未婚での出産経験から離婚まで|私の人生波乱万丈 -4ページ目

未婚での出産経験から離婚まで|私の人生波乱万丈

今までの人生笑っちゃうくらい波乱万丈!そんな私の離婚劇を暴露します。

こんにちは、サクラサクですクローバー

 

実家に頼ることもできない私が、シングルマザーでも暮らせたのは、家庭以外の職場や環境などが変わらなかったからかもしれません。

 

離婚して、生活の場や子供の園、仕事まで全て変える選択をしていたら、メンタル的に弱い私には対応しきれなかった可能性もあります。

 

もちろん、新しい環境にもすぐに適応できるタイプだったら、再スタートの選択肢もあったかもしれませんが、離婚を決意しただけでかなりの勇気。

 

調停を申し立てたのは、最大の行動だったと思っているくらいですので、私が私でなくならない限りは無理だったでしょう汗

 

でも、離婚後も元夫の家と近くで暮らすことは、メリットだけではありません。

 

最終的に耐えられず引っ越しをすることになった理由を含め、お話しします。

近くに住むメリット

まずは近くに住んでいて良かったと思うことから…。

息子といつでも会える、娘を会わせられる

息子は小学生だったので、休みの日など自分で私の所に来ることができました。
もちろんちゃんと「行ってくる」と伝えてです。
 
娘が父親に会いたいと言えば、息子を通じて日程を調整することもできましたし、送迎も楽でした。
 
元夫と直接連絡を取ったり、顔を見たりしなくても親子の関りはある程度守れたのは良かったです。
 
息子が学校で必要というものを、一緒に買いに行ったり、作ってあげたりも普通にできましたし、「母親がいないから」は極力減らせたのかなと思っています。
 

いきつけ、かかりつけが変わらない

娘も私も、行きつけのお店、かかりつけの医者などを変える必要がなかったので、新しい環境で新たに探す必要がなかったのは安心でした。
 
食品を買うにも、同じ系列なのに並びが違ったり、値段が違ったり、いつものものがないこともありますからね。
 
アレルギー持ちの私と娘は、その関係で体調を壊すことも多いですし、新たにかかりつけを探すのは、先生と相性があって大変です。
 
遠くても通えばいいけれど、交通費だってかかるし、緊急時を考えても近い方が良いに決まってます。
 
園も変わらないのでお友達と別れたり、新しい友達を作る必要もなし。
娘の「好き」を維持できる安心感もありましたよ。
 
仕事も変わらないので、預かりの時間の変更もなく手続きも最低限で済んだかな。
 

近くに住むデメリット

一緒に住んでいなければ…と思ったのですが、近い=近所の人も、生活範囲も同じということで、デメリットが多くありました。

外出先で元夫や元義両親に会う

一番多かったのは、食品の買い物に行くときですよね。
元夫が元義両親を連れて買い物しているのを見つけた時はいつも逃げました。
 
娘が一緒だと、走って行ってしまうこともあり、話はしなくても顔を合わせることにはなるので、嫌なことを思い出すのです。
 
買いやすいくていいけれど、会うなら別の所に行こうか…と職場の近くのスーパーに寄ることもあったのですが、そこでは元義妹に会います。
 
元義母も義妹も、他人になってからも私を見つければ寄って来て嫌味を言うタイプだったので、本当に逃げましたね。
 
「あなたは家を出て自由で良いね。こっちはあんたがいなくなって大変だよ」と言われた時は呆れましたが…。
 
大変なことはみんな私がしてたもんね~と。
それでも強くはなれず、嫌味を言われたことに滅入ってしまうようね私ですから、会わないことが一番です。
 

近所の人は共通で、余計な情報が入る

自治会の班などは全く違う場所なのですが、何せ田舎でしたから、ちょっと離れていても名前だけで「どこの人」が分かるのは普通でした。
 
そして噂好きも多い特徴が…。
標的になったら、本当に面倒な所だったのです。
 
興味本位で、わざわざ私の家まで元夫の家の隣の人が来たこともあったんですよ。
 
「何で離婚したの?」
「元夫は悪い子じゃないから、戻ってあげなよ」
「みんな苦労してるから、助けてあげたいと思わない?」
 
余計なお世話です。
本当に本当に他人のあなたに何が分かるのか…
 
「戻る気はありませんし、関係ないですよね」
 
そう言えたのは良かったですが、それを元夫の家を含め、近所中で良い回ったらしく、別の人から「こんな話を聞いたけど…」と言われるのです。
 
噂って、勝手にないはずの情報が付加されて、どんどん独り歩きするものなので、あることないこと…本当酷かった。
 
「離婚の原因は私の不倫で、生活に困っているから今も元夫に頼っている」
「頼るだけ頼って助けず、助けてあげてる元夫が可哀想」
 
不倫でもなければ、何一つ助けてもらってなんていませんよね。
なぜ離婚してからも嫌味や噂に晒されなければならないのか…。
 
そのうちにこの噂、私の職場の方まで流れ出したんですよね。
隣町だったのもありましたし、私の離婚の話で一時盛り上がった職場ですから、さらに追加された情報はいいネタです。
 
私の悪い噂が流れて、自分に有利に動いたのを感じた元夫は「助けてやる」的なニュアンスの物言いで、私に接触を試みるようになってしまいました。
 
電話にメッセージ、家にも突撃するようになりましたし、もう半分ストーカーでした。
 
大変だったけど、円満に離婚できたと思っていたのに、まさか近所の人のお節介によって、最悪な事態になってしまったわけです。
 
本当の意味で円満に、離婚しても友達でいられるような関係なら、近くに住んでいてもいいのかもしれません。
 
でも、それが難しい関係の場合は、離婚したら二度と会わないくらい離れる方が安全だと思います。
 
私は子供の為、自分の楽のために近くで暮らすことを選んだために、もっと辛い思いをさせる結果になってしまいました。
 
面会についての取り決めも曖昧にせず、きっちり決めた方が良いのでしょう。
あの日の妥協から生まれた、最大の失敗でした。
 

 

 

こんにちは。サクラサクですクローバー

 

決死の覚悟で調停を申し立て弁護士を依頼することで、最終的に無事に離婚することができた私。

 

息子と離れることにはなったものの、離婚後の精神的安定を勝ち取ることができ、「離婚して良かった」と本気で思えました。

 

