「辺野古のニュースを見て、メディアをそのまま信じられなくなった。」 | AIと親父とバスケのブログ

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最近、 辺野古のニュースを見ていて、 改めて思うことがある。

「メディアって、 かなり立場が見える時代になったな」

ってこと。


特に今回、 高校生が関わる事故でも、

  • 大きく長く報道されるもの
  • あまり深掘りされないもの

の差を、 かなり感じた。

もちろん、 事故の性質や背景が違うのは分かる。

でも、

「命の重さは同じじゃないの?」

っていう感覚、 正直ある。


しかも今って、

  • SNS
  • ネット記事
  • 地方紙
  • 海外記事
  • 現地映像

全部見れる。

だから逆に、

「なんでこれは大きくやる?」

とか、

「なんでこれは急に静か?」

が、 見えやすくなった。


昔は、

「テレビが言ってるから」

で終わってた。

でも今は違う。

例えば、

  • スポンサー
  • 政治との距離
  • 団体との関係
  • 局ごとの論調

まで、 比較される時代。

だから今って、

「中立っぽく見せる」

より、

「どの立場から見てるか」

が、 逆に見えてしまう。


しかも、 同じニュースでも、

  • 見出し
  • コメンテーター
  • 切り取り
  • 報道量

全然違う。

だから、

「この局はこういう方向なんだな」

って、 普通に感じるようになった。


もちろん、 完全に中立って、 現実かなり難しいと思う。

人も組織も、

  • 利害
  • 価値観
  • 経済
  • 政治

から、 完全には逃げられない。

だから今大事なのって、

「どこを盲信するか」

じゃなく、

「複数見て、自分で考える」

ことなんだろうなと思う。


なんか最近、

「情報を受け取る側の力」

も、 かなり必要な時代になった気がする。