありません。
 

未婚出産は不安との闘いかも

未婚で出産すると、母親は確かに人一倍強くなるでしょう。
 
でも、不安がないわけでは絶対なく、妊娠中の体調も手伝って後悔の言葉を口にすることがあってもおかしくありません。
 
次回は実際に出産する際のお話し…。
 
未婚者の大変さと、元義母の衝撃の言葉を紹介しようと思います。

 

こんにちは。

 

元夫は何よりも自分優先で、その親も私を受け入れる気なんて全くない…。

 

だから、妊娠した今、その後のことをどうするかは私が自分の責任で決める必要がありました。

 

もし、協力してくれたなら(普通は当たり前なんだけど)ラッキーだと思うように…。

 

未婚で出産する覚悟

私は頼れる親がいません。
 
だから産むなら私が一人で育てる環境のすべてを整えなければなりません。
 
今の住まいで未婚子育ては可能なのだろうか。
 
そもそも仕事は続けられるのか、住まいを維持できるのか…
 
生活面での不安がかなりありました。
 
公的補助を調べたり、職場に相談したり…。
 
出産費用はどのくらいかかって、用意するものはどんなものがあるのか…
 
全てそれを自分で用意することは可能なのか。
 
そして産後も一人ですべてを両立できるのか、何かあった時どうしたらいいのか。
 
そんなことを考えていると、どうしても「産まない選択」は浮かんでくるのです。
 
産んでも育てられないのでは意味がない。
 
頑張れば…といっても、いくら若いといっても…限界はあるでしょう。
 

産まない選択を婦人科で相談する

元夫に言う前に、検診の際に看護師さんに産まない選択を相談しました。
 
驚かれることはなく、産まない選択をする人は実際かなり多いということを聞きました。
 
未婚で出産する決断をできるのは、親に助けてもらえる人など安定した状態が確保できている場合であり、ほとんどが産まない選択をするとのこと…。
 
そして出産しないならば、12週未満であることが望ましいため、もう時間が限られているということも念を押されました。
 
当然、病院側にも枠があります。
 
だから、その場で手術の予約をして、当日の服装や持ち物、費用についての説明を受けました。
 
でも、命を消すことへの恐怖と悲しみは計り知れなくて、ずっと泣いていた私…。
 
先生に「当日までよく考えて。気が変わって産みたくなれば、処置のキャンセルはその直前でも全然かまわないから」
 
最終的に出産してしばらくお世話になる人なのですが、本当に良い先生だと思いました。
 
そういうことには慣れているはず…。でもやはり命ですよね。
 
できるならしたくないことで、産んでもらえたら…という気持ちが伝わってきたんですよね。
 

悩む中、子どもの父親は…

はい。「順調か?」程度の話です。
 
検診にもかなりかかるし、出産費用やベビー用品を用意できる自信がないこと、その後の生活の不安などを話しました。
 
しかし「何とかなるだろう?」「俺はいつも何とかなった」的なことを言っています。
 
自分の子供なのに他人事過ぎる部分があるので、産まない選択を考えていることを話すと
 
「生きてるんだぞ?」
「子供だって必死によ?」
 
どの口が言うんでしょうね。
 
 
今思えば、子どもがいなかったら私が離れることをどこかで感じていたのかもしれません。
 
支えてくれるわけでも、お金を用意してくれるわけでもないのに「産まないなんて許さない」なんてよく言えます。
 
でも、その選択を一番したくないのは私自身。
 
産まない選択への反対意見があることが、どんなものでも私の後押しになりました。
 
はっきり言って、「強行して産んだ後のこと」は全く考えなくなっていた部分も…。
 
 
処置当日は指定された服装と荷物を持ちつつ、車の中で1時間くらい考え、キャンセルしたのです。
 
そして代わりに検診を受けて、成長している我が子のエコーでの姿に泣いたことは忘れません。
 
12週を過ぎても、産まない選択の波は時々訪れるものの、さまざまな負担からの諦めもあり、必死に過ごす日々でしたね。
 
切迫流産で「仕事はダメ」と言われても、働かないわけにいかないと無理をした部分もありましたが、そうしなければ不安に負けそうでした。
 

未婚出産は普通と違う…

出産することを本気で決めたものの、やはり一人は大変です。
 
元夫も多少手伝ってはくれたものの、いろいろ準備することは多く、手続きだって多いのです。
 
先々で説明しなきゃならないのも辛いことですよね。
 
次回は未婚出産の準備の大変さについてお話しします。
 
 

こんにちは。

 

前回は元夫に妊娠の報告をした際の違和感についてお話ししました。

 

もう違和感というより普通なら「不信感」しかないと思うのですが、頼れる人もいない以上、元夫が全てだった私。

 

恐ろしい依存ですよね。

 

そんな中、命を授かっては余計に簡単な決断はできません。

 

しかし、元夫は妊娠している私やお腹の子の立場や状況よりも、自分を優先しました。

 