でも、やはり苦労することはありますよね。

シングルマザーであり、世帯主になるわけであり…。全ての責任は私にあるわけですからあせる

 

離婚は今や珍しくないとはいっても、世間体は良くないのは事実ですし、最初は本当にいろいろありました。

 

多くの人が経験する苦痛ではないかと思いますので、それについてお話ししたいと思います。

 

経済的事情は予想以上

いくら元夫が「浪費癖」がある人だったと言っても、安定した収入はありました。
 
住居関係や光熱費など、毎月の支払そのものに困ることはなく、食費や言ってみれば「贅沢費」がなくて、私が補填していたわけです。
 
私の収入がなければ食費もないし、元夫のお小遣いや思いつきで買ったものの支払いはできない状態汗
夫はお酒もタバコもパチンコもできないのです。
 
逆に考えれば「元夫のためのお金」がかからなければ、私の生活面は楽になると思っていましたね。
 
離婚して、私は正社員になって給料も安定しますし、母子家庭で手当金も出るわけですから、何とかなるはず…と。
 
でも、その考えは甘かったです。
 
特に最初の3ヶ月程度の期間ショボーン
 
娘の保育料が無料になったのは、本当に有難かったのですが、諸経費の関係は変わらずかかります。
 
用品なども必要ですし、シングルマザーだからといって、今までと明らかに質の違うものを与える気にはなりません。
 
無理こそしませんが、やはり同じ程度のものを与えないと、子供が不憫な思いをすると感じて必死でした。
 
正社員になっても、その給料が入るのは約1か月後ですし、パートより安定するとはいっても、大幅に手取りが上がるというわけではありません。
 
手当金も決まった月にまとめて振り込まれるわけで、ちょうどタイミングも悪く、最初の支給まで3ヶ月ありました。
 
水道や光熱費も、親子二人でどのくらいになるかも想像していませんでしたし、特に驚いたのはガス代。
 
寒い時期だったこともあり、お風呂には相当かかるんでしょうね。
特に無駄に使った覚えはない状態でも、1万円以上かかってました。
 
住宅の契約上、ガス会社は決まったところしか頼めなかったので、単価を安くすることはできませんし、節約するしかないのです。
  • お風呂以外、お湯は使わない
  • 調理時間がかかる料理はしない
  • 電気は基本的に1カ所しかつけない
  • 水の出しっぱなしは絶対禁止
こんな感じで、園児がいる家とは思えない厳しさでした。
 
1LDKだったのですが、ダイニングの電気だけでキッチンまで賄いながら頑張りましたが、本当に薄暗い家の中でしたね。
 
暖房代もケチって、二人で毛布をかぶりながら過ごしていました。
 
もともと食事は質素でしたし、娘が「欲しい」というものを買い与えることができない生活をずっと続けていたので、その辺りの生活は変わらず、不満は出なかったのは幸いでした。
 
生活に最低限必要な物しか購入していなかったので、不便な部分もありましたが、購入する余裕はないし、このまま法テラスの支払いが始まることも不安でしたね。
 
頼れる実家でもあれば、気持ちも違うのでしょうが、全てが自分にかかっているというのは、かなりのプレッシャーです。

「離婚した人」と言われること

子供たちの園や学校のことは、離婚前から全て私だったため、園児だった娘は特に辛い思いはしなかったようです。
 
先生方も全く触れませんでしたし、父親の存在が必要になる話も全くなかったので。
 
しかし、逆に母親を必要とする話は多く、元夫と暮らす息子は、先生にも腫れ物を扱うような態度をとられたそうです。
 
小学生ともなれば、子供同士でも「離婚」「親がいない」は分かりますし、友達や保護者からも理由を聞かれたり、「可哀想」と言われたりしたと泣いていたことがありました。
 
本当に申し訳ないとしか言えず、できる限り母親の役割を果たそうと、再び決心しました。
 
親権は元夫になったけれど、息子が少しでも楽になるなら、いつでも一緒に暮らそうと話して、慰めるしかなく、そのことだけが唯一、離婚しての後悔となりました。
 
私も職場では、かなり「ネタ」として挙げられ、「離婚したんでしょう~」「理由は?」「調停ってどんな感じ?」など、明らかに興味本位の人も多かったです。
 
離婚を後押ししてくれた方々は、そんなことないんですけどね。
事後に知った人の間ではきっと笑いものだったのでしょう。
 
いろいろねじ曲がった情報も、巡りめぐって聞くこともありました。
 
子供も頑張っているのに、私が辛いなんて思っているわけにはいかないですし、気にしないようにして過ごしていましたが、「他と違う」人を標的にするのは、今の時代も変わらないようです。
 
シングルマザーで、環境を変えずに暮らそうとするなら、特にメンタルが強くならなければ辛いことが多いのが事実です。
 
環境を全て変えれば、他の苦労があるはずですが、心機一転切り替えて暮らすことができる分、良いのかな?なんて考えることも多かったです。
 
同じ環境では、自分の生活もキャラクターも、変えることが難しいですし、大きく変化すれば、それもネタの一つにされます。
 
もちろん、理解のある人ばかりが集まった環境も多少はあると思いますが、覚悟しておいて損はないですよ。
 
次回は元夫の家と近く、同じ環境で暮らすことのメリットとデメリットについてお話ししたいと思います。
 
 
 

夫から離婚の同意を得ることができ、別居生活もスタートさせました。

 

暮らす場所こそ違っても、学校や職場への距離はほぼ変わらず、生活はほとんど変わりませんでした。

 

逆に、今まで私が負って来た多くの家事は減ったし、仕事で少し残業になっても嫌味を言われることもないので、私は快適以外ないくらいです。

 

夫や両親は私がいなくなったことで、想像以上に家事や事務作業の手間が増えたようで、苦労しているようでしたがそんなことは知ったことではありません。

聞かれれば教えますが、手伝う気にはなりませんよね。

最後の調停は…

でも、一番ダメージだったのはやはり息子でした。

 

夫の家には頻繁に言っていたのですが、可愛がっていた息子がいなくなったことで、特に義母が情緒不安定になり家を飛び出したり、騒いだりするようになってしまったのだそうです。

 

学校でも通学路が変わった(引っ越しした)ことで、理由を聞かれることもあるようでした。

 

自分の置かれている立場を考えると、息子は今とは逆で夫の家で暮らし、週末は私の所に来るというスタイルがみんなの為だと感じたと言います。

 

