未婚での出産経験から離婚まで|私の人生波乱万丈 -2ページ目

未婚での出産経験から離婚まで|私の人生波乱万丈

今までの人生笑っちゃうくらい波乱万丈!そんな私の離婚劇を暴露します。

子連れで再婚し相手の戸籍に入る場合、親は婚姻届けの提出だけで基本的に終わりですが、子供はそうはいきません。

 

手続きをしなければ、子供だけ前の戸籍に残ることになり、同じ姓を名乗ることもできないみたいです。

 

でも、それではいろいろと不便も生じますし、書類上の話とはいえ親子関係として悩んでしましますよね。

 

我が家では夫が望んでくれたので、養子縁組という形を選びましたが、連れ子を必ずしも養子とする必要はありません。

 

今回はそのあたりの話を書いていきますね。

 

養子縁組か入籍か

養子縁組をしなくても子供の氏の変更を家庭裁判所に申し立て、認められれば同じ戸籍に入れることができ、同じ姓を名乗れるそうです。
 
この場合、戸籍上、親子関係はなく再婚相手には子の扶養義務もなければ、将来的な相続権も与えられない関係…。
 
前の夫に扶養義務は残るので養育費をもらい続ける権利も継続します。
 
しかし、本気で親子としてやっていこうと決めた間柄でその関係はどうなんだろう…ということになり、我が家では養子縁組をし、娘は夫の養子となっています。
 
戸籍上の表記は「養女」であり、後に生まれた娘は「長女」なので、将来的にちょっと…と思うことはありますが、娘は最初から分かっていますしね。
 
前の夫からの養育費はほとんど支払われていませんし、それは娘の権利として、前の夫が渡したいというなら受け取るし…という感じです。
 
もう義務ではないわけですが、実の父親が娘をどう思うかという気持ち次第だなと…。
 
娘は二人とも今の夫からの権利を平等に受けることができる分、夫も本気で二人を同じように育ててくれると思っています。
 

養子縁組のデメリットは気にしない?

先にも書いたように、養子縁組すると夫に扶養義務が生じ、相続権も実親、養親両方の権利を得られ、娘は一番得じゃない?という感じにもなります。
 
夫にとっては負担だと思いますし、「再婚するなら当たり前」という部分でもありません。
私なりに悩みましたが、夫が「娘にする」と言ってくれたことで決めたことです。
 
ただ、万が一また離婚するようなことがあった時は、連れ子である娘の手続きがまた別途で必要で、ちょっとややこしいことになるそうです。
 
でも、そんなこと考えて再婚しないし、そんなことになってほしくもありませんよね。
 
私たちの決断は、娘を含めて本当の親子、家族となるための決断でした。
 

前の夫にどう伝えたのか。

前の夫はあまりそういうことに興味はない人ですからね。
l聞いても「別にいいんじゃない?」程度の反応でした。
 
そうなのは分かっていたし、逆に何かされるのでは?なんて不安もありましたが、言わないことも何となく嫌だったので、
 
「再婚するので娘を養子として迎えてもらうことになりました」
 
とだけ伝えました。
 
娘への愛情とか、どう変化したかはわかりませんが、時間は過ぎていく、状況は変わっていくことを理解してくれてると良いな…。
 
 

 

 

私には前の夫との間に2人、今の夫との間に1人子供がいて、合計3人。

 

一人は前の夫と共に暮らしているけれど、今一緒にいる娘は私の連れ子であって、夫にとっては養子になる。

 

後に実子となる子供が生まれたわけだけど、夫にとって違いはあるのか、いつも気になっていました。

 

私から見れば同じように接している

今の夫とは結婚する前から娘と関わらせてきました。
 
下の子が生まれるまでの時間もあったし、その間にしっかり親子関係は作っていたのか、実子が生まれても、その態度や接し方に変化はなかったように思います。
 
もし、娘との関係をしっかり構築しないまま結婚して、下の子が生まれていたら、また違った可能性もあります。
 
もし、関係構築の時に、夫が本心で向き合って受け入れることができていなかったら??
 
