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AIと親父とバスケのブログ

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「ちゃんとしてますよね」
そう言われることが増えてきたのは、いつ頃からだろう。

褒め言葉のはずなのに、
その言葉を聞くたび、少しだけ息が詰まる感じがする。


ちゃんとしてる側に、いつの間にかなっている

気づいたら、話をまとめる側にいる。
判断を求められる側にいる。
最終的に「どうする?」と振られる側にいる。

自分から前に出たいわけじゃない。
目立ちたいわけでもない。

ただ、その場で投げられたことから逃げなかっただけ。
放っておけなかっただけ。

それだけのはずなのに、
いつの間にか「ちゃんとしてる人」という立ち位置が出来上がっていた。


相談できないのは、弱いからじゃない

不思議なもので、
ちゃんとしてる側に回ると、相談がしづらくなる。

「この人は大丈夫」
「分かってる人」
「冷静な人」

そう見られている空気の中で、
「実はちょっとしんどい」とは、なかなか言えない。

🔴 本音を出した瞬間、
今まで積み上げてきた立場が崩れそうな気がする。

🔵 だから黙る。
何事もない顔をする。
回っているなら、それでいいことにする。


誰にも言わずに、抱えたまま進む感覚

人は周りにいる。
話せる相手も、たぶんいる。

それでも、言葉が出てこない。

🟢 「これを言ったら面倒な人になるかもしれない」
🟢 「結局、自分が我慢すれば済む話かもしれない」

そうやって自分の中で整理して、
表に出さないまま、日常だけが進んでいく。

ちゃんとしているように見える日常の裏で、
引っかかりだけが静かに残る。


それでも、ちゃんとしてしまう

「もうやめればいい」
「もっと適当にやればいい」

そう言われることもあるけれど、
簡単にはできない。

ちゃんとしないと回らないことを、
一度知ってしまったから。

無理に壊したいわけじゃない。
誰かを責めたいわけでもない。

ただ、この状態が
当たり前として放置されていいのか
そこだけが、ずっと引っかかっている。


ちゃんとしてる人が、
ちゃんと弱音を吐ける場所って、
いったいどこにあるんだろう。