妊娠は本当なのか。元義母は信じなかった。

妊娠となれば結婚の話に結びつくのは当たり前のこと…。
 
元夫は私を家に呼んで妊娠の話を両親にしたのですが、元義母は信じてくれませんでした。
 
「こんな若いんだから都合良いのをも見つけたと思ってるんじゃないの?」
「妊娠したって言っとけば先に進むものね」
 
本当、これはショックでしたよね。私はそういう女に見えるんだ?って。
 
そして、元夫もそう言われてちょっと疑問に感じてみるところが…。
 
エコー写真も診察関係の書類も見せたじゃん!!
確かにまだ心拍確認できてないから、証明書は出ないけどさ…。
 
「ただできたってだけじゃ、ちゃんと生まれるかわかんないからね!!」
「障害とか持ってないとも限らないんだし。え?まさか産むの?お金もかかるけど?」
 
かなり嫌味なこと言いますよね。
 

次の診察にはついてくるものの…ぱっとしない

元義母に「本当に妊娠してるのかは一緒に行けば分かるだろう?父親なら大丈夫だろう?」と言われて渋々ついてきた元夫。
 
「産婦人科なんて男が入ることろじゃないだろ!」と待合室で大声で話してるし恥ずかしい…
 
普通に一緒に来てる人いっぱいいるし。
 
そんなに嫌ならこなきゃいいのに、結局マザコンですか?状態でした。
 
もちろん、妊娠しているのは確かで心拍も確認できた時。
 
「母子手帳を次回の検診までに貰ってください」と言われた日です。
 
はい!妊娠を否定することはできませんよね。
 
受付で今後の手続きなどの話を聞いているとき、「入籍はされますよね?」と聞かれ
 
「うーん。どうでしょうね(笑)」と答えた姿には呆れたと同時に期待はしませんでした。
 
その足で母子手帳を受け取りに行ったけど、何で「車で待ってるわ!」なの?
 
しかも「父親となる人」の欄を書くことを拒否してるし!!空欄で届け出しましたよ…。
 
何考えてるの??
 

子どもがちゃんとしてなきゃダメ

母子手帳を持って帰り、さて何を言うかと思えば…
 
「心拍確認できても、無事に生まれるかわからないじゃん?生まれても障害あったりさ」
 
だから??
 
「だから、俺は親もいるし余計な面倒背負うわけにもいかない立場だから、いろんな問題解決してからにしようぜ?」
 
は?何を?問題って??
 
「子供に障害がないかとか、生活費とか出産費用とかなんとかなったらだよ。」
 
 
健康な子供が生まれなかったら責任から逃れたいわけね。
出産費用とか生活費とか私の分まで追う気はないってことね。
 
悟りましたよさすがにこの時には…。
 
でも、新しい命がここにある以上、安易な決断はできない状態。
身体的苦痛を受けるのは結局女だけであって、特にこの相手の場合精神的負担を一生抱えるのは私だけだろう。
 
虚しさと悔しさが強かったけれど、「強くならなきゃいけない」と言い聞かせて、私にできる最善の選択を探しました。
 
「父親なのに、子どもを選ぶの?」
「そんな考えで本当に自分は子煩悩だって言える?」
 
そう投げかけてみました。
 
でも返ってきたのは「親がいるんだから、俺のせいで苦労かけられなだろう?」
「長男っていうのは大変なんだぞ?お前はそれないもんな」
 
そんな言葉。
はい分かりませんよ。
 
でも、親に苦労かけないためには私を含め自分たちで頑張ればいいんじゃないの?と思ったことは口にせず…。
 

想像していた以上に不安は大きく不安定

「私が強くなればいい」「若いからきっと何とかなる」
 
そんな考えも持って私は前向きに考えることにしました。
 
しかし、妊娠中は想像以上に不安定で、親になることへの不安などを考えるとおかしくなりそうでした。
 
次回は未婚で出産することの決意と苦労についてお話しします。

こんにちは!

前回、私は長男を未婚で出産しているとお話しました。

 

父親は間違いなく問題の元夫なのですが、この頃から本当に自分勝手だったな…。

 

もっと早く気づければ人生違ったのかもしれませんが、私も若かったです。

 

今回から未婚での妊娠出産について詳しくお話ししていきますね。

 

何となく感じた体調不良で妊娠発覚

当然ながら私は初めての妊娠だったのですが、意外なくらい普通に自分の変化に気付いていました。

 

何となくいつもと違う体調不良で、かなり早期に自己検査で判明…。

 

仕事の都合や送別会などの予定が入る時期だったこともあり、婦人科の受診も早くした私です。

 

元夫とは結婚の話も上がっていたし、子どもだってほしいと言ってくれていました。

 

だから、この時点では何の不安もなく、「妊娠したら結婚して出産して育てるんだな」という感覚。

 

まさか、それが全て「口だけ」だったことなんて、気が付くはずもありませんでした。

 

だから、妊娠が確定した時は素直に嬉しかったし、どんな風に伝えようかワクワクしていたくらい。

 

まだ心拍は確認できないくらいの状態でしたが、それはまた別の問題ですしね。

 

メールか電話か直接か…。

 

悩みに悩んで直接を選び、もともと会う予定だった日にエコー写真や診察結果を持って行きました。

 

 

妊娠の報告に感じた違和感

元夫に妊娠を伝えたのは、もともと約束していた日だったので、まさかそんな報告をされるとは思わなかったのは分かります。
 
でも、「妊娠したんだよ」と伝えて、最初に表情を歪める人に良い人はいない!!
 