実は無理して向き合っていてくれたのだとしたら…。
それもまた、この関係にはならなかったかもしれません。
 
そして、その気持ちに嘘や無理はないのか、聞いたことはなかったから、思い切って聞いてみました。
 

無理をしていたら、笑えない

迷いなく答えてくれたのは、そんな言葉でした。
 
無理をしても最初は意外と自然に笑えるもの。
でも時間を重ねるうちに笑えなくもなる…。
 
もちろん、結婚する時も突然父親としてやっていけるか不安はあったそう。
 
そして実子を持つときも、
 
「同じように接することができるのか」
 
「娘の生まれた頃を知らないままに父親になった自分が、0からの子育てをして自信を無くすのではないか」
 
さまざま悩んだこともあると言っていました。
 
でも、娘に対して「父親になる」と決めた決意、「実子も欲しい」という気持ちに素直になったということ。
 
誰に言わされたわけでも諭されたわけでもないからこそ、自然に過ごせているのではないかと考えつつ答えてくれたので、私は嬉しかったです。
 

正しいかどうかはわからない

ただ、自分の接し方が正しいかどうかはわからないとも…。
 
娘に対して間違っているのかもしれないし、実子に対して変に歪んでいるのかもしれないと思うことはあるみたい。
 
「自分が自然と思えて、それで家族が笑うならそれでいいんじゃない?」
それが私の答えであり、生き方です。
 
夫が正しいかわからないこと、私だってきっとどこの誰だって、正しいかなんてわからないし、わからないまま生きている、過ごしているんじゃないかって…。
 
夫婦にも親子にもさまざまな形があって、どれが正しくて正しくないって正解はない。
 
きっと、よっぽどのことでない限り、自分たちが正しいと思う道は、誰に非難されても正しいんだろうし、笑顔に繋がる道なんだと思う。
 
誰もが夫のように連れ子も実子も変わらずに愛せるとは限らないのでしょうね?
 
でも、私は娘にも自分にも無理がないことを優先したからこそ、この家族ができたんだと思っています。

こんにちは。

 

このブログを含め、離婚についてのことを私が語ることは意外と多いです。

 

私は離婚歴も子供がいることも隠してはいません。

 

誰かが家庭のことで悩み、離婚を考えている…なんて話があれば実は…と話すことが多いです。

 

離婚の理由を聞かれれば、ある程度はそのまま答えるし意見だっていう…。

 

でもそれを聞いている未婚の人から、「結婚する気がもっとなくなりました」と言われることが増えて悲しく感じることもあります。

 

結婚は二人の問題で終わらない

それは確かなことですよね。
 
夫婦となる二人の関係はもちろん一番大切。
 
でも、義理の両親を含め、親族の関係で関係が崩れる人だって少なくない…。
 
付き合っている相手と本当に一生を共にできるのか、この人でいいのか…と考えることだけで精一杯なのに、生活の安定だって守っていかなきゃならない。
 
将来子供を望むのか、何人か、生まれたら仕事はどうしていくのか…
 
考えることは山ほどある中で、親族まで絡んでくれば、完全にパンクしそうになります。
 
そんな面倒なこと、頭の痛いことばかりなら、結婚なんてしないで自分で自由に楽しんだ人生の方がいいんじゃないか…
 
そう思うのは不思議なことではないでしょう。
 

勢いで結婚して失敗するから…

あまり深く考えずに結婚してしまえば、不安なんてなくて済むかもしれません。
 
それでうまくいく人も実際いますしね。
 
でも、スピード離婚する人だって確かにいるから、「結婚するなら離婚はしたくない」という人は絶対否定的でしょう。
 
慎重に考えるからこそ、不安になって最終的に結婚しようとさえ思わなくなってしまうのかもしれません。
 
私は慎重さも大切だけど、勢いも必要なのかな?と思っている部分があります。
 
実際に離婚を経験しているから、すでに離婚歴なしにこだわらないっていうのもあるかもしれません。
 
でも、失敗しても結婚生活の中には幸せと思える時が必ずあって、悪いものじゃないって感じられる…
 
それは収穫なんじゃないかな?って。
 
そのためには深く考えすぎず「まあ何とかなる」くらいで決める部分が必要になると思います。
 

良いことにも目を向けよう

「結婚願望がなくなりました」という人は大体が「悪い面」しか見ていないような気がするんですよね。
 
本当に結婚したいと思う相手に出会ったら考えは変わるかもしれないけど、結婚に魅力を感じなくなるのは、嫌な部分しか知らないからかな?なんて…
 
今は自分だけで生きていく術を多くの人が持っているし、男女関係だって子供だって結婚に拘らなくても良い時代。
 
だから、嫌なことを背負ってまで結婚する必要なんてないって感じるのかもしれません。
 
でも、実際結婚してみなければわからないこと、感じられないことはあると思うのです。
 
結婚して同じ家で暮らしているから得るものがあって、それは同棲ともまた違って…。
 
義家族との付き合いも大変な部分はあっても、知らなかったものを知ったり、聞いたり…。
 
知ることで意外なほどに深い関係になるかもしれないし、どうしても合わない相手のパターンを知る、人を見る目も養える…などあるでしょう。
 
普通なら絶対に付き合わないような相手でも、義家族になったからこそ付き合うことになる…。
 
苦痛もあるかもしれないけど、もしそれが偏見だったら、付き合ってみたら違って新しい発見をするとか。
 
避けることができないから経験できるものって大きなプラスになるし、それは結婚以外にないんじゃないかなんて…。
 
そのために無理に結婚しろとはもちろん言わないし、離婚なんてしなくて済むならしない方がいいに決まってる。
 
でも、どうしても魅力を感じられないって理由だけで結婚しようとさえ思わなくなるっていうのは、人生においてかなり損だと思うのです。
 
結婚には結婚の魅力が必ずあるから、急がずとも望まずとも、チャンスがあるなら真剣に考える気持ちだけは持てる人でいてほしいですね。

こんにちは。

離婚を考えているとき、そしてその途中でふと立ち止まった時…

 

「離婚は本当に正しいのか」

「本当にしていいのか」

 

と悩むことがあるかもしれません。

 

そんな時は何となくではなく、一度立ち止まってしっかり考えてみることが大切かもしれません。

 

誰のための離婚なのか

子供がいないなら、素直に自分のためといえるでしょう。
 
しかし、子供がいる場合は?
 
