夜明けのすべて | Zatolog

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つれづれなるまゝに、日暮らし、硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。

日々感じたことを、忘れずに、共有し、共感し、共生したい。

夜明けのすべて@Netflix


PMSに苦しむ女性と、パニック障害のためにある意味で自分を閉ざしてしまっている男性の交流を描く。


物語としては、二人の関係性がどうにかなるとか、これといった出来事は起こらない。

ただただ淡々と、そして揺れ動く人々を丁寧に描いた作品である。


まずは、このPMSという現象(医学的な見解はわからないが、あくまで病気ではないのではないか、と個人的には思う)が題材として選ばれるということが、

まだ目を惹くというか、ひとつの特異性として存在しているように思う。

全くのタブーであった時代よりも、一歩進んだのだろうが、まだまだである。

と書いたところで、ハタと気づいた。

そこに特異性がなくなったら、小説や映画の題材には成り得ないのではないか、ということに。

私たちは、多様性とかいう美辞麗句を振り翳してどこに向かっているのか、少々疑問を感じる時がある。


今作でのPMSの描かれ方が、私には非常に不安定さと不自然さを感じるのだが、実際にはこんなこともあるのだろうか。

それにしても、彼女の様子は一般生活が送れなくなるほどの状態であり、今の会社では周囲の一定の理解を貰えている状況でこそ成り立っている。

本人がそこに気づいていないのか、実家の母の介護を理由に転職をするのだか、果たしてそんなことが成立するのが心配になってしまうほどだ。

正月の帰省時にはスーツケースを引いていたから、おそらくは相応の田舎に戻ったのだろうし、そんなところであの振る舞いは受け入れられるのか。

そして、転職斡旋のエージェントは、このPMSで精神的に不安定になるところまで説明した上で動いていたのか。

リアルな描写を試みればみるほど、そのリアリティのなさが際立つ気がしてしまった。


出てくる登場人物たちは、ほぼ悪人がおらず、みんながそれぞれの環境をあるがままに受け入れている。

現代社会に生きる人間として、その点が一番写実性を欠かしているところなのかもしれないと思った。


目標まで、あと28本。