夜中にたいていジムにいくのだが、身体のためにはタンパク質を豊富に摂る必要がある。





というもっともらしい理由をつけて、夜0時30分という、これでもいつもよりは早い時間に3種のチーズ牛丼(大盛り)(タンパク質含有量38g, 1000kcalほど)
これを注文する。

店内に客はさほど多くなく、奥には少々ヒップな赤いダウンジャケットを羽織った格好で、3月の残雪の様相を呈した、それでいて小綺麗に短く刈り込まれた髪型の、初老の男性が食事をしている。

程なくすると、「先生!!」
という、必要以上に大きな声と共に、男が入ってきた。
声の主は作業着のような格好をしていて、目がギョロっと大きく、体格も大きめで、何より、声が大きい。


必要以上に大きいのだ!!!!!


はて、この全く関係のなさそうな二人は一体。
先生と言わしめる所以とは?
などと思いを馳せながらチーズ牛丼を待つ。

すると作業着の男は「先生」の隣へ座り、注文を始めた。
どうやら一緒に食事をする約束をしていた訳ではなく全くの偶然らしい。

大きな声で話す作業着の男の話を聞いていると、
どうやら「先生」とは、画家らしいのだ。

そしてどうやら、以前に先生から絵を買う約束をしていたようだ。


作業着の男「ちょうど給料が入ったところなんだ」

先生「給料が入るってぇのは、素晴らしい事だよ」


……
随分と含みのある言いっぷりである。

先生「俺も昔は給料で働いていたけどねぇ」



作業着の男「初めはさ、先生が◯◯のベンチに座ってて、おれが声かけてさ。そっからの縁だよねぇ。不思議だなぁ」


……
どうも、何度か飲食店でたびたび偶然会う、という事らしい。

先生「絵はいつでも仕上げる事が出来るんだ。
1万が無理なら5000円で2枚でもいいよ。
あとからもう半分払ってくれたっていいんだ」



全く絵のジャンルも分からないし、その値段が妥当なものなのかも判断のしようがない。
しかし、ここで分かるのは、現在この先生は絵を売って生計を立てているようで、
少なくとも作業着の男に「その絵を買ってみよう」と思わせる何かがあったのだろう。


店内で思い切り大声で金の話をしているのに、
二人の雰囲気がそうさせるのか、何故かイヤらしさが全く感じられない、むしろ聴いていて気持ちの良い会話であった。


作業着の男「それにしても先生、よく会うよねぇ、こういう店でさ!以前も確か…」


先生「おれは、例え金があったとしても庶民の食事の方が好きだから。うまいよ、ビビンバ丼。
それで、どうだい?絵は買ってくれるのかい?今日でもいいよ」

作業着「今日はちょっと厳しいんだよね」



………
(え、買わないんかい!!)
チーズ牛丼もぐもぐ





先生「あれやるだろ?メール。メールアドレス教えてくれりゃあさ、いつだって会えるんだからその時だっていいよ」


作業着の男「それもそうだねぇ!だけど今、携帯の充電がちょうど切れちゃってるんだよ。
そもそも先生さ、おれが初めて会った時に、友達になろうと思ってアドレス聞いたのに教えてくれなかったんだよね!なんかブログがあるからなんとか、とか言ってさ」

先生「あの頃は、色々事情があって携帯が止まっていたんだよ」

作業着の男「なんだー、そういう事だったのかぁー。携帯止まっちゃってたのかぁー。」


先生「でも、何度もこうして会うってぇのは、不思議な縁だよなぁ。前世では兄弟だったのかもしれないねぇ」


作業着の男「じゃあ、おれのアドレス教えるからさ。メモしておいてよ」


……………


……


みたいなやり取りを延々大声でしており、この辺りでおれは食事を終え、二人の様子を尻目に会計を済ませて店を出た。





結局、絵を買うつもりがあるのかないのか良く分からない男性と、なんとかして絵を買ってもらいたい画家の先生、という構図なのだが、
先生も言うように、この2人の間には何か親密な縁を確かに感じるのであった。

絵を買う買わないだとかはたいした問題ではなく、
この作業着の男性が先生に声を掛けたところから、こういう関係性が生まれる。まぁそれだけでも、なかなか楽しいではないか。


あわよくば、男性が先生の絵を買って、それが彼らの生活をより良いものにしてくれたら素晴らしいのだけれどね。

それはそれ。


ちなみにこれはチーズ牛丼。





特に得しない話おわり。

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