今は本当にそう思っています。
 
「マジ?冗談?は??」
 
正直、呆れるくらい否定を求める声を上げてる元夫に、私のテンションは一気に下がりそれ以上何を言う気もなくなりました。
 
私がうつむいて静かに泣き出しても、あの人はなかなか気づかず、ずっと
 
「マジ?子供?え~?どうするかな。親とか会社とか?結婚急ぐの大変だし…」とブツブツ。
 
本当、こんなこと言ってる年上口だけ男なんて、この時に蹴って帰ってきちゃえば良かったよね。
 
子どもをどうするかは別として…。
 
思い出すたびにそう後悔します。
 
しばらくして私が反応しないからか、やっと泣いてることに気付いた元夫は
 
「まあ、できちゃしょうがないよな。俺の子でしょうよ?とりあえず産む方で考えるんでしょ?」
 
的なことを…
 
しょうがない?
 
とりあえず?
 
そこに違和感を感じたものの、命が関わる上に人生に影響することだから、不安が勝って、元夫が味方になってくれれば
 
私も「とりあえず」良いという感覚だったのでしょう。

欲しがっていたことはウソだった?

家に帰って少し冷静になって考えた時、
 
あの人が子供を欲しいと言っていたことは本心ではないのではないかと考えるようになりました。
 
この後のことも含め、今になって考えれば「子供は縛るための鎖」であり、愛情をかける存在ではなかったと感じています。
 
私は元夫よりかなり若かったし、結婚することや子供を授かることに憧れを持つ世代。
 
そんな私と付き合っていくためには「自分も同じ気持ち」であることをアピールしておく必要があったのでしょうか?
 
妊娠が発覚するまで、それを本心だと信じて疑わず、嬉しく幸せな気分でいたはずです。
 
しかし、実際に妊娠して報告した時の戸惑いを見れば、本気で考えていなかったことなど十分に理解できます。
 
男ってそういうものなのかな?と思う部分もあり、とにかく複雑だったことを覚えています。
 

私や子供より自分の都合…そんな人

妊娠の報告をしたときの反応だけで元夫はこんな感じでした。
 
本当、私もバカすぎたと思います。
 
最終的に子供は生まれますし、入籍もするのですがそれは産後数か月後…。
 
次回はこの後の元夫や元義両親との話し合いと、その未婚での出産になった経緯についてお話ししていく予定です。

 

元夫のそばから引っ越し数年。

 

私は今の夫に出会い、娘と共に新しい生活をしています。

家族も増え、幸せなのですが、息子のことを忘れたことはありません。

 