「お母さんは大好きだし、一緒にいたいけど、いつでも会えるし妹はお母さんと一緒だから、僕はお父さんといる」と言われた時、涙が止まらず、両親に息子を取られた気がしました。

 

しかし、息子はどれだけ私たちに振り回され、悩み、決断したのだろうと考えたら、同意するしかありませんでした。

 

もちろん、それは夫とも再度話し合い、生活面・経済面を考慮した上で、娘にも話して最終的に決定したことです。

親権と養育費

  • 親権は娘が私、息子が夫
  • 養育費は1人ずつなので基本的に相殺する
もちろん、イベントの際などお互いが子供のためにしてあげたいことは精いっぱいしてあげることは、予備条件に含めました。
 
息子は週末ごとこちらに来るとは言っても、成長すればどうかは分かりません。
無理強いもしなければ、我慢する必要もないということで面会は臨機応変に…ということにします。
 
近所ですから、普段の買い物などでも会う可能性もありますしね。
夫の顔を見るのも嫌だというほど、深刻な関係になる前で良かったと、この時は本当に思っていましたよ。

財産分与と慰謝料

両親にされていたこと、夫もそれに加担したと同じような状態であることに対し、精神的苦痛で慰謝料請求できるとも言われていました。
 
しかし、今まで慰謝料なんて考えたこともないこと、両親が高齢であること、夫が支払えると思えないことを理由に、強くは主張しません。
 
財産分与についても夫はもともと貯金がない人で、結婚してからも全くできない状態だったため、共有財産に現金はほぼなかったんですよね。
 
家も結婚前に元々住んでいた家を両親の援助を受けて建て直したので、同居していた数年分の支払いを一緒にした程度。
 
土地も義父のままでしたし、両親も息子も同居する家を売却してまで分けるほどのことではないのは明らかです。
  • 夫婦で支払ったそれぞれの車はそのまま維持
  • 財産分与と慰謝料相当額として100万円を夫が分割で支払う(生活にひつようなものの購入費や娘の入学準備資金に充てる分を含む)
この条件で同意をすることになりました。
 
本当はきっちり公平に財産をわけるべきと弁護士さんにも強く押されたのですが、離婚に同意してくれたこと、息子が残ることなどを含めて鬼になり切れなかったのかもしれません。
 
年金分割については全くの無知。
婚姻期間もそう長くはないですし、しなくても良いかとも思ったのですが、弁護士さんの助言もあり、夫も分けられるものは分けるというので、50%で同意を得ることができました。

調停の成立

最初こそ調停員への印象も夫の方がよく、私は非常に不利な立場でしたが、弁護士さんを依頼し、状況を整理することで調停を成立させることができました。
 
弁護士さんが付いていると、調停員も嫌味のような質問はしなくなるのですね。
 
離婚届の提出をはじめ、年金分割や保険などさまざまな手続きは大変でしたが、調停調書も作られましたし、全てが無事い済んだことは良かったと思っています。
 
調停期間中のことで、どうしても腑に落ちないこともありました。
離婚してから、話をしっかり詰めてなかったことに気付いて後悔したこともあります。
 
息子と離れて暮らすことになってしまったことは、一番辛いことであるのは間違いないのです。
 
今も息子の一番の印象は、傷ついて泣き叫ぶ姿なんですよね。
今もきっと心に傷を抱えて生きているでしょう。
 
娘も当時のことを口にすることはありませんが、物心はついていた年齢なので、何かしら思う事はあるはずです。
 
何をもってしても、親(大人)の都合に振り回された子供たちが、一番の被害者であることに変わりはない。
 
元夫との生活や両親から受けた嫌がらせ、調停中の記憶は薄れていっても、今の生活がどんなに幸せであっても、その裏に子供たちが傷ついた事実を忘れてはいけないと思っています。
 
これは「許されない罪」かもしれません。
 
しかし、離婚したことで私は眠れるようになりました。
笑えるようにもなったし、積極的に表に出ることもできるようにもなりました。
 
今が辛く苦しいなら、環境を変えることを選択するのは間違いではありません。
それを止める権利こそ誰にもないのではないでしょうか。
 
全く犠牲がない道はないかもしれないけれど、自分だけが犠牲になる必要もありません。
 
どんな状況でも、少しでも改善する方法はあるはず。
何とかなるものです。
 
離婚を考えている方の参考になればと、調停について書いてきましたが、これを機に勇気をもって一歩を踏み出したり、修復の方法を検討したりする方がいたら、私は嬉しいです。

離婚調停4回目はお互いに弁護士さんと共に出席ということになりました。

 

私の主張は変わらず、離婚し親権を得ること、養育費を相場程度貰うことです。

 

そろそろ何かしらの同意が得られる雰囲気がなければ、「調停不成立」も視野に入れていかなければならない段階にきているのは分かっていました。

 

調停不成立になった場合、裁判にするしかないのかな…

夫の主張と私の返答

夫は弁護士さんに何か提案されたのでしょうか?
あれだけ自分が正しいと主張していたのに、いきなり妥協案ともいえる主張をしてきました。
  • 私の辛さを理解して両親とは近距離別居する
  • 夫と子供たちは今の家とアパートを行き来する
  • 私も両親が必要な時は協力するが基本的には疎遠でいい
  • 夫は小遣い制にして、お酒もそこから出す
  • この条件で離婚はしたくない
私が何度、別居して欲しいと言ったのか…。
その度に「別居の費用を出せない」「親だけにしておけない」「先は長くないんだから、お前が我慢してれば丸く収まる」と言っていたでしょう。
 
もともと夫は小遣い制で、結局足りずにお酒やたばこを「買ってきて」だった人です。
買わなければいつだってイライラして不機嫌むき出しだったので、それが嫌だったんだよな…。
私も働いているけど小遣いなんてなくて、化粧品も服も買えないのに…
 
もう全ての提案がいまさらでしかなく…。
子供が今の家と行き来するのはいいけれど、夫は今の家に住んでてほしいと素で思い…。
 
  • 「私はできることをして、夫にも希望を提案してきたけれど、全て否定され続けて離婚を決意したのだから、その提案をいまさらされてももう受け入れられない」
  • 「夫婦を継続するには、我慢の限界を超えている」
  • 離婚して私と子供たちは家を出るが、子供たちが今の家とを行き来するのは子供の意志で了承する」
と主張させていただきました。

