YAHAMA TRB Custom その② | ベーシストとエフェクター

YAHAMA TRB Custom その②



ベーシストとエフェクター-TRB Custom_11


さて、YAMAHA TRB Customのご紹介です。このベース(及び、特に櫻井モデルTRB-S)は「幻」、「伝説」とか「YAMAHA史上最高値の市販ベース」などと言われることも多い一方、枕詞の割には情報が少なく、どういうベースなのか、何本作られたのか等、全く分かりません。そんな風に思われている方が、自分以外にも結構いらっしゃるんじゃないかと思い、主観と推察を織り交ぜることをお許し頂きながら、1オーナーの立場でご紹介をさせて頂きたいと思います。まずはspecから。


Body Top & Back : Quilted Maple
Body Center : Mahogany(multilayered)
Neck : High Density Laminated Wood
Neck Joint : Through
Fingerboard : Ebonic
Scale : 860mm (34")
pitch : 19mm
Pickups : YAMAHA YLB-S6JZB x2, Piezo P.U. on Bridge
Preamp : YAMAHA Original(substrate)
Controls : Master Volume, Magnet PU Balancer, Bass, Treble, Piezo Balancer, Standby Switch
Bridge : YAMAHA BPZ-6
Weight : 5.0kg
Color : Sunburst、gold hardware、Jim Dunlop Lock-pin
(early '90s、made in Japan)


当時のYAMAHAベースは、どちらかというと塗りつぶし系のカラーが多く、BBシリーズやギターのSGシリーズにはサンバーストの設定もありましたが、「木目を見せる」という発想はあまりなかったように思います。そういう意味で、quiltやtiger stripeなどのexotic柄を見せるベースというのは初めてだったのではないかと思いますし、このCustomやTRB-Sリリース前、'80s後半のワールドツアー近辺で櫻井さんが携えていたナチュラルカラーのプロトモデルはとても新鮮に映りました(この頃はまだ発展途上で、サウンドもBB・櫻井カスタム・TRBの特徴がミックスされたようなものに感じます)。本機は、写真では結構キルトが入ってるように見えますが、光の具合によるものか、実物を手にして見るとそんなに派手というほど柄は出ていません。トップよりバックの柄の方が強く出ていて、本当はleftyを作ろうとしたの?って思ってしまいます。というのも、TRB Customはサムベースと同様、スルーネック構造にもかかわらず表から見るとスルー構造が見えないbookmatch構造になっていて、しかも本機のトップはネックが差し込まれるセンター部分のキルトが薄くウィング部分に柄が集中していることもあり、そんな風に思った次第です。ちなみに、TRB Customのleftyの存在は、今まで見聞きしたことはありません(絶対的本数が少ないのも一因と思いますが)。情報お持ちの方いらっしゃれば、是非ご教示ください。


ボディコアはYAMAHA伝統のマホガニーを使っています。SGシリーズでも使っていましたし、BBシリーズではスルーネックを貫く2本のマホガニーが使われています(ウィングはアルダー)。但し、本機での使い方はやや特殊で、他樹種との多層構造になっています。木目が見えるのがトップとバックのメイプルのみですので、マホガニーの間に挟まれている樹種が何か、判別しかねます。一般論とYAMAHAの過去の材料使い、そのた情報から判断してメイプルかなーとは思いますが、以降のTRBⅡシリーズではアッシュを使ったりしていますので、その可能性も否定できません。何れにしても、マホ+α+マホ+α・・・と、重層的に材を重ねてボディを形成しています。ヴァイオリンフィニッシュカラーで塗装された固体では、その重層ボディの美しさを目の当たりにすることができますが、サンバーストだと良く見ると見えるがパッと見では見えません。もったいない気もしますが、この贅沢さが良いという考えもありますね。BB2000以前では設定のあったナチュラルですが、3000・5000以降は、スルーネックベースを黒・赤・白等でずっと塗りつぶしてきたYAMAHAっぽい色設定のような気がします。いっそのこと、本機もメタリックブラックでリフィニッシュして、PU周りに特注でゴールドのエスカッションでも付けたら、「正統なるBB後継者」のような雰囲気が出そうです。それはそれでカッコいいかもと思ってて、こんなこと言ってると、本当にやってしまいそうな自分の性格もあるので、これ以上は突っ込まないようにしたいと思います(笑)