息子の同級生の親からの連絡

いわゆるママ友ですね。
 
離婚することを話した時も、「頑張ったね」「大丈夫」と言ってくれた人でした。
 
そんな息子の同級生の親でもある友人から連絡をもらったのは、離婚して4年過ぎたころ。
 
元夫に頼まれて、「一応聞くけど…」という連絡でした。
 
どうも息子が怪我をしたらしく、その時にいろいろ先生に聞かれたのだとか…。
 
生まれた時から子供のことは任せっきりだったからわからず、困っていると泣きつかれたそうです。
 
正直、呆れましたが、子供のことは心配だし、問診にきちんと答えられないことで、問題があっても困ります。
 
それ以降、電話は着信拒否ですが、某連絡アプリのブロックを解除しました。
 
  • 「子供のことに関する連絡だけは受け付けるけど、それ以外は返信しない」
  • 「居場所は教えないし、電話にも出ない」
 
それを約束事として受け入れた形ですね。
 
私も時間が過ぎ家庭が安定した中で、冷静に考えて受け入れることができたのかもしれません。
 
ただ、今の夫からすれば元夫と連絡を取り合うことは、気分の良いことではないでしょう。
本当に「子供のこと」以外は無視しています。
 

そうはいっても元夫は…

普通に連絡してきますよ。自分の愚痴とか、近所の人がどうとか…。
本当、関係ない話を。
 
さすがに「戻ってほしい」と言い始めた時点で、再婚の事実は伝えました。
 
それでも「関係ない話を聞いてくれる人がいない」と、延々と送ってくるので無視です。
 
一緒にいるうちに、もっと遥か前に…
自分のしていることや、私の立場なんかを知ってくれたら違ったのにね。
 
息子の写真を送ってきたり、息子が悩んだときは借りてメッセージしてくることもあるので良いですが、返信内容を元夫に見られるのは嫌だな。
 
早く息子専用の携帯を持ってほしいと思っていますが、2人とも元気なのはいいことですよね。
 

娘と今の夫、そして実の父親

娘は今の夫を普通に父親として尊敬しているようです。
 
私がそうであったように、下の娘が生まれてから、元夫との違いを見てそう思ったのかな。
 
本当、私へも子供へも態度や言葉が全く違う人なんですよね。
 
「男なんてそんなもん」と元夫に対して思っていたのに、そうとは限らないことが分かりました。
 
娘は元夫と今の夫への感情は区別しているようですが、実の親子でなくても親子関係は成立するし、父親が二人いてラッキーというような表現をしていることもありました。
 
元夫とは直接連絡を取りたがることはありませんし、何をしてもらっているわけではないので、本当はどんな感情なのかな。
 
そろそろ難しい年ごろになってきますので、突然本音を吐き出すかもしれませんが、その時はきちんと向き合っていきます。
 

今の夫と知り合って、元夫と離れて正解だったと知る

今の夫は子供はいなかったものの離婚歴あり。
 
最初はいろいろ不安で、交際はしても結婚はしないと思っていました。
 
結婚に魅力を感じませんでしたしね。
 
でも、娘を交えて過ごすうちに元夫との違いが大きくなっていき、少なくとも私はあの人と離れて幸せだと気付きました。
 
自分に忍耐力がなかったのか、弱いのか…
誰が相手でもだめなのか…
 
そう思っていたので。
 
相性というものもありますし、結婚して変貌する人もいるから、その時点では見極めは難しいかもしれません。
 
でも、元夫とは交際中の態度から大きく違いました。
 
実は私、息子は未婚で出産しています。
 
元夫の子なのは間違いないのですが、結婚や責任、子供への気持ちや私のこと…
 
それよりも自分の立場を優先した人だったのです。
 
授かり婚は少なくない時代ですが、未婚で出産するって大変なんですよね。
 
今はいろいろ法律が改定されている部分もあるようですが、当時はまだ費用面や手続きだけでもいろいろ苦労しました。
 
「せっかく授かった命を消すことはできない…」
 
その思いが強い母親と、他人事の父親といった感じでしょうか。
 
なぜ未婚で出産したのか、結婚することになった理由など、次回以降でお話しできたらと思います。

元夫のそばから離れ苦労しながらも、家庭の中は少しずつ落ち着いた暮らしができるようになったころ。

 

私は離婚の際に元夫と決めたことを思い返しました。

 

子供との面会は自由だったし、養育費はそれぞれの子供の責任を持つことで相殺…。

 

私とは基本的に合わないはずでした。

 

今後の取り決め

面会や養育費について新たに取り決めるとしても、私は元夫から逃げてきた立場。
 
居場所も知られたくないし、電話連絡も受けたくない…。
 
何があっても一切求めることをしない決心は、当然付けていました。
そして…「恨まれる覚悟」も。
 

恨まれる覚悟

これは置いてきた息子からです。
 
私のことを心配してくれた息子は、私がこっそり引っ越すことも承知してくれました。
 
私と来たいというなら、そうできるようにしようとも思っていたのですが、息子からその言葉は聞けませんでした。
 
実は話をした際、息子に子供用の携帯を持たせました。
 
何かあればすぐに連絡できるように…。
この番号だけは拒否する必要がなく、確実に出られるように。
 
元夫には隠すと自分で言っていてうれしそうだった姿が、今でも忘れられません。
 
しかし、息子から電話がかかってくることはなく、メールも来なくなりました。
 
私が引っ越したことに気付いた元夫は、居場所を探すために息子のものを調べたようで、携帯もすぐに見つけたそうです。
 
息子からと思って出た電話は元夫…。切ってもかかってくる電話は必ず元夫。
 
時々、娘が出て話をしていることもありましたが、息子が出ることはなく。
 
耐えきれなくなった私は、息子に渡した携帯を勝手に解約しました。
 
電話番号は知っています。だから、向こうからかけることはできる…。
でも、こちらからはできない。
 
この状況は息子にとってどうなのか。
 
「母は自分を捨てた」と思うのかもしれないし、もともと、「頼りたくない・頼れない」と思っていたのかもしれない。
 
将来的に必要な時、私と連絡が取れなくて困るとき、きっと私を恨むだろう。
 
どんな理由があれ、離婚し息子を置いてきたのは私です。
 
意地でも連れてくれば、状況は違ったかもしれないけれど、私はこの道を選んでしまった。
 
だから、恨まれることは仕方がないし、恨まれない方がおかしいのだと覚悟しています。
 

養育費

連絡も取れず離れて暮らしているし、養育費はそれぞれが責任を持つという取り決めをしました。
 
実際に私が養育費を求められたことはないし、私も求めてはいません。
 
でも、離れてみて、やはりそれは違うな…と感じるようになりました。
 
元夫の金銭感覚は、将来を見据えていないことは知っています。
 
今のお金があればいいという感じの人で、常に何とかなると楽観視…。
 
私も一人で娘と暮らす中ですから、余裕があるはずはないのですが、息子の将来が心配でした。
 
微々たるものかもしれないけれど、子供の権利である養育費、直接渡すことはできないけれど貯めています。
 
将来、進学とか困ったことがあった時に、「息子のお金」として渡せるように。
 
生まれた時に元夫に内緒で作った口座は私が持っていたので、そこに少しずつ…。
 
会えなくても、息子には幸せでいてほしいのです。
 
元夫が娘に対してそんな気持ちがなかったとしても、私の自己満足だったとしても、私ができるのはこのくらいです。
 

娘の気持ち

父親と面会できなくなった娘の気持ちも考えました。
 
本心は分かりません。
 
しか、押しかけてきて騒ぐ姿に恐怖を感じたらしい娘は、「会いたいと思わない」と言ってくれています。
 
それが私に気を使い、無理して言っていることではないことを祈りつつ…
 
会いたいというなら、娘に連絡をさせるのもありだと思います。
 
成長するうちに、自分の意思も出てくるし、行動にも責任が持てる。
 
娘の気持ちは尊重したいし、息子が私に会いたいというなら会います。
 
ただ、その時に絶対に元夫には会わないし、顔を見る程度の距離にも近づかない配慮するつもりです。
 
それぞれが時間をかけて、そこに馴染んでいくのに、その行動によってまた何かが揺らぐことがあっては困りますから。
 

決心まとめ

  • 息子には恨まれて当然と思え
  • 自己満足でも息子のためにできることをする
  • 元夫には絶対に会わないし連絡しない
本当はもっと穏やかな元夫婦関係になりたかったのですが、それは私だけが思うことだったようです。
 