前回までのブログでも「両親が揃っているのが一番なのではないか」という考えについて語りましたが、関係してきますよね。
 
自分が今の生活を嫌で、自分のためだけに離婚したいと思っていたとしたら、どこかで間違いが起きる可能性はあるかもしれません。
 
そう、結婚が夫婦、そして家同士というように大きな繋がりができるものであり、新しい家族を作ることであるならば、離婚はその真逆…
 
夫婦の結びつきをほどいても、家同士の結びつきも一緒にほどけるかといえば違うこともあります。
 
結婚をきっかけにしたたくさんの縁があり、離婚と同時に切ってしまうのはもったいないと感じる縁もあるはず。
 
そして、子供とは結んだものではなく、同じ繋がりの一本の糸です。
 
決して切れることがないと言ってもいいんじゃないかな。
 
だからこそ、自分のためだけに勢いで突っ走っては後悔するのです。
 

自分以外の人のためにもなるなら

一度落ち着いて、離婚しようと思ったきっかけを振り返ると、まずは自分の想いは必ずあるはずです。
 
そして、それを後押ししたものは何だったかを考えてみるべきなのではないでしょうか。
 
子供の笑顔を守りたい、誰かに心配をかけたくない…
 
「嫌だ」という以外に何かしら、誰かしらの存在があっておかしくないと私は思います。
 
仕事が生きがいになっているなら、辛い生活を終わらせて仕事に生きれば、細かいことを除いて「幸せに溢れる日々になる」そう思ったとか
 
いつも楽しい話をしていた友人に「最近は愚痴とため息しか聞かせていなくて心配かけたから、また笑顔で食事をしたい」とか…
 
いつも夫の不満を口にしたり、笑顔も口数も少なくなっているとき、子供に「笑ってるママが良い」と言われたとか。
 
そういうことが背中を押して、「離婚しようかあ?」が「離婚しよう」になったんじゃないですか?
 
もし、それが全くないなら、離婚は待ってもいいかもしれない。
 
離婚してから、「ここは結婚してた時の方が良かった」と思うことの方が多いかもしれません。
 

離婚することで得るものもある

 
離婚は確かに失うものも多い。
 
でも得るものも必ずありますし、手放さなければ手に入れられないものもありますよね。
 
離婚を決めて一度立ち止まったなら、そこで思い返してみる。
 
そしてやはり離婚が自分にとって正しい選択だと再確認できたら、それは成功や幸せへの一歩と思えばいい。
 
失ったもの以上に得るものを信じて、自分や背中を押してくれた人を信じて、精一杯生きる…
 
それが人生なんだなと、最近は特に思うのです。
 
私だって離婚が不利になりそうだった時、一度はやめようと思いました。
 
我慢したら誰も傷つかないのかもしれないとか…。
 
でも自己犠牲で周りが幸せになるなんて、そんな不公平な命はないと信じたいし、私だって幸せになりたい。
 
苦しいのは誰でも嫌ですよ。
 
そしてそれを乗り越えたから、子供たちを傷つけ失い、メンタル的にもかしくなりながらも、今は温かい家庭がある。
 
生まれるはずのなかったもう一人の子供がいる…。
 
間違いなく、失ったから得るものであり、それを子どもたちが「間違いじゃない」といってくれることが、証拠です。
 
子供たちが私の幸せな姿を見て、将来はこういう家庭を持ちたいと思い、自立していくことで得る幸せがある…。
 
「自分たち(子供たち)の人生は大人になってから。今は思い切り遊びたいし、バカやりたい!」
 
そう元夫との子に言われました。
 
元夫のところに居て、笑わない私を見て結婚生活に希望を持てなくなり、人生はつまらないと思うより、はるかに楽しい子供時代を過ごしていると信じています。
 

決して全ての人に当てはまる話ではないと思います。

 

ただ、私が最近経験した気持ちの変化の大きさに戸惑ったことがありますので、それをお話ししたいと思います。

 

私は前の結婚で、元夫とのことは当然ですが、元義母とのトラブルも大きく、「一生許せない!」「忘れられない」と思っていました。

 

何があってもそれは一生の恨みだと本気で思っていて、ふと思い出すときは苛立ちしかありませんでした。

 

