山村留学は1年ほどした。最終的には強制退去。
山村留学で女子は私1人で男子が3人ほどいた。
女子が来ると私は、焦燥感に襲われた。これまで女子1人で周りの注目を得ていたが、
新しい女子が来ると他の男子や支援員がその子を見て私は置いていかれるのではないかと。
そのため、新しい子が初めて来た時は、その子をそんな理由で無視していたのだ。
山村留学に来る子は、いじめだけでなく非行に走り、家庭で見れない子も来ていた。
Rという同い年の男の子も後者の理由であった。Rとは、初めてキスをした。そしてタバコを私に教えてくれた。Rは最終的には、児童自立支援施設に送られた。理由は分からないが、非行が治らなかったのだろう。
山村留学から半年後、愛知県から非行に走った女子が入って来た。この子には私は強く影響された。当時は珍しい、携帯電話を持っていた。愛知での不良伝説をたくさん聞かされた。そしてその子の手首はリストカットした後がたくさん残っていた。夜中、宿舎を抜け出し、タバコを吸ったり徘徊をしたりした。
愛知から来た子は数ヶ月で愛知に戻って行った。
私は、山村留学先の中学校に通っていて最初は人間関係もうまく行っていて、母も応援していくれていたが、集団の中、出来上がった人間関係の中での振る舞いがうまくいかず、保健室登校をするようになった。そして初めてリストカットもした。人間関係がうまくいっていない時、空虚感をたくさん味わった。支援員の女性との関係もうまくいかず、暴言を吐いたりしていた、
そんなことの繰り返しから私は、山村留学先から退去するように言われた。私は、家には帰りたくなかった。実家から元の中学に通いたくなかった。中3の冬のことである。