一転して離婚に同意

最後に「両親と別居するから離婚はしない」と主張したものの、私がそれに同意せず呆れかえってみせたためか、夫はその日のうちに離婚に同意しました。
 
二人の子供の親権については「子供自身の意志に任せたい」とは言いつつ、長男は両親が可愛がっていたこともあり「できれば傍に置いてやりたい」とのこと。
 
私は子供たちがいたからこそ、今まで我慢もしてこられたのは間違いありません。
私が強く当たられていたことも、その後で泣いていたことも、見て知っていた子供たちですが、子供たち(特に長男)は両親から可愛がられていました。
 
親の勝手で家族がバラバラになることを、喜ぶはずはありません。
夫は自分勝手な所はあるけれど、子供たちは父親のことを嫌いではなかったことも分かっています。
 
私と来れば不自由もあるし、寂しい思いもするかもしれない…そう思うと「子供自身の意志に任せる」というのは同意できる内容でした。
 
近くに住む予定なので、どちらと暮らすとしても同意さえあれば行き来ができますし、それは私の妥協案でもあったのでしょう。
 
実際、真剣について子供の意志が尊重されるのは15歳以上ということで、親同士の話し合いか裁判所の決定で決まることになります。
 
それでも、本人たちに聞いてみようということになったのです。

親権を決めるために。

家では私たちそれぞれが、子供たちに向き合って話しをすることにしました。
急がず、じっくり…
 
もう子供たちは、私たちが離婚しようとしている事実(一緒に暮らすのをやめること)を何となく理解していました。
 
私は最初に年中の娘に話を聞きましたが、娘は「お父さんといる」と即答したのです。
正直、娘は私を選ぶと信じて疑わなかったので、かなりショックでした。
 
しかし、逆に夫が聞いた時には「お母さんと行く」と答えたそうで、よくわかっていないのかな?とも思ったのですが、最終的に「お母さんといたいけど引っ越しはしたくない」という意味だったみたいです。
 
息子には夫が話をしました。
この子は本当に優しさがにじみ出るような子で、小1なのに周りの気持ちを考えるタイプです。
 
自分の気持ちを確かめつつ、考えたのでしょう。
夫だけでなく、私にも一緒に話を聞いてほしいということで、揃って聞くことに…。
 
ここは両親に対する恨み的な部分になってしまうので、ここでは割愛しますが、私は仕事をしなければならなかったため、息子は生まれてすぐから両親に預けていたんですよね。
 
それもあって物心つく前から、帰宅してすぐに両親に怒鳴られる私を見ていました。
部屋に戻って泣く私を追いかけてきて、ずっとそばにいてくれたのも息子です。(そんな姿を見せるべきではないと分かっていても、我慢できるレベルではなかった)
 
小さいからわからないと思っていましたが、話の内容も聞いて理解していたんですね。

息子の気持ちと葛藤

  • お母さんが毎日のように両親に怒鳴られていた内容は、毎回反対のことだったり、無理なことだったりして意地悪と思った
  • お母さんが頑張っているのは見ていれば分かる
  • お父さんにお母さんが辛い思いをしているのを話したが「お母さんがダメだから怒られてるんだよ」と言われた
 
  • 祖父母には可愛がってもらっているし、自分がいなくなったら寂しい思いをさせる
  • 学校もあるし、引っ越しはしたくない
そして泣きながら言われました。
 

「お母さんといたいけど、今まで一番一緒にいたのは祖父母だし、ここは僕の家だからずっと暮らしたい。だから本当はお父さんとお母さんが仲良くしてほしかった」

 

「でも、このままじゃお母さんが壊れちゃうから、お父さんが全部悪いんだよ。」

 

私も夫も何も言えませんでした…。

子供は本当に純粋で、公平に見ていたんですよね。

それに気づかず、対立し続けた大人は罪深く、一番傷ついたのは息子以外の誰でもないということを実感しました。

このタイミングで別居

次の調停まではいつものように2か月近い期間がありました。
 
前回の調停の直後に、申し込んでいた公営住宅の空きが出て、私はそちらに引っ越すことになりました。
(弁護士さんや自治体の協力を得てスムーズに進んだんだと思います)
 
最低限の家具家電を揃えて、必要な荷物を持って別居はスタートすることになります。
 
離婚に同意し、息子にはっきり言われたこともあってか、夫が引っ越しなど手伝ってくれたのはありがたかったです。
 
近くなので生活がほとんど変わらないことに納得した子供たちは、私と共に生活し、息子は週に何日かは両親に会いに行くということで決まりました。
 
次回は調停の最終回です。
決定した親権と決定事項、離婚の成立までお話ししたいと思います。
 
 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

ここでは詳しく触れないけれど、生まれ育った家も非常に貧しくて、社会に出てからも思うように貯金できないような環境にいた私。

 

結婚しても浪費癖のある夫と、見栄っ張りの両親のそばでは夫婦の預金さえできない状態で、私個人の資産なんてあるわけがなく…。

 

悩むのは弁護士費用という借金だけではなく、その後の生活も含まれていました。

 

「本気で離婚することを主張するために、今の生活から脱する準備も始める必要があります。」

そう弁護士さんに言われて、助言を受けながら、動き出すことにしたのです。

離婚後の生活のために。

「まずは安定した収入源を確保」

子供を含む家庭環境の都合でずっとパートでしたが、勤務年数も長かったことから、社員登用も打診されたこともあるため、離婚調停中であることを含め、上司に改めて相談しました。

 

全ての環境を変えて新たに生活をスタートさせるのも良いですが、慣れた仕事を続けられるのはありがたいですね。

幸い、枠はまだあるということで、社員として働ける可能性が開けたのは一番ラッキーだったのかもしれません。

 

私の勤務条件では給料は良くはないのですが、パートでいるより上がりますし、福利厚生もしっかりして安定するのは魅力でした。

「離婚後の住まいを探す」

社員になるとは言っても、保証会社の審査が通るわけもありませんし、連帯保証人もいません。

時間がかかることは予想できたので、早めに動くように言われました。

 