元義母の訃報を聞いたとき

そんな恨みしかなかった義母が亡くなったと聞きました。
 
私がいるころから持病のあった人です。
 
当時は「早く…」なんて思っていたくらいの相手でしたが、知った時は悲しい気持ちになったのです。
 
不思議で仕方がありませんでした。
 
「闘病は辛かったろうな」
「あの持病は悪化するとこうなるから…頑張ったな」
などなど、想像もしなかった思いが溢れてきて、もう一度会いたかったとさえ思ったくらいです。
 
そばに居たら、何かしてあげられたかもしれないのに…
 
そんな風に思っていることに気付いたとき、さすがに今の夫と子供たちに申し訳なくなったのですが…。
 

時間が経てば傷は癒える

忘れないと思ったことでも、その環境を離れ時間を過ごせば、少なからず癒されていくのですね。
 
辛いときは辛いことしか浮かばず、悪いことしか言えなかった私ですが、傷が癒えればそれも忘れて楽しい思い出も浮かんでくる…。
 
元義母が亡くなって「安らかな表情だった」と聞いたとき、安堵した私がいました。
 
そして、元夫と結婚したばかりの頃、義父の発言に傷ついたことを察して不自由な足を引きづって階段を上がってきた義母…
 
「根は悪い人じゃないんだよ」といった時の表情を思い出しました。
 
女同士だから感じられた部分もあったのかもしれない。
 
最後には「性悪だ!」なんて思っていた義母も、「根は悪くない」「良いところだってある」ということを忘れてしまっていただけなのかもしれない…。
 
そう思うのです。
 
人の心って勝手ですよね正直。
 
お互いにその気持ちに気付いていたなら、そして素直になれたのなら、恨みあうようなことはなかったかもしれない
 
なんだかんだもっとうまくやれていたのかもしれない…。
 

あれは人生の経験だった

もう戻ることはできない過去だし、もっと早くに気付くべきだったと思うこともあるけれど、失って得るものは人を大きくしますよね?
 
それは義両親や元夫など絶対にありえないと思った相手でも同じなのかもしれません。
 
人生のうちで、身近な人を亡くす経験は少ないからこそなのか、私の祖父母が亡くなった時の後悔とは違った感情や経験をしたと思います。
 
元夫と過ごした時間は幸せとは程遠く、辛い日々だった。
だから全体として離婚を後悔はしていない。
 
でも、そんな生活の中でも得るものは確かにあって、今の私がこうであるのは、あの時間があったからだと感じられるようになりました。
 
そういう意味でも、亡くなった元義母には感謝しているのです。
 
実際、元義父も亡くなった時、同じような感情がありました。
 
間違った選択や失敗して遠回りした経験は無駄な時間なんかじゃない。
 
何をどう歩んでも、必ず得るものはあって、それに気づかないだけなのかもしれませんね。
 
どうしたら人はそれを必要なタイミングで感じることができるのかな…。
 
たくさん経験して、全てを悟った時には残りの人生は少ないし、話を聞く、伝えられるでは反発したい気持ちにもなる…。
 
そんなわがままさがあるから、人間って楽しいのかな?と思えるようになったことは、私にとって一番大きな収穫なのかもしれないです。
 
残りの人生で同じ過ちだけは繰り返さないように、元義父母の顔も忘れないようにしていきたいと思った私の経験です。

こんにちは!

 

よく「子供には父親が必要」とか「母親は絶対だ」とか言いますよね。

 

両親揃っていて当たり前。

それが一番!というような言い方が気になる方もいると思います。

 

今、共働きの時代だし、離婚歴なんて珍しくもない。

そんな中でさえ、言われることは多いのです。

 

でもそれって本当に正しいことなのかな?

子供が望むことなのか、良い影響を与えるのか…

 

あくまで私個人の考えです。

きっとそれぞれ違います。

 

子供が必要とする親

親って「いればいい」という存在じゃないですよね?
 
生活を保障してくれる相手であるだけではダメで、自分を気にかけてくれて、時に教え、見本を見せ、叱ってくれる一番身近な存在であってほしくはないですか?
 
背中を見て学ぶ、憧れさえ抱くような親なら、両親揃っていて悪い影響なんてないと思います。
 
子供は親のような大人になるために努力し、親は子供が将来幸せで、苦労しない生活を手に入れられるように陰から力を貸す…。
 
ただいればいいわけでもなければ、依存させるだけ、逆に子供に依存してしまうだけの親でも良くないってことです。
 

元夫は子供にとって?

