一関城 | ルアーマンのブログ

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飲みと釣りの日々。
自分で釣った魚でやる一杯は最高!

3月8日、東北本線、一ノ関駅へ降り立つ。

 

駅の東側を南へ。

 

右手に見えて来た小高い場所が釣山公園

 

釣山公園の東端には八幡神社があります。

 

でも、神社へは入らずに、

 

神社の左に回り込む。

 

神社の山に沿って進む。

 

右手にさらに高い場所が見えてくる。

 

この傾斜は人工的。切岸ですね。

 

登り口が見えてきました。

 

公園の全体図。この登り口は図の左端。

でもこの図、縮尺と各ポイントの位置関係が実際とかなり異なるので、わわりにくい。

 

この図の方がわかりやすいかな。

田村神社の田の字の上あたりから登って来たことになります。

 

この図では、下から上がって来たことになります。

赤いジムが田村神社。

図の上の方へ進んでいきます。

 

122段(だったかな?)ありました。

 

平場が見えてきました。

 

千畳敷とも呼ばれる本丸の跡

 

本丸にあるのは田村神社

神社背後の高まりは物見台か狼煙台。

 

ここ 一関城 は平安時代に坂上田村麻呂によって築かれた。

征夷大将軍として有名ですね。

その後、坂上田村麻呂にちなんで田村神社が建てられたのでしょう。

 

平安時代以降は、磐井五郎、源頼義&義家、小野寺道照などの陣屋や居城となる。

昔から軍事・交通の要衝でした。

 

 

本丸は一関市内の眺望が良い。

 

向こうが一ノ関駅

 

北西の方へ下ります。

 

一つ下の曲輪には日本庭園

 

別の曲輪は野草園

 

井戸がある曲輪

 

現代に復元された井戸

 

別の曲輪は子供広場

 

この曲輪は市民の広場

 

北西側のふもとに到着。

釣山公園の表側の入口です。

 

釣山公園入口の道を挟んだ向かい側は、一ノ関陣屋の跡地。

江戸時代の1682年、伊達家の分家である 田村建顕(たけあき)が築きました。

 

陣屋を囲んでいた土塁

 

城は平安時代に築城されたもので、土塁が無い。

でも陣屋はもっと後の時代のものだから土塁があったのでしょう。

 

近くの磐井川にかかる橋にある太鼓

 

田村建顕が1686年に建てた櫓。街中に時を知らせるための「時の太鼓」。

 

城郭自身は曲輪ばかりで土塁や空堀は無いが、意外と見どころ多い上に

かの有名な坂上田村麻呂の城とあって、じっくり見て回りました。

おかげでこの後行く予定だった いわて蔵ビール醸造所へ行く時間が無くなってしもうた。笑

 

******** おまけ *******

 

一ノ関駅から5分ほどの一関図書館前にはSLがいます。

 

駅の西口ロータリー前の居酒屋「ごっつおや」の前にある地酒MAP。