自治体に今後の収入の見込みと、離婚後は子供と生活する予定を含め相談し、生活保護の対象になる可能性もあるということもあり、公営住宅を申し込むことになりました。

弁護士さんと一緒の調停へ

私にとって3回目の調停の場は、今までの不安と孤独が何だったのか…という感じがしました。
 
同居しながらも全く会話がないような状態で、直接何かを言われることはないものの、夫は弁護士さんを依頼したことは知っていたようです。
 
調停員に最初に呼ばれた時、今まで感情的になっていたことを話してあったので、弁護士さんから調停員に確認の意味も込めてこちらの主張を改めてしてもらいました。
 
そして、私は主張していることに嘘はないこと、実際に苦しんできた状況、夫の対応の仕方やそれが離婚の理由になることなどを論理的に説明してくれたのです。
 
1人のときは理不尽に私が気違いみたいな言い方をされたこともありましたが、今回は一切なく済んだのは精神的にかなり楽でした。
 
ただ、夫はそれに対し相変わらず認めようとはせず、私が弁護士を依頼したことに対して「反則だ」と逆ギレしたそうです。

夫の主張

  • 弁護士を雇うほど大袈裟な問題ではない
  • 費用が払えず泣きついても助けない
  • 虚言癖は事実なので、自分が負けるはずはない
  • 今まで通り離婚やそのほかに同意するつもりはない
最初は強気でいたようですが、こちら側の弁護士さんの意見を含む主張を聞いて、少し焦ったのかもしれません。
 
正直、逆ギレは夫の得意なことという印象が私にはあったので、「やっぱりな」と思いました。
 
そうは言われても、私も決心して調停を起こし、覚悟して弁護士さんを依頼しています。
その心強さにさすがに不安を感じることは減りましたし、譲るつもりはありません。
 
弁護士費用が払えなくても、それを夫に求めるつもりはないし、勝手に私の虚言癖をでっちあげて、両親と共に私を責め続け都合よく利用していたことが事実だと証言します。
 
自分たちが確実に正しいと、私の話なんて一切聞こうとしなかった夫と両親を3対1で相手にするためには私にも味方が必要で、第三者という立場である時点で、公平であるとも主張しました。
 
虚言癖について、調停員に「大袈裟にする癖はありますよね?」と聞かれたのですが、その点については弁護士さんが不適切な質問だと忠告してくれました。
 
大袈裟になんてして何の得があるのか。
大袈裟に話したとして、私が受けた苦痛がそれだけのものだったということではないのか…。
 
哀しくなりつつも、弁護士さんのフォローに救われた瞬間です。

次の調停に向けて…

夫は今回の調停の後に、弁護士を依頼することにしたそうです。
私が依頼したことを知って、両親と話していたのでしょう。
 
私が帰ると両親に言われました。
  • 知り合いの紹介で弁護士を雇うことにした
  • お金は自分たち(両親)が払うから苦労はない
  • しっかり事務所をもってる優秀な人だから、腕はいい
  • 私なんかに付くような低能な弁護士に勝ち目はない
 
久しぶりに私に対して口を開いたかと思えば、またかなりの上から目線で、弁護士さんのことまで侮辱するような言い方が許せなかったんですよね。
 
こんな時でも両親に頼って弁護士を依頼する夫と、普段は「全部若い人が出すべき」と私に支払いを求めていながら、子供のためなら無条件でお金を出してまで味方をする両親。
 
そこまでして世間体を守るのが大切なんだな。
呆れるどころではありません。
 
私を担当してくれた弁護士さんも、法テラスを通しているとは言っても、ちゃんとした事務所に所属し、経験も多い方です。
 
会ったこともなければ、何も知らない両親が一方的に何かを言える相手ではありませんよね。
 
これ以降、再び嫌味を言ったり、嫌がらせをしたりするようになったので、私は密かに発言を録音するようになりました。
 
実際に使うことはありませんでしたが、こういう証拠はある方が絶対に良いんだと身をもって学んだので。
 
夫は相変わらずでしたが、弁護士を付けて準備を始めたようで、日程を1度延期して次回の調停が開かれることになりました。
 
次回はやっと離婚の同意を得ることができます。
しかし、離婚するにはいろいろと決めることが多いですよね。
 
その辺りのお話も含めて書いていく予定です。
 
 

 

 
 

2回の調停を通して私が感じたのは「孤独」以外にはありませんでした。

 

私に味方がいないことを理由に、夫はずっと強気ですし、私を責める理由は見つけても、両親や自分のことについて少しでも考えてくれるようなことはありまん。

 

そんな状態で、「離婚せずに修復する」なんて選択をできるわけがありません。

 

元々、人見知りも激しく、誰かに意見を伝えることが苦手…

 

自分が我慢することで避けて通れるなら、その道を選択するタイプの私が、離婚を成立させるために調停を申し立てしたこと自体が、「私らしいこと」ではなかったんです。

 

でも、決断して動き出したのだから、もう逃げるわけにはいかないし、気付いてしまったら戻ることもできない…。

 

私の最低限の要求が通るように、願わくば少しでも私に有利になるように、味方を探すことにしたのはさらなる一大決心でした。

法テラスに相談を決める

 
法テラスの存在は、自治体の法律相談を利用したことで初めてしました。
弁護士事務所を近所で見かけることはないですし、「お金がかかる」という点と「法律家」というハードルの高さから、自分には無縁と思っていて、知ろうとも思わなかったからかもしれませんが。
 
弁護士の紹介から費用の立替までしてくれるというので、相談だけのつもりで電話をしてみることにしたんですよね。
 
最初は受付だけ…という感じで、弁護士を依頼したい理由などを聞かれました。
住んでいる地域に所属している弁護士さんの中で、離婚に対応し私の依頼を受けてくれる方を探してくれるとのことでした。
 
でも、紹介には数日からかかるということで、何もできない私はただ待つしかありません。
 
弁護士というと男性のイメージですし、その人と信頼関係を築けるか、依頼したら費用を返済していけるのか…不安はさらに募りますが、離婚できない場合の今後を考えれば乗り越えるしかありませんでした。

紹介された弁護士さんは…

法テラスから私を担当してくれる弁護士さんを紹介されたのは、電話をしてから4日後くらいでした。
これが早いのか遅いのかは正直わかりません。
 
自宅から30分程度で行ける場所にある法律事務所に所属している女性弁護士さんということでした。
 
「法テラスからの依頼で話は通っているので、〇曜日の〇時から〇時にご自身で連絡し相談日時などを決めてください」
 
弁護士さんも忙しく、事務所に居ない事も多いのでしょう。
指定された曜日や時間は、かなり限定的だったので、私は仕事の合間を使って連絡しました。
 
弁護士事務所に電話なんて初めてなので、他の電話より遥かに緊張して、最初に何を言ったか覚えていないけれど、「法テラスからの紹介」と伝えてからはスムーズでした。
 
代表弁護士の先生がずっと法テラス専任で依頼を受けていたということもあってか、話はすぐに通ったようです。
 
実際の相談日は仕事の予定を少し調整してもらい、行くことにしたのですが、担当の先生に会うまでは私が責められることや、不利を理由に断られることが心配でした。
でもそれは考えすぎでしたね。
 
