中1の俺は、電柱に向かってシュートしていた。
今の中学生が聞いたら、たぶん笑うと思う。
でも、これは紛れもなく俺のバスケの原点だ。
■ 卓球少年が、流れでバスケ部に入った日
小学校までは卓球。
中学に上がると、なぜか「みんなバスケ部に入る」という空気があって、
俺もよく分からないまま、その流れに乗った。
時代はスラムダンクが始まった頃。
でも俺はジャンプも読んでいない。
熱狂の外側にいる、ただの未経験者だった。
■ 学年120人、新入部員30人
学年120人に対して、バスケ部は30人。
4人に1人が入る部活だった。
ミニバス経験者は数人。
ほとんどが、俺と同じ素人。
そして1年生の現実はこうだった。
- 学校の外周10周
- 腹筋100回
- 腕立て100回
- 体育館の中では上から声出し
それを俺は、こう思って受け入れていた。
「人数多いから仕方ない」
■ 真面目にやった結果、学年1位
俺は真面目だった。
意味があるかどうかより、与えられた練習は全部やった。
すると、1年生の持久走で
学年1位になった。
走らされていただけじゃない。
ちゃんと体は変わっていた。
■ バスケは、家で覚えた
体育館ではボールを触れない。
だから親にボールを買ってもらった。
ゴールはない。
俺が狙ったのは、家の前の電柱。
もちろんボールはゴムボール1個。
あっちこっちに飛んでいく。
拾って、また打つ。
ひたすらそれの繰り返し。
誰も教えてくれないから、
すべて見よう見まねだった。
■ ポロケッツと、ジョーダン
初めてのバッシュは、ポロケッツ。
今じゃ誰も知らないような靴だ。
それを履いている姿を、
俺はみんなに馬鹿にされた。
それでも、先輩が履いていた
ジョーダンだけは、かっこよかった。
あれが、俺の「なりたい姿」だった。
■ だから今、思うこと
上手くなれなかったのは、才能のせいじゃない。
教えてもらえる環境がなかっただけだ。
電柱に向かってシュートしていた中1の俺が、
もし最初からボールを持って練習できていたら、
きっと、もっと違う道もあった。
そんなのが、俺の中1バスケのスタートだった。
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