私がどれだけ辛かったのかも、離婚してなお理解しようとしなかったのは悲しかったですが、仕方ありません。
 
私は息子とも離れ、全く別の人生を生きることに決めました。
 
 

「子供のために」と思い、元夫と暮らした家と同じ地区で生活をしていたのは、離婚後約1年。

 

近所の目や元夫との遭遇、家への突撃など最終的にストーカー状態で、復縁を画策した模様…。

 

警察沙汰になり、トラブルばかりではそこに住み続けることはできず…。

 

前回までで、「支援団体の協力を受けながら、県外へ引っ越し」に成功しました。

 

しかし、全く知らない新しい土地は、想像した以上に孤独で悲しかったのを覚えています。

 

新しい土地は、誰も知らない

元の土地との繋がりで、自然に関われるのは「職場関係」と「娘の学校関係」だけ。
 
まったく知り合いがいない中で、新たな人間関係を構築することが苦手な私は、不安しかありませんでした。
 
しかし、子供もいるわけですし、逃げているわけにはいきませんよね。
 

職場関係の人たちは…

元夫が会社に連絡をしたということは基本的に機密事項扱いですが、知っている人はいるんですよね。
 
詳細までは知らずとも、「ちょっと良くない噂」という感じで知られている雰囲気がありました。
 
最初の出勤で言われたのは「離婚で大変だったらしいね~。何?浮気?暴力?ギャンブルかい?」
 
好きな人は本当、こういう話に食いつくものです…。
 
離婚後、職場でされた噂話や興味本位の質問を再び受けてました。
 
触れないように気を遣う人もいれば、私に原因があったのではないかと非難する人、再び修羅場になることを期待しているような人。
 
本当さまざまいましたが、話題が尽きて数か月すればそれ以上言われることはなくなりました。
 
まあ…離婚や不倫といった結婚からのトラブルが話題になることがあれば「サクラサクさんは、経験者だからね~」と言われることはありましたが、その程度は誰でも「ハイハイ」と流せるようになりますよ。
 

子供の学校関係の人たちは…

娘はまだ小学校に入学したばかりでしたし、大変でした。
 
今の時代になっても「いっていいこと、悪いこと」の区別ができず、心無い言葉を投げる人は多い気がします。
 
「○○は親が離婚してお父さんがいないから、みんな気を使ってやれよ~」と言ってるのを聞いたとき、ゾッとしました。
 
「両親がいて当たり前、いないやつを憐れんでやれ」と完全上から目線ですよね。
 
娘もしばらくはからかわれたようですが、幸い?娘は気が強く「言われたら言い返す」性格でした。
 
いじめられるというよりは、ボス的な雰囲気を出し、手出しされないように仕向けることができたようです。
 
それでも友達から「○○ちゃんは問題がある家から付き合うなと親に言われた」と言って泣いている時はありました。
 
学校では一人になることはないというものの、放課後や休日など遊びに行くことはありませんでしたから、寂しかったでしょう。
 
参観日など私が関係構築をすればいいと思いましたが、あからさまに避けられるばかりで…。
 
最終的にその土地にいた数年間、親子で学校関係の人間関係構築は諦めました。
 

元夫と暮らす息子

息子には、引っ越しが決まった際に話をしていたものの、ちゃんと別れることはできませんでした。
 
私の携帯番号は知っているので、息子からかけてくることはできても、私から連絡することはできません。
 
娘も「お兄ちゃんに会いたい」とよく言っていましたし、まさかこんな関係性になるなんて、離婚当時は想像しませんでした。
 
新しい土地で、新しい人間関係を構築できない私たちは、息子や元々の土地の友達と連絡を取りたいと思うことも多々。
 
しかし、それをすれば居所がバレる可能性もある…。
 
私にとっては自分の罪であっても、子供たちは本当に巻き込まれただけですよね。
 

元夫とは他人、子供とは永遠に親子

元夫とは離婚すれば他人です。しかし、子供は子供のままです。
 
だからこそ離婚する際は、その後の付き合い方をしっかり考えて、妥協してはいけないと思います。
 
子供を引き取って元夫に会わせないことを選択することもできますが、子供にとって親であることは変わりません。
 
子供の面会意思も尊重しなければなりませんし、さまざまな面で考えて協議することをおすすめします。
 
いろいろな事例もありますし、離婚に強い話しやすい弁護士さんを見つけて、検討しましょう。
 
私のような失敗をする人が減るように、離婚を考えている人の参考になれば嬉しいです。

何を勘違いしたのか、離婚しても「家族のまま」だと思い込む元夫…。

 