かなり若い印象の女性弁護士さんでしたが、DVやモラハラを始めとするさまざまな離婚問題を扱って来たそうです。
 
「一人で大変でしたね。何でも話してください」
その一言が本当に温かくて、ほっとしたのを今でも覚えています。
 
(実際の話をする前に、法テラスを通して依頼する場合などの説明を簡単に受けました。もちろん、依頼しない選択もできます。)

今の状況を伝える

離婚したい理由など詳細の前に、今の状況について説明しました。
  • 離婚を決意したが、夫と協議にならないため調停中
  • 今も同居中
  • 私は精神的に不安定な所があり、訴えていることは事実ではないと主張している
  • 調停の場で私は取り乱してしまった
最初から弁護士を依頼しておけば、無駄な苦労をかけなくて済んだのかもしれませんが、すでに2回の調停が済んでいる状態ですので、不利からのスタートです。
 
しかし、私の話を聞き、日記を軽く確認しただけで、先生は私を信じてくれました。
 
「相手はそんなつもりはなくても、本人がそう感じればそれは事実になるんですよ」
 
「しかもその辛さを夫に言葉で伝えているわけだから、気付かないでは済まない」
 
「あなたを守るべき夫がその義務を果たさなかったのは、離婚の理由としては十分に通る可能性があることです」
 
これは大きな収穫でした。
離婚したい本当の理由が「両親との折り合いが悪い」では無理ということに何となく気付いていたのか、夫の他の悪癖を上げて無理に調停に挑んでいたわけですから、矛盾も出て来ていたでしょう。
 
夫が私ではなく、常に両親の味方で、自分の立場優先であることが、夫婦間では問題になりうるというのなら、本心で争うことができるということ…。
 
先生がついてくれて落ち着いて話ができれば、私は不利を脱して有利に離婚に進めるかもしれません。
 

3回目の調停は延期に。

私はそのまま弁護士さんを依頼することにしました。
費用は40万円ほどかかりますが、法テラスを通しているので、分割払いが可能ということです。
 
月5000円ずつの支払いになりましたが、それでも当時の私には負担の大きな話で不安もありました。
仕事を頑張るしかないですよね。
 
そして依頼したからといっても、さまざまな準備が必要です。
 
先生は他の案件も抱えているでしょうし、詳しくは分からないけれど弁護士側独自の準備や手続きがあるのかもしれません。
 
さすがに当初予定していた3回目の調停の日時には間に合いそうもないということで延期にしました。
 
夫は行ったのかな?その辺りの連絡も弁護士さんがしてくれたので、延期になったのか、私が欠席扱いになったのかは不明…。
私がそれで不利になることはないという話はありました。
 
本格的に離婚と離婚後の生活について考え、行動を始めることになります。
 
次回は3回目の調停と、その準備についてお話ししていこうと思います。
 
 
 

第1回目の調停を終えて一番に思ったことは、「早く別居したい」ということでした。

 

調停の相手である夫と、完全にその味方である夫の両親と同居している状況で、私が精神的に不利なのは間違いありません。

1人だったら車上生活でもしていたのでしょうが、子供たちが待っているので、何とか家には帰っていました。

 

調停でのことを考えてみて、私が本当に離婚したい理由は「義両親との折り合いが悪い」ということが一番だということに気付きました。

 

協議での離婚に応じてもらえず、調停にしようと決めたとき「一番の理由」を夫への「積もった小さな不満」にすり替えていたのかもしれません。

 

もちろん、義両親と別居だったから、今も婚姻関係が継続していたとは限りませんが、同居だったことで夫の態度に疑問を感じ、最終的に亀裂になったのでしょう。

 

でも、夫が一番の理由でない状態で離婚できるのでしょうか…。

2回目の調停

最初に呼ばれた私が聞いたことは、夫が私のことを「虚言癖がある」と言っていたということでした。
 
「虚言癖」とはっきり言った後で、「何でも大袈裟にする性格で困ることも多い」と。
 
「両親にされたという内容もどこでもあることを大袈裟に捉えて、自分だけ…と思ってる」
「言われたことの意味を悪い方にばかり考える」
「子供のころから苦労したようだから、精神的に不安定なところがある」
 
 
言われた内容について「どうですか?」と聞かれても、「そんなことありません」としか答えようがありません。
 
育った環境が複雑だったことも、自分に自信がなくていい方に捉えることができないことも事実。
でも、嘘を言ったつもりも、話を大きくしたつもりもなく、本当のことを訴えてきただけだと思っていたんだけれど…。
 
それを説明しながらも、自分に自信がなくなり「立場の不利」を感じると同時に話ができなくなりました。
 
夫は私の主張を聞いた後、両親に言われたこと、されたことの本当の意味は恐らくこういうことで、私の感じ方が間違っていると説明したそうです。
 
その上で
  • 今後は両親にももっと言いかたや行動に気を付けるように伝え、注意していくし、私の勘違いを正しながら味方をする
  • だから離婚はしない
  • それが子供のためにもなる
と主張したそうです。
もっともらしいこと言いますよね…。
 
「他人」「恥かしい存在」「邪魔」と言われ続けても、最初は認められるようにと必死に歩み寄る努力もしていました。
それでも、悪化するばかりだったから、私は笑えなくなったんだもの…。
 
「相手方が主張することが実行され、状況が改善されるなら夫婦関係の再構築は可能ですか?」
 
「…私は夫の言葉が信じられないです。改善なんてされるはずもないと思います」
 
相手を完全否定して、責め立てるようなことばかり言うのは良くないというのは後で知ったことでしたが、私はとにかく「離婚」に同意してほしかったので、夫婦関係継続は不可能だと主張し続けました。
 

