中学校の体育祭。
息子にとっては、 中3最後。
でも今の体育祭って、 午前中で終わる。
正直、 かなり短い。
昔は違った。
朝から夕方近くまであって、 家族で弁当食べて、 場所取りして、 親戚まで来てた。
あれって、 競技だけじゃなく、
“学校行事そのものの空気”
だったと思う。
でも今は、
- 午前中終了
- 競技削減
- 弁当なし
- 時短運営
かなりコンパクト化してる。
もちろん理由はある。
コロナ。
熱中症。
働き方改革。
先生の負担。
全国的にも、 体育祭の短縮化はかなり増えてるらしい。
でも正直、 コロナ後も戻らないのを見ると、
「結局、短縮した方がラクだからでは?」
って感じる部分もある。
しかも最近は、 ルールも増えた。
- ペットボトル禁止
- ボディシート禁止
- でもスプレーOK
基準もよく分からない。
しかも先生は、 普通にペットボトル飲んでる。
それを見ると、
「それって本当に子どものため?」
って思う。
もちろん学校側にも、
- 管理
- ゴミ問題
- 統一感
- 責任問題
事情はあるんだと思う。
でも、 ペットボトルの処理なんて、 本来は指導する話。
・名前を書く
・持ち帰る
・指定場所へ捨てる
そういう運用を教える。
それが教育なんじゃないかと思う。
でも最近は、
「問題が起きる前に全部禁止」
へ行きやすい。
禁止することと、 指導することは違う。
そこにかなり違和感がある。
しかも学校って、 かなり保守的。
社会は、
- 合理性
- 柔軟性
- 現実性
を求める方向へ進んでる。
でも学校は、
- 前例
- 一律管理
- 全員同じ
が強い。
だから、 どんどんズレていく。
そして一番寂しいのは、
“文化”まで消えていくこと。
体育祭の弁当。
あれって、 ただ昼ご飯食べてたわけじゃない。
家族で座って、 競技の話して、 笑って、 写真撮って。
そういう時間だった。
効率化。
時短。
安全。
全部大事。
でもその一方で、
“子ども時代の記憶”
みたいなものが、 少しずつ薄くなってる感じもする。
特に、 中3最後の体育祭を見ると、 余計にそう思う。
効率化の中で、一番大事なものまで削ってないだろうか。
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