そしてストーカーに近くなった時、頼れる場所がないわたしはどうすることもできませんでした。

 

実際、立場が弱い人間は、ずっとその立場から逃れることはできないのでしょうか。

 

「最後には頼ってくる」と決め付けた元夫

離婚後、元夫のそばで暮らすことを選択したことは、本当に間違いでした。
 
「一度は夫婦として暮らしてきたのだから、離婚後もうまくやれる」
それは本当に甘い考えで、それによって余計な苦労をしたのです。
 

「生活ができなくなれば、帰ってくるだろう。」恐ろしい計画。

 
元夫は何としても私たちを連れ戻したかったということが後で分かりました。
 
そのために…
  • 正社員でも収入はそう多くなく、児童扶養手当を足しても楽ではない状況
  • 公営住宅に住めなくなっても、誰にも頼ることはできないこと
をしっかり把握して、計画的に突撃…大暴れをしたようです。
 
その時は警察の人に入ってもらって事なきを得たものの、本当に「転居」は不可能な状況。
 
そんな私に元夫がしたトドメの攻撃は、「会社への連絡」でした。
 
ほぼ「ないこと」をででっち上げて、他の社員まで勝手に巻き込んで大騒ぎしたそうです。
 
本部から呼び出しをされた際、かなり白い目で見られましたが、状況を知っている上司の助けで誤解は解けました。
 
本当はこの一件で私が仕事をクビになり、いよいよ困った…となって元夫を頼ると考えたようです。
 

逆に恥を晒し、私を助けることになる…

 
会社への連絡の一件で、私の置かれている状況は同僚たち多くの人の耳に入ることに…。
 
私も恥をかきましたが、同情してくれる人も多かったのは嬉しかったです。
 
もし、転居するなら、勤務地異動もできるように配慮してくれることになりました。
 
仕事自体に問題がないなら、私が娘と共に県外に転居する覚悟を決め、住まいを何とかするだけです。
 
しばらくは悩みましたが、またいつ突撃されるかわからない状況なので時間はありません。
 
その後のことも心配だったので、また弁護士さんに相談することにしました。
 

支援団体はあるし、抜け道もある

弁護士さんの紹介で、ストーカーやDVの被害に遭っている人を支援する団体を紹介されました。
 
最悪、シェルターに入るという選択もあるわけですが、ずっといられるわけでもありませんし、娘の問題もあります。
 
そこでその団体の協力で、住まいを探しを始めました。
 
基本的に公営住宅でもなく、賃貸仲介等を契約していない空き家を直接借りる契約です。
 
もちろん、そういう家ですので決して良い状態とは限りません。
 
でも通常の賃貸契約をすることができない私には本当にありがたいことでした。
 
娘には不憫な思いをさせるかもしれないと思いましたが、身を守ることが先決だと即決。
 
転居、転勤、転校の準備をすすめていきます。
 

住民票をブロックする

無事に引っ越しをしたとして、居場所が簡単に知れてしまっては意味がありません。
 
そこで住民票と戸籍の閲覧制限をかけるように指示されました。
 
そして娘の学校や教育委員会にも口止めを依頼…。
 
こんなことしている家庭はないだろう…と思いましたが、やるしかありませんでした。
 
元夫と暮らしている息子が同じ学校にいるので、転校先なんて何とでも聞き出せる気がしたのです。
 
住民票を移し、元の居所、転居先の両方で制限をかけてもらって一安心。
 
しかし、引っ越しを見られてもまずいことになるので、最低限の大型品だけを夜中に運んでもらうことにしました。
 
他は自分で運び、無理なものは処分して、実質1日で完全に引っ越しました。
 

諦める前に相談しよう

もし、会社が元夫の意見を信じたり、問題になる社員はいらないとクビにされたりしていたら、私はどうしたでしょう。
 
元夫の元に戻り、一層肩身の狭い思いをしながら暮らしたのでしょうか。
 
どんな状況であっても、必ず解決策はあります。
 
特にストーカー被害も昔以上に問題視されていますし、警察も親身になってくれます。
 
支援団体も増えていますし、勇気を出して相談することが大切ですよね。
 
もちろん、これは元夫の近所生活からの脱出であって、決して全てから解放されたわけではありません。
 
新しい生活と子供のことなど、悩みは尽きない日々をその後も過ごします。
 
次回はそのあたりのことをお話ししていこうと思います。

離婚後は距離感も大切に

私は「子供の生活環境をなるべく変えたくない」という理由だけにとらわれていました。
 
だから元夫と共に暮らしていた家のそばの住宅を選択し、職場も学校も園も変えなかったわけです。
 
でも、それは間違っていたと気づくのに、そう時間はかかりませんでした。
 
最初からそれをイメージできていたなら、もっと早くに安定していたのかもしれません。
 
親の離婚で傷ついた子供の心が少し落ち着いたところで、また傷を深くすることもなかったでしょう。
 
全てが済み、落ち着いて考えた時に私が得た答えは
 
  • 「離婚そのものも含め、生活を変化をさせない理由を子供にしない」
それに尽きました。
 
「子供のため」と言いながら、結局子供が振り回されて、傷ついたのですから。
 
もちろん、これは私の場合であり、「子供のため」でもうまくいく場合もあります。
 
