映画『窓ぎわのトットちゃん』@ユナイテッドシネマ豊洲
今年の目標は映画を最低100本見ること。
せっかくなので雑感を残しておきたいと思い、数年ぶりにここに書き残す。
新年一本目を何にするか、せっかくなら娘と一緒に見られる映画がいいなと思い、
「SPY×FAMILYの映画行く?」と聞くと、まさかの「『トットちゃん』がいい!」と、、、
確かに予告編見せて、「これ見たい?」と聞いたことはあったが、それを覚えていたとは、、、恐るべし。
言わずと知れたベストセラーの、初の映像化だそうだ。
原作者の黒柳さんは、「読んでくださったみなさんの中に描かれた、独特なトットちゃんができている方がいいと思ったので、オファーを断ってきた」とのこと。
これはまさに慧眼で、一度具現化するとそのイメージはどうしても先行してしまい、独自のトットちゃんは姿を消す。
なにより、黒柳さんにとっては自身の幼少時の思い出そのものであり、他人の手でそれ以外のドットちゃんが世に出るのが嫌だったのではないか、とも思う。
映画としては、楷書で描かれた良質なアニメーション映画であった。
第二次世界大戦過渡期の日本で、他の子どもと馴染むことの苦手なトットちゃんが、ステキな出会いに恵まれる物語である。
特筆すべきは、トットちゃんの通うトモエ學園の校長、小林先生の素晴らしい教育者ぶりにある。
多様性、ボーダーレスの現代に先んじて、俯瞰的な広い視野を持つ先生だったのだろう。
全てを受け入れて、受け入れ難いものも受け入れざるを得ず、その上で未来を見るその姿は我々も規範とするべき姿勢だと思う。
難点としては二点。
アニメーションという選択は、映画としてそのターゲットをボヤかしてしまったように思う。
予告編を見た娘は惹かれたが、本編は若干退屈していたようだ。
本人曰く「謎が多かった」とのことで、戦時中の雰囲気や小児麻痺の何たるかの説明が不十分なので、
物語のクライマックスでの出来事がなぜ起きたのかが不明になってしまったようだ。
(それでも、作中に出てきたひよことの暗喩には気づいていたので、アニメーションで描くのであればもう一歩噛み砕くことも一案であったように思う)
二点目は、トットちゃんの父のキャラクターデザインがオンとオフで違いすぎていて、同一人物に見え難い点。
特に後半、家族のために動くか、自分の主張を通すかの逡巡があるのだが、
一度家族のために折れることを決意するのがオフ、翌朝思い直すのがオンなので上記と同様観客に伝わりにくくなっている。
とはいえ、良質なアニメーションであった。
具体写実な実写映画よりも、イメージを観客に委ねるアニメーションはベターチョイスだったのかもしれない。
大学の同期がスタッフとしてクレジットされていたのも嬉しさを覚えた。
ラインプロデューサーと設定制作、ご苦労様です。
目標まで、あと99本。