ベーシストとエフェクター-TRB Custom_6

スルー構造のネックは、TRB Customのハイライトの1つ。High Density Laminated Woodは、100プライ多層ラミネートネック等と表記されることもあるようで、(バカだなーと思いながらも)週末、プライ数を数えてみました。検算はしてませんが、多分90ちょっとで100プライはなかったような気がします(どうでもよいですが)。何れにしても、メイプルとマホガニーをそれぞれ束で積層、その積層材を更にメイプル+マホ+メイプル+マホ+メイプルの5プライのスルーとしています。積層材というのは、住宅に用いる場合もそうなのですが、樹脂接着しているのでその樹脂の性格を反映している要素も大きいと思います。「強さ」という部分で言うと、TRBも含めてYAMAHAは相対的にネックが弱いと言われますが、それはソリ(順・逆)に対してのことであるとの理解です。本機も結構動くようですのでまめな調整が必要です。トラスロッドは2本仕込まれており、十分効くので問題ありません。一方、積層材の性質上、積層面に対して上下に、楽器ボディ面に対して水平に左右に動くことは先ずないと思います。この動きに順ゾリ・逆ゾリの動きが加わると、いわゆるねじれが発生し厄介なことになりますが、そういう意味で言うとTRB Customは積極的にセッティングを追い込んで行けるベースで、自分にとってはとても好都合。もう1つの樹脂の性格が、おそらく「音」に反映されているのではないかと思っています。100層の材を張り合わせたとなると、99層の接着剤層がある訳で、これにEbonic樹脂指板(材料は何かは分かりませんが、自分が学生時代に愛用していたTUNEもフェノール樹脂基材の指板でした)を組み合わせているので、ことネックに関して言えば、木材の特性を活かすというよりも、黎明期の6弦ベースであることもあってか、強度と剛性を追求したことにより、結果的にそれがサウンドにも影響を与えている、というように解釈します。ならば、グラファイト樹脂などのモールディング材で作ってしまった方が工業的には効率が良いのではと思いますが、そうしないところが木材に拘りを見せる日本メーカーならでは、というところでしょうか(事実、moonも同様の重層プライネックを持つ6弦ベースMBCをリリース)。この多層ラミネートは遠目で見ると、それこそ杉の正目のように見えますが、近くで見るとその仕事に結構圧倒される迫力があります。


スケールは、現行TRBが35ですが、TRB Customは34インチを採用しています。これは、ジャパンメイドであることからあえて35インチを採用しなかったという見方も出来るかと思いますが、個人的には、一部のカスタムを除き、当時35インチ以上を作ろうという発想そのものが少なかったように思います。BBは34インチだし、当たり前のようにTRBも、という感じで(中学時代、ルイスジョンソンがFenderベースよりも長いスケールのベースを使っていると噂で聞いたことがあり、さすがブラザーは○ン○ンもベースもスーパーロング、スケールが違う(失礼)と驚愕した記憶あり)。