「親が離婚した子供」の立場で意見を聞いてみても、「子供のため」という親の決断は賛否分かれるものです。
 
大人になって思っても「感謝している」という人、「迷惑でしかなかった」という人…。
 
考え方だけでなく、その後の子供との接し方や、両親の関係性によるのかもしれませんね。
 
そこまですべてを判断するのは難しいかもしれませんが、子供を理由にしていたら、かなり縛られます。
 
離婚しても全く自由にはなれないかもしれません。
 
それこそ、私の元夫のようなタイプには「子供は理想的な足かせ」だったのです。

家族でないのに、当たり前のように…

元夫は近所ということもあり、子供も行き来するし、その辺で見かけることもありました。
 
そのうちに「子供のため」と称して頻繁に連絡してきたり、家に突撃したりするように…。
 
「家族旅行に参加しろ」と言ってきたかと思えば、それをきっかけに復縁を迫るなど、本当に状況は悪化していくのです。
 
別に暮らして快適と思ったのは、ほんの半年ほどの期間でした。
 
一緒に暮らす娘も、別に暮らす息子も、私の再びの疲れに気付いていたようで、行き来を避けるようになりました。
 
息子は「お母さんに連絡したり会ったりしないでってお父さんに言ったんだけど…」と電話で言われました。
 
逆にその言葉が元夫には刺激になってしまったようで、数日後に部屋に乗り込まれ大暴れされたのです。
 
そうなっては私にはどうにもできず、警察を呼ぶ騒ぎに…。
 
それぞれ事情聴取を受けることになりましたが、元夫は
  • 自分は騙されただけで、何も悪いことはしていない
  • 子供が可哀そうとは思わないのか
と言っていたそう…。
 
調停初期の状態に戻ってしまったようなものです。
 
実際に調停で離婚が成立しているのを聞いた警察の方は一言
 
「ああいうタイプの人とは、完全に縁を切らなければ危険です。できるなら県外など、簡単には見つからないところへ」
 
こういったトラブルは意外と多いのだろうな…と察しました。
 

元夫から離れるためには…

もうこの地域を離れて、元夫から逃げるしかないわけです。
 
今の家も私の職場も、子供の園も学校も全て知られている状態である以上、全てを変える必要がありました。
 
「離婚して半年=正社員になって半年」
 
職場に関しては移動願を出して通れば県外も可能ですが、それでは不十分な気がしました。
 
そして、離婚の際にも制度を利用して公営住宅を契約したくらいですから、また住居に苦労するのは目に見えています。
 
一般的な賃貸の場合、保証料を払って保証会社と契約することで「連帯保証人なし」が可能です。
 
逆に「連帯保証人では不十分」ということで、保証会社契約しか対応しないところも増えているようです。
 
保証会社の審査は「勤続1年以上」が最低条件であり、私は条件を満たしていませんでした。
 
保証なしで部屋を契約する最低条件は某賃貸会社の場合
  • 家賃×24か月分の貯蓄があること
その証明を提出することで可能と言われましたが、そんな大金があるわけもありませんでした。
 
公営住宅にも条件があり、
  • その県や地区に〇年以上居住していること
というものが多いのです。
 
県外に移動することを前提としている時点で、基本的には無理な条件でした。
 
住まいが決まらない状態で仕事を探すことは難しく、仕事がない状態で引っ越して暮らすことも難しい状態。
 
なんて弱い立場なのだろうと悩み、泣きたくても泣けずの日々でした。
 
その間にも何度でも元夫は突撃してくるので、娘と車中泊をしたこともありました。
 

引っ越しと転職だけでは終わらない

元夫の権利では、戸籍や住民票を追うことはできず、私の居場所をしることはできません。
 
しかし、血のつながった子供に対しては違うそうです。
 
多少手間がかかりますが、実父である以上、その権利で戸籍から居場所を追うことが可能なのです。
 
逆に元夫と暮らす息子の権利で、母親である私の戸籍も追うこともできることになります。
 
そこまでの知識があるとも、それを助言する人がいるとも思えませんでしたが、逃げるのは簡単ではありません。
 
私は再び、離婚調停を決心したころのように動き出すしかありませんでした。
 
その後の行動については、次回以降でお話ししていこうと思います。
 
こんなことにならないよう、離婚を渋って揉める相手の場合、より厳しく取り決めをしておく方が良いと思います。
 
裁判は金銭的にもかなり負担になりますが、絶対的な決定が下されることを考えれば、曖昧でも終えてしまう調停より安心なのでしょう。
 
急いでしまっても、「子供のため」と環境を変える変えることを恐れすぎてしまってもいけないのです。
 
全ては後の幸せのため…。
 
先の先…、さらにその先を見るくらいの気持ちは必要かもしれません。
 
 
 
 
 
 

距離は誰にでも必要…

ここ最近、世界的に大変なことになっていますね。

 

本当に早く事態が落ち着いて、普通の生活に戻れるといいな…と願っています。

 

自粛生活が原因で「夫婦不仲」や「幼児虐待」という話も多く聞かれるようになりました。

 

悲しいことですが、度を超えてしまうとトラブルになりやすいですよね。

 

それは夫婦に限らず、親子や友人同士であってもいえると思います。

 

職場などで、合わない人が近くにいると時間は長く苦痛ではありませんか?