私の場合、元夫は子供にいい影響を与えるとは思えませんでした。
 
だから息子を元夫のそばに置いてきてしまったことは後悔しているのも事実です。
 
私が一緒に暮らしていたら立派になるなんて保証は一切ありませんし、元夫と居る方が立派になるかもしれない…。
 
でも、私が元夫を「信用できる父親」と感じないのに、任せてしまったことは不安なのです。
 
息子自身がそれに気づいて、自分の意思で道を開いてくれることを願うし、何かあれば相談に乗ったりできる限りする。
 
それしかできません。
 
しかし、やはり自分の都合で周りを動かしたり、怒鳴ったりするような人が良い影響を与えないとは思うのです。
 

両親が揃っていたら違ったか

私がもし、元夫と離婚せずに子供二人と一緒にあの家で暮らしていたらどうでしょう…。
 
もちろん、時間が経過して関係性は変ったかもしれませんよ?
 
でも、夫婦関係が壊れてぎくしゃくして、会話もないような中で子どもは笑えるでしょうか?
 
将来の夫婦像に希望を抱けるでしょうか。
 
確かに「両親が離婚しているから結婚に消極的」という話をよく聞きますが、それでも出会う人は出会う。
 
目の当たりにしている時間が長いほど、願望はなくなっていくんじゃないかって思うのです。
 
子供の幸せを呼ぶのは子供自身の笑顔です。
 
心の底から笑える環境が、一番なんじゃないかなって思えば、それは両親が揃ていることよりも、貧しくても協力し合えって乗り越える力があること…。
 
何気ないことを素直に表現できる環境があることです。
 
だから、空気を読んで言いたいことも言えないような環境になるなら、離婚して両親が揃ってなくても良いです。
 

私自身もそうだった

両親がいた方がいい…そういう時代でしたよまだ。
 
でもそれを理由に両親に結婚生活を続けられても、子供は迷惑なんですよ。
 
親が笑わないのを嬉しいと思う子供がいるでしょうか?
 
「あなたのために離婚しない」と言われて負担にならない子供っているのでしょうか?
 
少なくとも私は、母親が笑わないから私も笑ってはいけないと思ってました。
 
そして、私がいるから離婚しないって言葉は負担でしかなくて、逆に「私さえいなければ母は幸せだったのか」とさえ思った。
 
ちぐはぐな現実を受け止めきれなくて、私の心は逆に壊れてしまっていたことに気付いたのはつい最近。
 
そう、私はアダルトチルドレンで、本来の私はどこかに行ってしまっているのです。
 
取り戻すのは決して簡単ではなくて、取り返せない時間がある。
 
だから子供にはそんな思いをさせたくない。
 
「両親が揃っていることが一番」
 
それは必ずしも正しいとは限らないし、子供は意外なほど敏感に物事を感じ取っていることを忘れずに、決断すべきだと思います。
 
もちろん、本人の意思を聞くことも大切だし、本心を言える環境を整えることも必要よね。

こんにちは。

 

離婚後新しい生活をする中でも、ふと躓いた時などに「離婚以外の選択・解決方法があったかもしれない」と思うことがあるかもしれません。

 

私は離婚して数年が経ち、今は新しい生活をして幸せを感じているのですが、そんな中でさえ「離婚の選択」が正しかったのかと思うことがあります。

 

特に子供を見て、実の両親と一緒に暮らしていないことの問題や、何もしてあげられない状況に気付きた時に多いですね…。

 