調停不成立も視野に…

また2回目の調停でしたが、1回目同様に夫が離婚に同意する気配はなく、私も夫の主張を受け入れる気もない…。
 
早い人なら3回程度で調停が成立するそうですが、私の場合はまず無理でしょう。
 
このまま、離婚することを含め、話し合うべき部分全ての同意が得られないままなら、調停は不成立になる可能性もあります。
 
そうなったら自分はどうするのか、待合室で考えていました。
 
調停が不成立になれば裁判を起こすことは可能です。
しかし、調停の場でこれだけ打ちのめされている私が、場の雰囲気に勝てるでしょうか。
 
きっと夫は私が弁護士を依頼する余裕がないことを知って、「長引かせれば勝ち」と思っているのではないか…と考えると怖かった。
 
何としても調停で同意を得なければ、私は離婚することができないだろうと不安になるのです。
 
夫が提示した今後の行動を否定したことを聞いても、夫は主張を変えることはなく、私が仕事のために子供を両親に預け、両親は嫌な顔せずに引き受けて協力しているのに、責められている事実が悲しいという話をしたとか…。
 
3対1ではやはり適わないのかもしれません。
味方は絶対にいた方が良い。
何にせよ証拠はできるだけ集めた方が良い。
 
自分が書く、自分だけが分かればいい日記なんて弱いんだ。
 
次回の調停の日程を調整したものの、すでに心の中では「調停不成立」でいっぱいになり、取り下げも考えました。
 
でも、ここまで騒ぎを大きくしてしまった以上、立場がもっと弱くなるのことは想像がついたので、どちらにしても絶望です。
 
調停中、同居していた期間に家を閉め出されることはなかったのですが、両親も夫も直接話すことはなく、子供を通じて会話する状態になっていました。
 
あることないこと…子供に聞かせて言わせるって、子供に悪影響極まりないことですし、このままというわけにはいきません。
 
今まで見て見ぬふりをしていた行政主催の法律相談に行くことを決心できました。
偶然にもタイミングが良く、すぐにその日が来て、最終的に「法テラス」の存在を知ることができたのです。
 
この決心がなかったら、私は離婚できなかったのかな?
不利な条件だけを飲んでいたのかな?
 
次回は私が弁護士を依頼し味方を得てからの調停のことをお話ししようと思います。
 
 

 

 

同居を継続したまま調停に挑むのは、本当、気が気ではありません。

よく耐えたものだと思います。

 

申立するまでの間に、いろいろ準備はしたものの、金銭面やパートという立場的な問題もあり、別居が実現できなかったんですよね。

 

しかも、離婚の話をしても取り合ってもらえない状態に疲れ、調停申立をする前から一切その話をしなくなっていました。

夫はきっと、諦めたと思っていたでしょう。

 

調停の呼び出し通知が来たときに、どれだけ騒がれたかは想像してください。

 

「時間と金の無駄」

「調停なんかでは離婚に応じると思うな」

 

「お前には裁判を起こすことはできない」

といっていましたね。

 

子供は私が一人で泣いているのを見て来ていたので、察して味方に付いてはくれましたが、まだ幼かったので複雑だったのは間違いないです。

初めての調停へ

もちろん、裁判所へは別々で行きました。
というより、調停自体の話は一切しなかったので、当日夫がそこに来るかどうかさえ分からなかったくらいです。
 
経験のないことに挑むわけですし、終わった後も同じ家に帰らなければならないことを考えると、緊張感より恐怖感が勝っていたかもしれません。
 
「やめておけばよかった」
「頼れる人がいない人には無理なのではないか」
 
そんなことを考えて自信を無くしつつも、自分で申し立てた調停から逃げるわけにもいかず、受付をします。
 
いろいろ伝えることがあるのですが、緊張から何も言えず書類を見せて対応してもらったのを覚えていますね。
 
それなりの人数が入れる待合室に通され、待つように言われたのですが、少しして夫もそこに来ました。
 
何も話はしませんでしたが、「来てやった」感はにじみ出ていて私は小さくなっていたに違いありません。
 
私は同居中だったので希望しなかったのですが、トラブルになる可能性なども考え申告しておけば顔を合わせずに済む配慮はしてもらえるそうです。
 
二人一緒に調停の流れなどについて説明を簡単に受けた後、申立人である私から先に調停室に呼ばれ、申立書の内容と詳細を確認されました。
 
今の生活の状況や子供のこと、離婚後の生活をどう考えているかといった部分も聞かれ、ありのままを伝えました。

私の絶対要件

  • 離婚すること
  • 親権は私が持ちたいこと
  • 養育費をもらうこと

離婚したい理由についても詳しく聞かれます。

 

ひとつの部屋で調停官と委員の3人相手に私は1人で辛い話をしなければならないのは、想像以上に辛いことですね。

声が震えて、最初は何を言っているのか自分でも分かりませんでした。

夫の主張と私の主張

私と入れ替わりで次は夫が調停官たちと話をします。
相手の主張を聞き、自分の意見を述べる…ということを繰り返す形で話を進めていくのです。
 
2度目に私が呼ばれた時に聞いた夫の主張は…
  • 子供のために離婚はしない
  • そもそも離婚する理由が夫婦間にない
  • 両親と折り合いが悪いのは私が歩み寄らないから
  • 自分は子煩悩なので子供のことは可愛い
調停官たちは中立な立場なので、はっきり「どちらが正しくて、どちらが悪い」と言われることはないのですが、夫は外面が良いというか周りが受ける印象は良いのです。
 
逆に私はあまり良い第一印象を与えることができないタイプで、被害妄想だと言っても納得されてしまうようなタイプなので、人付き合いの類は不利で、損をしてばかりだったんですよね。
 
  • 夫婦間のズレをこの場で調整し直し再構築したい
それを夫が望み、調停官もその方向で話すことはできないかと提案してきたのですが、できるはずがありません。
 
聞いて感情的になってしまう私がいました。
印象が悪くなるのは想像していたのですが、「ただのズレ」で「私の勘違い」と言われていることに怒りが募ったのでしょう。
 
両親から常にどんなことを言われ、どんなことをされ、どんな思いをしてきたのか。
夫は何をしていて、何を言ったのか。
子供たちも私が泣いている姿を見ていて、一緒に泣いていることなど、とにかく勢いで話してしまいました。
 
