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AIと親父とバスケのブログ

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正直に言うと、
ふとした瞬間に思うことがある。

「あの人、なんか楽しそうだな」って。

ちゃんとしてないように見える親。
軽そうで、深く考えてなさそうで、
その場のノリで動いているように見える人。

こっちはこっちで、
別に間違ったことをしているつもりはない。
むしろ、かなり気を使ってる。


ふと目に入る「楽しそう」に見える瞬間

行事のあと。
試合のあと。
何かが一区切りついた帰り道。

ちゃんとしてないように見える人ほど、
笑っている。
雑談している。
もう次の話をしている。

一方で、こっちはまだ頭の中で整理している。
あれで良かったのか。
誰かに無理をさせていなかったか。

🔵 同じ場にいたはずなのに、
終わり方がまったく違う。


楽そうに見える理由は、本当に性格なのか

「気にしない性格だから」
「深く考えない人だから」

そう言えば簡単だけど、
それだけじゃない気もしている。

🟢 背負わない選択をしているだけ。
🟢 最初から引き受けない位置にいるだけ。

それはズルさじゃなくて、
ある種の線引きなのかもしれない。

こちらは逆に、
「それは自分がやるべきだ」と思った瞬間、
一歩前に出てしまう。


ちゃんとしている側が、少しずつ削られるもの

余白。
気楽さ。
失敗しても笑える感じ。

🔴 正しさを優先するほど、
「まあいっか」は減っていく。

責任を放り出したいわけじゃない。
適当にやりたいわけでもない。

ただ、
ちゃんとやることと引き換えに、
何かを置いてきている感覚は、確かにある。


それでも、そっちには行かない

楽しそうに見えるからといって、
同じように振る舞いたいわけじゃない。

どちらが正しいかを決めたいわけでもない。

ただ、
「ああ、楽しそうだな」と思ってしまう瞬間がある。
それをなかったことにしたくないだけ。


ちゃんとしない自由を選ばなかった代わりに、
自分は、何を選び続けているんだろう。