子供の発言や表情

そばにいる娘には、今の夫が父親としていますが、事実を理解しているわけです。
 
そして成長するにしたがって「本当のお父さんじゃないからね」ということもあるのです。
 
そんなとき、「どんな親であっても、この子にとっては実の父親に勝るものはないのかな?」と感じてしまうことがあるのです。
 
元夫と共に暮らす息子は、体に問題が見つかって詳しい検査などをすることになりました。
 
離れて暮らしていても、私は母親であり心配で気になって仕方がない…。
 
でも全く別の地域、環境で生活している中で、私ができることって本当に少なくて。
 
詳細を知りたくても、私が求める内容と元夫が出してくる内容はかみ合わず、聞きたいことを直接聞くことができない環境…
 
辛いのです。
 

離婚以外の選択肢はあったのか

あんなに大変な思いをして、決断して行動して離婚して、「解放された」「これからは!!」と思ったわけですよね。
 
それでもこんなことを思うことはある…。
 
そして落ち込んたどり着く答えは
 
「私が我慢していれば、子供たちは今幸せだったに違いない」
 
ということ。
 
 
でもね、冷静になればわかることです。それは正しくないと。
 
私が我慢して離婚せずにいたとしても、今子供たちが幸せとは限らない。
 
当時では全く保証できないことです。
 
今、こうして悩んでいる状況を想像できなかったように、離婚しなかった場合の未来なんて想像できません。
 
そして戻れるわけじゃない…。
 
当時、少しでも幸せになるために精一杯考えて選択した離婚は、当時の最善であったと信じるしかありません。
 
悩んでも後悔しても、今は今で幸せのためにできる最善を探すしかないのです。
 

時間が過ぎて、傷が癒えたのかも

当時の日記を読み返すと、当時の辛さ、怒りや悲しみがよみがえります。
 
なのに、どうして「離婚以外の選択はなかったのか」という考えが出てくるのか…
 
それは時間が過ぎて、当時の記憶が記憶が薄くなって、傷が癒えてきた証拠なんじゃないかと最近は思います。
 
あんな辛い生活、あの後1分だって続けたくない。
 
当時はそう思っていたはずです。
 
それでも時間が経てば「意外とやれたんじゃないか」「我慢が足りなかったんじゃないか」なんて思うこともあるなんて、不思議で仕方がありません。
 

当時の選択に間違いはない

年を重ねて成長したとか、落ち着いたとかそういう問題ではないだろうな…。
 
確かに環境は変っていくし、夫婦もお互いに少しづつ丸くなったり、逆に気性が荒くなったり…
 
いきなり5年後、10年後に飛べるなら違うこともあるかもしれない。
 
その変化の5年、10年を耐え抜けばいきなり落ち着くかもしれない。
 
でも、それも保証がないこと…。
 
「かもしれない」ことのために現実を犠牲にして、理想に届かなかった時、それは後悔じゃ済まなかったはず。
 
だから私は、この件で悩んだ最後には自分に言い聞かせる…。
 
「結局、人生は選んだ選択全てが最善。違う道を選べば違う悩みがあるもの」
 
あの時、私は「離婚」という選択をしたから今があって、今がどん底だとしても将来の光はまだ見えていないだけ…
 
人間は誰もが躓いて悩んで生きていくもので、正解は決まってないですよね?
 
子供たちの悩みや苦しみもそう…。
あのまま、私が笑わない暮らしを続ける選択をしていたら、子供たちは今以上に笑ったとは思えない。
 
子供たちには、これからの人生があるのだから、私が選択に胸を張らなければ、子供たちも堂々と生きられない。
 
そう思って、精一杯それぞれが生きるしかないのではないでしょうか。
 

こんにちは。

ここ少しの間で、私の周りではいろいろな変化がありました。

 

それによって過去のこと、将来のことなど様々考える機会があり、私なりに新たな成長なのかな?と思っています。

 

その一つ「夫婦は尊重し合ってこそ幸せ」という答えが出たので、それをお話ししてきますね。

 

お互いを認め合う今の生活

私は今は再婚し新しい生活を送っているわけですが、前の夫と居た機関と同じくらいの時間が過ぎても、関係性は結婚当初のままです。
 
私たち夫婦はよく話をしますね。
 
そのためかお互いの考えは分かっている部分はあると思います。
 
ただ、「分かっているから言わなくていい」ではありません。
 
「分かっているからこそ、意見を聞く・話し合う」ということを大切にしているのです。
 
いつもはこうだけど、今回は違うかもしれない…。
 
誰だってさまざまな状況の変化の中で生きているので、今回だけはいつもと違うということは珍しくないじゃないですか。
 
実は言いづらくて我慢していたこともあるかもしれない。
 
そこが今回はちゃんと言えるかもしれない、聞けるかもしれない。
 
大体は同じですよ答えは。
 
でも、「もしかしたら」を一応でも確認しようという気持ちが自然にあることは、夫婦だけじゃなく、深く付き合う友人や職場関係でも重要なのかもしれません。
 

前の結婚での生活は?

前の結婚でも、普段揉めることは少なかったし、元夫はそれを「仲良しだから」といっていました。
 
でも、実際は違うということに私自身が気付いたのは、離婚を決めた頃。
 
そしてそれが正しいと実感したのは、つい最近かもしれません。
 
元夫は私の意見なんて聞いてくることなかったですからね。
 
「誰でもケーキは好きだから買ってきた」と結婚して最初の誕生日に言った元夫。
 
実は甘いもの、特に生クリームが苦手でケーキは好んで食べない私でしたが、「私のために買ってきてくれた」という嬉しさから、事実は伝えず感謝しました。
 
でも、「好きではない」を伝えなかったせいで、事あるごとに「ケーキ好きだろう?」になってしまった元夫。
 
そして、「毎年ケーキ買っておけばいいや」程度にどんどん変わってしまします。
 
家電などを買うにも、普段の服装や持ち物から勝手に好みを決められて、「好きな色だからこれにしといたぞ」と得意げになったり…。
 
普段の持ち物と、家に置くもの、使い勝手…それを考えて選ぶ色は違うということは考えてもらえませんでした。
 
元夫はそれでも「嫁の好みを尊重した」と勘違いして威張ることも多いのです。
 
最終的に私が意見を言えば「この色が好きでみんな選ぶのに、なんでこれはダメなんだ」と怒り出し、「ひねくれてる」と言われる始末でした。
 
結局は私が我慢して、理想とは全く違う生活を受け入れていたから成り立っていた環境でした。
 

譲ることをやめたら崩れる関係

夫婦間でいつもどちらかが相手に合わせることで成り立つ関係って、不満が溜まるのも片方なんですよね。
 
昔は妻は夫に従い…みたいな感覚が普通ですが、今はそんな時代ではなく、女性一人でも生きていける時代です。
 
だからこそ、女性も意見を言っていいし、時にトコトン反対してみたっていいはずです。
 
もちろんそれは男性にも言えることであって、お互いに本心を隠していく必要はないのではないでしょうか?
 
