

自分の身分証明書に書かれた名前も、写真に写った顔にも覚えがない。
米フロリダ州生まれのはずなのに、話す言葉は英語でなくスウェーデン語だけ――。
今年2月に記憶を失った状態で見つかった男性の過去は、今もなぞに満ちている。
10年間日本に滞在していたという記録も出てきた。
男性はカリフォルニア州南部のホテルで意識不明になっているところを、警察に発見された。
数日後に病院で目を覚ましたが、身分証明書にある「マイケル・トーマス・ボートライト」という名前は聞いたこともないという。
年齢は61歳と書いてあった。
ホテルの部屋からはテニスのラケットが5本出てきたたが、心当たりがない。
英語はひと言も話せず、スウェーデン語で「ヨハン・エク」というスウェーデン名を名乗った。
病院のソーシャルワーカー、リサ・ハントバスケスさんは、かつて考古学を研究していた。
その経験をいかして、ボートライトさんの過去を巡るなぞを解き明かし始めた。
日本に滞在してた?
ボートライトさんが退役軍人省の身分証明書を持っていたことを手掛かりに米軍に問い合わせ、1971~73年に海軍で航空整備の任務に就いていたことを突き止めた。
続いて今年5月まで4年間、中国の英語学校で教えていたことも明らかになった。
この学校のウェブサイトにボートライトさん自身が寄せた文章には、その前に日本で10年間教えたこと、日本人の妻との間に12歳の息子がいることも書かれていた。
だが調査はここで壁に突き当たる。
日中両国の領事館に家族の情報はなく、ボートライトさんが持っていた電話番号はどれもつながらなかった。
欧州の街も写っていた。
ボートライトさんがかつて、グラフィックデザインの専門サイトで「中国在住のスウェーデン人教師」と名乗っていたこと、87年ごろにスウェーデンの地名を冠したコンサルティング会社を経営していたことも分かった。
ボートライトさんはまた、テニスが得意で、専門チャンネルにインタビューを受けるほどの腕前だったようだ。
試合のためにカリフォルニアを訪れていたとすれば、ラケットのなぞも解ける。
地元紙によると、ボートライトさんは「遁走(とんそう)」と呼ばれる状態にあるとみられる。
精神的ショックなどを受けた後、自分の名前やそれまでの生活を忘れて放浪生活を送るといったケースで、ひとりでに治ることが多いが、何カ月か続くこともあるという。
スウェーデンのメディアがこの話題を取り上げた結果、同国で80年代のボートライトさんを知る人々が現れ始めた。
15日夜には、米ルイジアナ州在住の姉妹が見つかったとも伝えられた。
病院の報道担当者は、ボートライトさんの帰宅先が分かるまで退院させるわけにはいかないと話している。
2013/07/17
[CNN]