自分でも何を一番の理由として離婚を求めているのが分からない状態になっていましたね。
 
両親にされたことが辛くて家を出たいだけなのか、助けてくれるどころか一緒に私を責める夫が許せないのか…。
 
ちゃんと主張はまとめていたはずなのに、少し否定されただけで感情的になってしまうなんて、心はついてこれてなかったようです。
 
子供のことを本当に考えて決めたのかどうかさえ自信がなくなり、自分の弱さを痛感しました。
 
再構築は望まない、不可能だということは伝えたつもりです。
しかし、そんな私の状態をどう夫に伝えたのかは分かりません。
 
お互い30分ずつ2回、調停官たちとの面談を行い約2時間ちょっとで終了になりました。
 
後で考えて、後悔しかありませんし不安でおかしくなりそうでしたね。
 
次回の調停の時までにまとめておくべき私の考えも多くありましたが、メンタル面で強くなる必要もあり、さらに今後の生活について決める、行動する必要もあることを思い知った第1回調停でした。
 
全く縁のなかった法律が関わる問題で、無知な上に味方がいないことは本当に不利なのかもしれません。
 
何とか帰宅はしたものの、私に向けられる夫と両親の目は、本当に怖く、どうしていいかわからなくなっていましたが、子供たちは私のそばにいてくれただけで救われました。
 
次回は2回目の調停についてお話ししていきます。
 
 
 
 
 
 

 

 

あの頃は時間の流れの感覚が異常に遅くて、今に比べて1年が何倍にも長く感じていた気がします。

 

離婚が成立して何年経ったのか、今では少し考えないと出てこないくらいになりました。

そして、嫌なことを考えることがほとんどありません。

 

あの日、「振り返らない」と決心して調停申立をしたことが、今では誇らしく思えます。

 

これは私の場合ですが、実際の調停の流れとお互いの主張がどのように動いていくのかを何回かに分けてお話ししていきます。

 

敷居が高い、裁判所でのことですので、ぜひ参考にしてほしいです。

 

ちょっと複雑になってしまうので、離婚のお話では「元夫=夫」と書かせていただきますね。

離婚調停申立を決心

離婚を決心した時は、調停なんて一切考えていませんでした。
 
そもそも、調停離婚についての知識はほとんどなく、協議離婚できなければ裁判しかないと思っていた私は…
 
「裁判=弁護士=高額=費用面で私には無理」
 
と本気で考えて、協議離婚にこだわっていたんですよね。
 
しかし、夫に離婚を切り出して意見を伝えても、私の主張を全く理解できない様子で「離婚」そのものにも応じてはくれませんでした。
 
あの時、調停について知ることができなければ、私は我慢して元の生活を続けていたかもしれません。
 
だって弁護士を雇う余裕なんて私にはないですし、元夫の方が良い弁護士を選べるでしょう。
その時点で私の勝ち目はないと諦めるしかありません。
 
だから、調停離婚について友人から情報をもらった後は、奇跡のために必死で方法を調べました。
 

結局、直接聞いた方が早い!と裁判所に行って必要書類などを確認するまでは勢いでできたのですが、自分の車に戻って手にした申立書を見たとき、体が震えていたのを覚えています。

 

聞くだけ、用紙をもらうだけではまだ一歩も踏み出していない。

 

でも、ものすごく進んだような気がすると同時に、子供のことを考えた躊躇いがまだどこかにあったのかもしれません。

 

調停申立書類に書いたこと

調停申立書には、私や夫の名前や住所などの情報をはじめ、子供のこと、何を協議し、何を求めるかなどを記入します。
 
裁判所に提出する書類と考えただけで緊張しますが、これが本当の意味での第一歩、始まりです。
 
私が書いた内容を抜粋して箇条書きであげるとこんな感じでした。

調停申立書

申立の趣旨

  • 離婚する
  • 未成年の子の親権者は申立人とする
  • 未成年の子の養育費として1人当たり月30000円

申立の動機

  • 浪費する
  • 精神的に虐待する
  • 家族と折り合いが悪い

事情説明書

  • 同居している夫両親に、届いた荷物や私物を勝手に処分されたり、家に入れてもらえなかったりといったさまざまな嫌がらせを日々、受けている
 
  • 両親との別居も視野に夫に相談するも取り合ってもらえず、最終的に私の両親や学歴などについて上げ「お前が全て悪い」と怒鳴る
 
  • 生活費について理解しようとせず、収入の範囲以上の高額な買い物を独断でし、その支払い(ローンを含む)に協力しない
 
  • 両親にされたこと、夫に言われたこと、収支についての明細は日記と家計簿に記録がある
 
  • 私は精神的に強い苦痛を感じ睡眠障害を起こしているため、生活にも支障が出ている。原因となる環境から離れ落ち着いて暮らすために離婚したい
 
  • 育児に対する協力もなく、子供のことに興味を持ったり行事に参加することも一切ないため養育は私が行いたい
このような内容を書きました。
 
この時点では、調停離婚でもある程度円満に離婚できるのではないかという甘い考えもあったんですよね。
 
子供が入学を控えていた時期だったため、学区を変えずに済む場所への転居しか考えていませんでした。
 
学区が同じなら、今の家との行き来も可能ですし、面会の頻度や方法などを細かく決めておく必要はないだろうと、申立の趣旨に含めなかったのです。
 

調停申立書の提出

申立書類を書きあげてから、提出までは結局日にちを置いてしまいました。
 
私の仕事の関係もあったのですが、調停という第三者を通した方法で離婚をしようとしているのですから、離婚後の生活について、しっかり練って置く必要もあったのです。
 
その間、申立書は常に車の中に隠して、夫には見つからないようにしておきました。
 
金銭面ではそれまでもずっと苦労してきたけれど、離婚してもその苦労は変わらないということは分かっていました。
 
それでも自由のない暮らし、罵られる暮らしから解放されると考えるだけで、心は確実に前向きになっていたので、もう振り返ることはありません。
 
提出すると決めた日は、一切の躊躇いなく裁判所に行き、申し立てを行うことができたのです。
 
ここまで来たらあとは裁判所側が夫に通達と呼び出しをかけてくれて、調停の場で第三者を通した話をしていく過程に進みます。
 
二人や夫の両親を含んだ家族での話では、私が確実に弱者で、私の味方はいない状況でしたが、今度は違うんだと思うと強くなれた気がしました。
 
裁判所から通知が届いたのは、約1か月半後のことです。
 
そして始まる実際の調停の様子や夫の主張などは、次回からお話しさせていただこうと思います。