話し合ってぶつかって、時にどうしてもまとまらないことがあった時は、そういう度に「今回は夫」「次回は妻」という譲り合いができれば、一方的な我慢ではなくなります。
 
もし、いつもどちらか片方だけが譲り、我慢することが当然になっていて、ある日譲るのをやめて意見を言うようになった時…
 
それで崩れる関係であれば、そのまま譲り続けても結局は爆発して崩れる日が来る可能性が高いと私は思います。
 
そうなってから気付いても、時間は戻らない…。
無駄な時間を過ごしたと公開するかもしれません。
 
そうならないように、「相手に合わせることで上手くいく関係」は幸せの錯覚かもしれないと知ってください。
 
もちろん、譲る、譲らないではなく、好みが似ていたり、お互いの意見に納得した上で選択・決定できることが、一番理想だとは思いますけどね。
 
 
 

こんにちは。

 

結婚している夫婦の間に生まれた子は、自然と夫婦の子として戸籍に入ります。

 

父親も勝手に配偶者になりますよね。

 

しかし、未婚の場合はどうなるのか…。

 

「認知」が必要なのです。

 

非嫡出子、俗にいう婚外子ってものになりますので、認知しなければ父親の欄は空欄です。

 

正直、出生届出すの大変でしたよ。

 

元夫「出生届を自分が出したい!」と騒ぐ

ここまでまったくノータッチだった元夫ですが、実際に子どもが生まれて権利を主張したくなった様子。
 
「出生届は父親が出すものだろう?俺が出すよ!!」と…。
 
そうは言っても戸籍は私の方に入るわけですし、未婚で父親が出すことが可能かもわかりません。
 
入籍の予定もないわけですし、自分への負担が心配で拒否しているわけですから、父親を名乗れば責任が発生することを伝えてみました。
 
はい、一瞬戸惑いましたね。
 
「責任・義務」怖いですよね~~?
 
でも一度大きく宣言してしまっていたので、もう嫌とは言えないのでしょう。
 
出生届を出す際に窓口で聞いてみようということになりました。
 
「認知する気あるの?」と聞いた際、はてなマークいっぱいだった表情に呆れましたが…。
 

役場にて確認する。複雑さにチーン!な元夫

複雑とは言ってもそんなに極端ではありませんよ。
 
基本的に「認知届」を提出すればいいだけでです。
 
ただ、「認知」についても全く知らなかった元夫には、いきなりの内容に撃沈状態だったわけです。
 
子どもを認知するということは、養育費を請求できますし、息子は相続の対象にもなります。
 
戸籍には一生記載されますし、逃げることもできませんよね。
 
「養育費…相続…責任?」茫然としてました(笑)
 
でも役場職員の前でそれを拒否して帰るなんて恥だと思ったのでしょう。
実際、知り合いもそので働いていましたしね。
 
素直に出された書類全てに記入していきます。
 
児童手当の絡みもあって、手続きはかなりありました。
 
でも、それを出すことで出生届を父親として出すことができるのだそうです。
 
ちなみにですが、婚姻届けを同時に提出(婚姻届けを先に受理)すれば、認知届をはじめとする書類は不要です。
 
認知届は後でも提出できるので、後で入籍する予定ならその時でも良かったのですが、出生届にこだわったので余計なものが多かったのです。
 

出産一時金と子供の健康保険

元夫は認知届とその他だけでバタバタしてましたが、私はさらに出産一時金と子供の保険、児童扶養手当や助成金の手続きがあり、息子を抱っこしたまま苦労したんですよね。
 
元夫が書いている書類にも私の記入欄はありますし、息子の欄は私に書かせるわけで…。
 
さらに健診や予防接種、育児支援などの説明も聞かなきゃならないし、パニック状態でしたよ。
 
正直、まだ出産時の傷も痛かったし、授乳時間気にしたりして余裕はありません。
 
それでも母親の私がしなければならないのは覚悟の上。
 
元夫が「大変だった」「頑張った」「俺がやった」なんて言い出すまでは穏やかな気持ちでしたね。
 

未婚なら養育費はしっかり貰おう

私は怠りました。
 
「養育費払うなら一緒に暮らそう」と言いだした元夫の意見に乗ってしまったのもありますが、養育費をあの人からもらおうとは思っていませんでした。
 
そうは言っても一緒に暮らすまでに数か月あったし、入籍もそれからしばらく後…。
 
一緒に暮らしても入籍しても、協力性が薄かったのは間違いなく、別の間くらい請求しても良かったなと後で思いましたけどね。
 
数回くらいはくれたかもしれません。
 
でも、出産費用も準備費用も全て私で、産後の生活も不安しかない状態でも、どこか他人事の人が払ってくれるとは思えなかったので。
 
でも、認知するということは、養育費を払う義務を負うことです。
 
シングルマザーとしてずっと生きていくとしても、可能な限り養育費は決めて、公正証書を作っておくといいですよ。
 
養育費は子どもの権利ですから。
 
 
 

こんにちは。

 

未婚出産の場合、子どもの父親って病院に来たり立ち会ったりするのでしょうか?