但し、弦間ピッチ19mmを採用した点については、YAMAHAならではの拘りがあると思います。BB3000の弦間ピッチは20mm程、TRB Customは19mm。1mmの差というのは同じ弦数のベースであればかなり違うのですが、ネックの幅や握り、演奏上の指の弦間距離の捉え方といったような様々な要素の影響もあってか、4弦の20mmと6弦の19mmというのは体感的には同じに感じます。要は4弦のフィーリングを6弦で表現しようとした結果の19mmなのではないかと思っています。フィーリングというのは、奏法も同じで、チョッパー(スラップ)、サムアップダウン、ピック、もちろん指弾きに至るまで、4弦の感覚で6弦の可能性を獲得する、というのがコンセプトなのではないかと理解しています。なぜそのように思うかというと、前身のフラッグシップモデル、BB5000がその対極にあったから。BB5000の弦間ピッチは15mm。要はBB3000と同じネック幅に、5本の弦を張ったことになります。ネックの握りが同じということで一部ピック弾きプレイヤーからは好評を博したようですが、当時のBBユーザーに多かったフュージョン系でスラップを多用するベーシストにとってはどうだったのでしょうか。櫻井氏は、BB5000の使用にあたって音楽誌のインタビューで「弦間は狭いが、慣れの問題」とコメントしていました。それを真に受けてリリース間もないBB5000を試奏もせずにオーダーした自分(汗)、慣れれは確かに出来ないことはないですが、決して演奏性が高い、ましてや、4弦と同じフィーリングで演奏表現ができ、そこにLow-Bの可能性が加わったとは必ずしも言い切れない部分があると思うのです。そういう意味で、この19mmピッチという弦間は、YAHAMAにとって意味のあるセッティングであると思う次第です。ちなみにサムベース6弦の弦間は16.5mm。これまた、なかなか微妙な弦間で、スラップがしやすいかと言えば、必ずしも・・・ まあ、慣れの問題です(笑)


ベーシストとエフェクター-TRB Custom_7

次に電装系。これは全てYAMAHAオリジナル。工房系ベースではPU、プリアンプは外部調達が今でも当たり前の世界ですが、電装系も全て自前で作ってしまうところが総合楽器メーカーYAMAHAの特徴だと思います。餅は餅屋、という考え方もあるので、一概にこれが良いとは必ずしも言い切れませんが、少なくともTRB Customのように、技術があり、資金もあり(バブル経済の影?)、最高の1本を作りたい、という明確な意図があるコンセプトモデルの場合は、何でも内製できるというのは大きな強みになります。そういう意味では、このYLB-S6JZBというオリジナルピックアップは、本当に良く出来ていると思います。このベースの材的な特徴(多層スルーネック、多層ボディ、樹脂指板等・・・)を見事に音として出力し、かつ「YAMAHAらしさ」があります。一聴すると、TRB Customの音というのはBBシリーズと全く連続性を持たないパラダイムシフト的な印象を受けます。ところが弾き込んでいくうちに、このベースはBBシリーズが持っていた「YAMAHAらしさ」を受け継ぎしっかりと根底に根付いているYAMAHAベースの正常進化版であることが分かってきます。文面で表現することがとても難しいのですが、指弾きで指を軽く引っ掛けたとき、スラップで特にサムピングをしたときの基音と倍音に、BBと同じ匂いを強く感じます。BBを一度でも愛用されたことのある方なら、この感覚は良くご理解を頂けると思います。最初はなんだかどえらい変態ベースだなー、なんて自分も思っていたのですが、弾き進むうちに懐かしさに変わる感覚がありました。改めてベースという楽器の奥深さと魅力を感じます。


プリアンプは、これもYAMAHAの伝統なのでしょうか、正直申し上げると、大したことない(失礼!)。でもこれはこのベースに関して言えば全くの褒め言葉です。ベース本体、そしてその性格をvividに再生するピックアップを全く邪魔しない、bass/trebleの2バンドのみのもの。あくまでも演奏の状況や音場に合わせてハイの出方やローエンドの回り方を調整することが目的であり、プリアンプで積極的に音を作り込んで行こうという思想は感じません。生のベースとしての良さを究極的に突き詰め、それで勝負するTRB Customですので、このプリアンプがベストマッチと言えるのではないかと思います。何でもかんでも、Aguilar OBP-3をぶち込んでしまえと考える自分も、さすがにこのベースにaguilarプリを搭載しようとは思いません(笑)


