人間を異常にするインターネット | already read‐news。ο

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SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)は人間をゾンビに変えてしまう。
SNSゾンビは幾昼夜もぶっ続けで頭脳とハートへの合成飼料を索ね歩き、しかし絶えてこれに満たされることがない。
学者たちはこの不穏な問題に注意を喚起している。

新たなる敵。その名も「SNS不安神経症」。
その因って来るところはインターネットの急速な発達である。
学者らは現在のところそれを精神疾患と名づける決心をつけていないけれども、それが深刻な依存症であるということには疑いがない。
心理学者のオリガ・セレブロフスカヤ氏のコメントを聞こう。

「これは精神疾患の一形態ではない。ある人は依存するし、ある人は依存しない。依存しやすい一定の個性のタイプがあるのだ。その人は遅かれ早かれ、あれやこれやの対象への依存に陥る。今日、そのひとつがインターネットなのである。個人の病的傾向の一形態だ。しかし境界的な病的傾向なのであって、最も深刻な場合にのみ、薬理学的治療が不可欠になる。通常の場合はサイコセラピーで十分だ」

ヒトとマシーンとの過剰な相互作業を基礎にしたこの病理を、専門家らは「非化学的(生態学的)依存症」と呼んでいる。
テレビ視聴は受動的な依存症であり、テレビゲームへの過剰な熱中は、積極的な依存症である。
インターネット依存症は、どこかこの中間あたりに位置している。
オリガ・セレブロフスカヤ氏のコメントを聞こう。

「人は現実世界で見つけられないものの全てをバーチャルな世界に求めているのだと思う。原因のスペクトルは広い。孤独からの逃走、暇つぶし、少なくとも、自分の必要性の幻影を創造すること。それに、インターネットの中の交流のほうが、簡単である。インターネットの中の交流のほうが、人にかかる要求が少ない。現実世界では、人との交流には、よく目を見るとか、微笑むとか、その他スタンダードに適合するということが必要であるし、より正直でなければならない。というのは、交流ひとつの中により多く、不誠実さを発見するチャンスがあるからだ。顔やイントネーションも大きな役割を演ずる」

インターネット心理学という分野における研究の先駆者であり、この分野において、とりわけインターネット依存症の問題について最も権威あるスペシャリストのひとりである米国のジョン・スーラー氏は、ある種の人々にはたしかにコンピューターやサイバー空間への病的嗜好という性格がある、という事実を認めている。
彼の意見によれば、現在、非常に重要な議論が行われている。
つまり、われわれは新たなタイプの精神疾患を目撃しているのであろうか、それともそれは単に、何か旧来のものの変種に過ぎないのであろうか?という議論だ。
ここからはもはや精神病、という境界が問題である、とオリガ・セレブロフスカヤ氏は語っている。

「境界は、ある人がSNS漬けから脱する前後で、彼の人生がどう変ったかを評価することで、初めて定めることが出来る。もし明らかな変化があれば、もしSNSでの交流が他の行動形態に完全に取って代わったと認められたなら、そのときは、正常と異常の境を既に越えている、と言えるだろう。人が伝統的なやり方の交流を停止し、時間を自身の成長や知識の増大や読書やのために使うことを止めたときには、あるいはバーチャルな交流が実人生の50%を占めたときには、境界を越えている、と言えるだろう」

専門家らはインターネット依存症の基本的な兆候として5つの主要な項目を定めている。
人が他ならぬ何に熱中しているのかを性格づけるものだ。
5項目とは、サイバーセックス、バーチャルな知人、オンラインの証券取引・ギャンブルへの熱中、執拗なネットサーフィン(特定の目的なきサーフィン)、そして最後に最もポピュラーなケースとして、コンピューターゲームへの熱中。

もしもあなたに、上に上げた兆候のいずれかが当てはまるなら、ご自分の精神の健康について思いをめぐらしてみたほうが良い。
治療を成功させるためには、自分が病気であるということを自認せねばならない。
いわば、自分を病気と認めるところから治療が始まるのである。
興味深いことに、これら異常の根幹には劣等感が横たわっている、と語る専門家らもいる。
であるから、自分のことを掘り返してみる意味はあるだろう。


2013/05/28
[Russia 24]