 

私の場合、入院までは全く関わろうとしなかった元夫が入院翌日の朝やってきました。

(前日の夕方入院で、まだ生まれないだろうと言われていました)

 

あの時は来てくれたことが嬉しかったけど、産後の状況を見て「来ない方が良かった」と思いました。

 

そのお話をしていきますね。

 

未婚=妊婦と子供の父親の苗字が違う

元夫が病院に来た時、私は陣痛室に居ました。
 
看護師さんが来て「○○さんという方が来てますが、(子の)お父さんで間違いないですか?」と聞きました。
 
私は未婚ですので、子どもの父親である元夫とは苗字が違ったわけです。
 
しかも分娩予約の書類に書くはずの「配偶者=父親」の欄の記入を拒否したので、病院側は把握していません。
 
通常ならお断りするところらしいですが、保証人の苗字が同じだったことから確認に来たとのことです。
 
ありえないとは思いますが、同じ苗字では「父親の兄弟や親せき」でもおかしくないですしね。
 
元夫は私より結構年上だったので、余計に疑ったからってのいうのもあるかも?(笑)
 
その看護師さんには伝わり、元夫も陣痛室に入ってきました。
 
ただ、分娩前の処置や準備で「男性は退室」というタイミングが結構あるわけです。
 
私の場合、かなりの難産で「母子ともに危険なので帝王切開に切り替える準備を!」という状態になりました。
 
助産師さんだけでなく看護師さんも総出で手伝ってくれるくらいのバタバタな中で、元夫に入室してほしいなど呼ぶ時、多くの人が呼び方に困っていました。
 
入籍予定なしだから「○○さんの御主人」とも呼べないし、知っている看護師さんから「○○さんという方!」などいちいち伝達…。
 
本当、手間かけさせたし、気を遣わせてしまいました。
 

元義母の一番許せない言葉

普通分娩で出産できたものの、本当に危険な状態で帝王切開前の最後の賭けでの吸引分娩でした。
 
私は何度も意識失っているし、息子は仮死状態で心拍も停止していたのです。
 
出血量だって2ℓ近くて輸血されるほどだし、出産は本当に命がけだと思い知りました。
 
息子の心拍回復と呼吸が始まるまで、普段穏やかな先生が焦って願うように叫んでいる姿を見て、ずっと泣いていた私…。
 
私がもっとちゃんと陣痛を逃がせてれば…。上手にいきめていたら…。
 
自分の痛みなんて、意識が飛びそうになるのなんてどうでもよくて、息子を助けてほしいと願いました。
 
本当、戻ってきてくれた息子が愛しく、感謝しかないですよね。
 
「苦しい想いさせてごめんね。よく頑張ったね」
 
仮死状態からの蘇生で、熱も出てしまったということでほんの数分しか抱っこできませんでしたが本当に幸せでした。
 
ただ、その途中で入ってきた元義母…。
 
今さっき死にかけた親子(しかも戸籍上まだ他人)に対して
 
「私が保証人になってやったから産めたんだし、その恩を働いて返せね。来月から働けるだろう??」
 
本当、入ってきて相手を認識したくらいのタイミングですよ?
(保証人は元義父なのでそこも間違ってるし…)
 
同じ、人の親なら、女ならもっといえることがあるのではないでしょうか?
 
そして元夫も「死にかけたんだとよ。○○は動かなかったから難産だったらしい」
 
最低な親子ですよね。
 
この時の元義母の発言を私はずっと許せなくて、離婚するときも問題としてあげました。
 
しかし、元夫はその場にいたし、私が何度も言ったにもかかわらず、知らなかったと言い張りました。
 
この会話をそばで聞いていた助産師さん、後で部屋に来た時、一緒に泣いてくれました。
 
文字では伝わりませんが、良い方も表情も本当に酷かったので…。
 

責任を果たさない、名前も出さないやつに父親の資格はない

この時にちゃんと気付いて判断していれば良かったですよね。
 
助産師さん、看護師さんに相談したら、何か手があったかもしれません。
 
まだ私も若く経験不足で、素直にバカだったんです。
 
こんな最低な人たちなのに、頼るしかない私はここから奴隷のようになるんですよね。
 
何もしていないし、名前さえ出さなかった元夫は、無事に子どもが生まれた途端に「父親面」してくるようになります。
 
次回は未婚での出産での手続きについてお話ししていきます。