ニュースで大雪の話題をやっていた。
交通への影響、立ち往生、不要不急の外出は控えてください、といういつもの流れ。
画面を見ながら、ふと浮かんだのは心配でも恐怖でもなく、
「雪降らなくて、ほんとにいいな」
という感情だった。
高校まで、豪雪地帯で育った
自分は高校を卒業するまで、岐阜の豪雪地帯で暮らしていた。
雪はイベントじゃなかった。完全に日常だった。
朝起きたら、まず雪の量を確認する。
学校に行く前に雪かき。
道路状況で遅刻するかどうかが決まる。
雪が降ると、生活のすべてが一段重くなる。
しかもそれが、数日とかじゃなく、毎年、毎冬、当たり前のように続く。
「慣れてるでしょ」で片づけられる現実
豪雪地帯に住んでいると、雪はだんだん自己責任みたいな扱いになる。
- スタッドレスを履いてないのが悪い
- 早く出なかったのが悪い
- 雪で遅れるのは甘え
自然現象なのに、なぜか努力不足の話にすり替わる。
でも実際は、どれだけ準備しても、
どれだけ慣れていても、どうにもならない日がある。
その感覚を、子どもの頃から当たり前として持っていた。
今は、ほとんど雪が降らない場所に住んでいる
今住んでいる場所は、雪がほとんど降らない。
冬でも移動の心配をしなくていい。
正直に言うと、
めちゃくちゃ楽だ。
雪かきをしなくていい。
朝から体力を削られない。
予定が天気で壊れない。
「今日はもう無理だ」と諦めなくていい。
風情とか、情緒とか、そういう話じゃない。
生活が削られないというだけで、こんなに違う。
懐かしさより、安堵の方が大きい
雪のニュースを見ても、懐かしいという感情はあまり出てこない。
「あの頃は大変だったけど、いい思い出だ」とも思わない。
ただひとつ、はっきりしているのは、
もうあの生活に戻らなくていいという安堵。
それだけで、十分だと思っている。
これは主張でも結論でもない
雪が降る地域が悪いわけでもない。
雪のある暮らしを否定したいわけでもない。
ただ、経験した人間として思うことがあるだけ。
ニュースでは一瞬で流れる「大雪」。
でもその裏側には、毎年、毎冬、
静かに生活を削られている人たちがいる。
そして今、雪が降らない場所にいる自分は、
それを少し距離のある場所から見ている。
今日はそれでいいと思った。
雪が降らなくて、ほんとにいい。
それを実感できる場所にいる今を、
少しだけありがたく思った。