 

仲良しと思っていても、「限られた時間」の付き合いだから…ということもありますよね。

 

人間関係は、本当に難しいのです。

 

今回は私が経験した「離婚経験者への偏見」についてお話したいと思います。

 

離婚率が上がって、珍しくないとは言っても、やはり「バツがついた人間」は良い印象を持てない人も多いのかもしれません。

 

離婚は経験の一つ

今になっても感じることですが、「離婚」に対しての考え方や、経験者への態度は、年代によって大きく違います。

 

同じ年齢前後の世代には、特に偏見を持つ人はあまりいません。

 

当然、「実は…」といえば驚かれますが、それに続いて「実は私も…」と続くことも珍しくないのです。

 

「子供が成人したら、うちも離婚だよ」なんて言っている人もいますし、それで世間体を気にする時代ではありません。

 

結婚も離婚も経験し、再び一人で生きること、人を見る目を養ったことを「ステータス」といってくれた人もいます。

 

誰でも経験することではない分、貴重な経験をした人として相談を受けることも少なくありません。

 

私の話を聞いて、実際に離婚を選択した人、思いとどまった人、両方いるのも事実です。

 

離婚することになってしまった理由には、「結婚の決断が浅はかだった」という自分の未熟さは確かに含まれています。

 

「相手を見る目がなかった」「考えが甘かった」という部分だってあります。

 

しかし、結婚したら死ぬまで何があっても「同じ気持ち」というこは難しいでしょう。

 

トラブルだってあるし、状況が変われば気持ちも変わります。

 

「何かあれば離婚すればいい」なんて安易なことでは当然ありません。

 

しかし、自分をごまかして、ひたすら我慢するような時代とも違います。

 

事実や過ちを受け入れて、その責任を受け入れる覚悟があるのなら、「人生はやり直せる」はずです。

 

間違いなく、今の私の中にあの時の経験は生きています。

難しい世代には理解は不可能

同じ世代には、「離婚歴は普通」に受け入れられる場合が多いです。

 

しかし、どうしても「偏見」しかない世代はいますよね。

 

私の場合、自身の親世代以上がそれにあたります。

 

職場では同世代同士の話の中に入ってきて「我慢が足りない」とか「嫁なのに…」とか、勝手に言われることもありました。

 

「離婚歴がある人と付き合いあるなんて、恥ずかしいから基本的に関わらないで」とはっきり言われるのは、まだマシです。

 

離婚を理由に「あの人は我慢力がない」「目上を敬えない」と噂するような嫌がらせも受けました。

 

「どんな時でも相手を敬って、我慢しているから私は可愛がられた」と得意げに言われると、落ち込むことも少なくありません。

 

そりゃ、今ほど女性進出が進んでいなくて、「男は外、女は内」が主流の時代ですから、男尊女卑の中ではそうして生きるのが当たり前かもしれません。

 

時代の変化の中で、都合の良いことだけを受け入れている人は、本当に厄介です。

 

中にはもちろん「自分も時代が違ったら離婚していたと思う」という人もいますし、親身になってくれる場合もあります。

 

しかし、立場や人生が違う以上、「理解」は「100%理解」ではない可能性が高いです。

 

私が今でも唯一悩むのは、夫の親ですね。

 

結婚する際にも「初婚しか認めない」「今すぐ別れろ」と言われました。

 

そんな夫も離婚歴があるのですが、離婚後すぐに地元を離れていた…などの理由が重なり、近所には離婚の事実は伏せたままになっています。

 

再婚した後、近所の人に「奥さん、痩せて印象変わったね」と言われ、反応に困りました。

 

それだけ「離婚」には偏見があり、噂されてしまうような世間的な「恥」なので、知られたくないことなんですよね。

 

離婚は自信をもって隠すべき

離婚の事実は決して「恥ずべきこと」ではないと私は思います。

 

過ちであっても、長い人生のほとんどを我慢し自分を犠牲にして耐えなければならないほど、重い罪でもありません。

 

今は「誰もが平等に生きて、自由である権利がある」時代なのです。

 

しかし、時代の移り変わりの途中であり、それぞれの世代が統一した考えになることもないでしょう。

 

今後、何十年と過ぎた時、結婚観などについての考えは、今と全く変わっているかもしれません。

 

その時に、自分の中の「当たり前」とズレた部分に偏見を抱かないとは言い切れませんから。

 

どうしても理解できない人は存在しますし、内心どう感じるかがわかりません。

 

「離婚を恥じるのではなく、踏み出した自分に自信を持つ」と同時に「必要以上に人に話さない」

 

これが大切で、人とうまく付き合っていくためのポイントではないかと思っています。

 

どんな経験でも、うまく活かしていけば人生にプラスになる場合がほとんどです。

 

同じ失敗をしないために気を付けるのは大切ですが、それができるのも「経験」あってこそ。

 

そして、失敗を認めてステータスの一つにしたからこそなのではないでしょうか。

 

私は離婚の経験をそう思うことで「思い出のひとつ」に変えていくことができました。

 

離婚後、偏見によって悩むことはあるかもしれませんが、自分なりの乗り越え方が見つかるはずです。