大学進学が「当たり前」になった空気
最近、ふと考えることがある。
大学進学って、いつからこんなに「前提」になったんだろうか。
少子化だと言われ続けているけど、
大学に進む子どもは、体感としてむしろ増えているように感じる。
短大や専門学校という選択肢は目に見えて減り、
進路は自然と「大学寄り」に寄せられてきたようにも見える。
高校は楽になった。でも、その先はどうだろう
高校の学費は、制度のおかげで確かに軽くなった。
それ自体は悪いことではないと思う。
ただ、その分、負担が消えたかというと、
場所が「大学」に移っただけのようにも見える。
進学する子が増えれば、当然、学費の総額も増える。
家庭の負担が追いつかず、奨学金を借りるのが前提になる。
結果として、
社会に出る前から借金を抱える構図が普通になっている気がする。
誰が得をしている構造なのか
冷静に見てみると、
この流れの中で安定して成り立っているのは、
- 大学という教育機関
- 奨学金を運用する側
一方で、
学生や家庭は長期的な負担を背負うことになる。
誰かが意図的にそうしたのかは分からない。
ただ、結果として「若者の借金の上に成り立つ進学モデル」になっているように見える。
それでも大学に行く価値はあるのか
大学に行くこと自体を否定したいわけじゃない。
学ぶ価値も、人脈も、経験もある。
ただ、
「借金を背負ってまで行くことが前提になる社会」が、
本当に健全なのかは分からない。
行かない選択肢が語られにくくなり、
行くことだけが「普通」になっている気がする。
親として、残るのは違和感だけ
政策として正しいかどうかは、正直わからない。
誰かを責めたいわけでもない。
ただ、親として見ていると、
「楽になったはずの教育が、別の形で重くなっている」ように感じる。
負担は減ったのか。
それとも、形を変えただけなのか。
この仕組みの中で、本当に守られているのは誰なんだろうか。