ベーシストとエフェクター-TRB Custom_9

ブリッジは、駒の1つずつにピエゾピックアップが埋め込まれ、1本ずつ丁寧に結線されています。見てみると、これまた日本製らしく、とても丁寧な仕上げです。ピエゾというと、カチカチと甲高い固めの音のみを出力するイメージがあるのですが、このTRB Customに搭載されているものは、とても素直な音で、実用に堪えるものです。例えば、コード弾きの完全なソロをとる、といったような状態の場合は特に有効で、絶妙な箱鳴り感を表現できます。ピエゾ単体でもちゃんと使える音です。一方、このようなアコースティックなプレイでの実用性に振ったセッティングのため、マグネットをメインにしてエッジを利かせるためにピエゾのカチカチとした雰囲気を追加したい、というような使い方には向きません。このベースの総合的なデザインから考えると、これもプリアンプと同じで、このベースの特徴にあわせたピエゾのセッティングになっていると思います。


重さは、そりゃまー、結構重いです。最近6弦でも4kg前半台が結構見受けられる状況にあって、5kgを超える重量は重い部類に入るかも知れません。特に前フラッグシップBB5000の後継という見方をすると、軽量なアルダーウィングを使ったBBと比べると明らかにズッシリときます。が、この作りであれば、ある程度の重量は致し方ないと思います。自分の場合はメインの'91サム6弦が6kg超なので、逆に軽く感じたりしますが(汗)


製品としての仕上げですが、これはコメントするまでもなく、made in Japanそのままの仕上げです。加工精度に問題が・・・ などという箇所は皆目見当たりません。部品の組み付け、ブリッジのセンター出し、果てはエンドピンの取り付け位置に至るまで、パーフェクトです。但し、最近は以前と比べると良くなってきているとは言われますが、最高レベルを突き詰めた製品であると考えると、塗装についてはまだ及第点レベルで頂点には到達していないような気がします。ここは惜しいところです。


肝心の音ですが、以前にも書いた通り、'80s後半から'90sにかけての櫻井さんの音そのまんまの音です。後期カシオペアでもその音は確認できますが、おそらくこのベースの特徴を一番分かりやすく確認できるのはJIMSAKU時代のライブ音源ではないかと思います。神保さんとのduoでのライブなどは、このベースの音の生々しさが良く出ています。この作品の音は、エフェクトを含めてソロ~デュオを意識した音作りであるため、この音のままバンドサウンドに馴染むかどうかは疑問が残るところですが、PUバランスをほんの僅かフロントPUに寄せ、マグ9:ピエゾ1の割合で軽くピエゾミックス、僅かにハイを落としてローを上げる、このセッティングが一番気持ち良く、本機の持ち味が出るような気がします(環境は、Aguilar DB750+epifani T210UL+MOGAMIケーブル)。弦はニッケルよりはステンレス系でちょっと細めのゲージの方が相性が良いかと思います。


ベースの中にはATELIER-ZやG&Lのようにジャズベからプレベ、スティングレイまで、あらゆる音が出るというベースも増えてきて、しかもとてもリーズナブル。自分はプレイヤーの立場で、こういうベースの利便性の高さも非常に高く評価しており、魅力も感じる一方、当時の日本製としては舶来品と比肩する破格の高値でリリースされながらも、不器用な一本調子のサウンドで、全身これ「YAMAHA」という感じで「らしさ」を体現するベースという存在にとても魅力を感じます。まさにこのようなサウンドを唯一無二というのではないでしょうか。もちろん音には好みはありますし、癖があるので、自分もそのうち辟易としてくる可能性もない訳ではありません。それでも、このベースは、日本を代表するベースの1本だと思うし、そのベースが20年近くも前に、YAMAHAからリリースされたという事実も見過ごせません。90年前後、世の中全体が浮かれに浮かれた不思議な時代ですが、だからこそ実現した、当時の技術者とプレイヤーの夢が本当に形になった、時代の寵児のようなベースです。