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AIと親父とバスケのブログ

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電柱から県大会へ

「環境で、人はここまで変わるのか」
それを、俺は自分のバスケ人生で思い知らされた。


■ 中2、転校で世界が変わった

中学2年の初めに転校した。
新しい家は中学校のすぐ隣
グラウンドには、ちゃんとしたバスケコートがあった。

それまでの俺のコートは、電柱だった。
ゴムボール1つで、あっちこっちに飛んでいくシュート。
それが本物のリングになった。

そして俺は、毎日練習した。


■ 環境が、努力を結果に変えた

身長は170cmを超え、走ることだけは誰にも負けなかった。
電柱時代に作った体力が、ここで生きた。

コートがあって、
毎日ボールに触れて、
走れる体がある。

その結果、スタメンになれた。

正直、嬉しかった。
だから、ジョーダンも買った。


■ でも、勝てなかった

うちのチームは、郡大会で3位
4チーム中、2位までが地区大会に行ける。

でも、郡の1位と2位は、県で3位クラスの実力だった。
同じ郡に、化け物が2チームいた。

だから俺たちは、
「弱いから」じゃなく、
構造的に、そこで止められた。


■ 地区に行けないと、無名になる

地区大会に行ったことがない。
それだけで、高校では無名になる。

スタメンでも、
走れても、
実績がなければ「いない」のと同じ。


■ 高校で、初めてバスケを教わった

高校で出会ったコーチは、元・国体選手だった。

そして俺は、生まれて初めて「バスケを教わった」

中学までは、
走れと言われ、
声を出せと言われ、
でも、どうシュートを打つか、どう動くかは誰も教えてくれなかった。


■ 結果は、正直だった

高校は楽しかった。
地区大会2位。
そして、県大会まで行けた。

同じ人間でも、
環境と指導が変われば、ここまで変わる。


■ だから、今の俺がある

バスケが上手くなったと思う時は、いつも「環境」だった。

電柱しかなかった中1。
コートがあった中2。
教えてくれるコーチがいた高校。

大人になって、俺が
「環境」にこだわる理由は、
たぶん、ここにある。


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